イットガールとクイーンと、ダイヤモンド。

ランブータン

第1話 001【椿 まりあサイド】

「ちょっと!なんなのよ、これは!」

 ああ、もう、信じられない。

 来週末の大事なパーティーのために発注した招待状インビテーションカードが、

とんでもない色のカードにできあがっている。


「カードを発注したのは誰?」


 私は学園の女王の威厳いげんをふりかざして眉を吊り上げてみせる。目の前でちぢこまっている3人の女子のうちのひとりの目が泳いでいるところを

見逃さなかった。


「あんたね?」

例のカードの束で、犯人らしき彼女のあごを持ち上げてやった。


「これがあんたには、シャンパンゴールドにみえるわけ? 私には、イエローゴールドにみえるんだけど」

 シャンパンゴールドのカードにしなさいって指示したよね、私。


「ま、まりあ……ごめんなさいっ!」


 かわいそうに、怯えちゃって。まるで私がいじめているみたいじゃない。

 教室で騒ぎ立てて、またネットで炎上するのも考えものだ。


――ふう。


「パーティーは来週末だし、今から注文しなおしても間に合わない。もうこれでいい。

そのかわり、ケータリングとDJのセレクトはまちがえないでよね? 先月のアフタープロムパーティーみたいに、またこの曲かかってるの?今日はこれで何回目だ!みたいな状態は許さないから」


つまり、遊びでやっている学生DJなんて呼ぶなってこと。


 3人娘、返事をしろ。


「至急、準備にとりかかりなさい!!」


 はいーっ、と指をひらひらさせて、彼女たちは方々に走り去っていった。


 大丈夫かな、頼りない。


 今度のパーティーは失敗できないんだから。

 英国留学から帰国する彼の為の、ウェルカムバックパーティーなんだもん。

 初等部を卒業してすぐに、フィアンセのまことはロンドンの郊外へと発ってしまった。長かった15歳までの3年間。

 一度も彼に会っていない。


 私の右手の薬指には3年前から、まことに貰ったティファニービゼットがはまっている。


 ああ、指輪を眺めている場合じゃないんだよね。

 これからドレスのフィッティングがあるのだ、早く帰宅しなくちゃ。3年ぶりに会うんだから、15歳になった大人の私をみせつけなくちゃ。 


 エレベーターで学園の地下駐車場までいくと、うちの迎えの車に先客が乗っていた。


「まりあってば、待ってたんだよ。はやく乗って」


 運転手の開けたドアから後部座席に滑り込むと、シャンパングラスを持ったおひめさまが満面の笑みを浮かべていた。


「なにうちの車に先乗りしてるのよ、美咲みさき


 美咲は、ふふんと笑った。

 あんたの手にあるそのシャンパングラス、まさかアルコールじゃないわよね。学園の敷地内で飲酒はやめてよ?


 学園でうたわれるプリンセスの微笑みで、悪びれもせずに美咲がはしゃいだ。

「まりあのこと、30分も待ってたんだよ。園内じゃ言えない秘密の話があるんだから」


 あ、顔がデレついている。これは、あれだな。

 プリンセスのような可憐な私の親友は、月に一度、このようなふやけた顔で私に報告にくるんだ。

 

「わかったよ、美咲。話はうちで聞くから。今日はドレスのフィッティングとボディケアしないといけないの」


 車が発進した。


 駐車場を出てけやき坂通りを直進する。学園が入っているヴェルデタワーから、自宅のレジデンスとうまでは目と鼻の先だ。

 レジデンスのエントランス前で、運転手が車のドアを開ける。

 美咲は私より先に降りて、レジデンスのドアマンと笑いあっていた。

 美咲さん、ドアマンまで誘惑するんじゃないよ……。


 エレベーターで自宅のフロアへあがる。我が家のフロアはこのレジデンス棟の13階と14階の2フロアにある。

 エントランスホールは13階。棟の最上階ではない。地上に近い所はすごく安心する。


 リビングルームには、セレクトショプのスタッフによって、ドレスのかかったパイプハンガーが持ち込まれていた。

 あ、ヘルコビッチ アレキサンドレの今期のコレクションラインもある。これも買っちゃおうかな。

 最近、クラシカルなスタイルに惹かれるんだよね。


 私は、昨日ショップにリクエストしておいたオスカー・デ・ラ・レンタのドレスを着た。クラシカルなAラインが可愛いサーモンピンクのドレス。最高にかわいい!


 美咲と他のドレスもセレクトしながら、さっきの秘密の話を聞いてみた。


「あのね、出会っちゃったの!」

 そう言いながら、美咲はアクアマリンカラーのタイトワンピをキープしている。



「今度はどういう男なの?もう『顔だけイケメン』はやめてよね」

「大丈夫!顔だけじゃないの。声もイケメンなの。今度はね」

「それ、全然大丈夫じゃないよ、美咲!」


 その後、のろけるだけのろけ話を繰り広げて、「これ彼の分ももらっていくね」とパーティーのインビテーションカードを、

スワロでいっぱいのネイルが輝く指でつまんで帰っていった。


 と、美咲が乗って一度閉まったエレベーターの扉が、また開いた。


「ねえ。このインビテーションカードのゴールドカラー、桜の季節のパーティーにしては、まりあらしくない色味いろみのチョイスだね」


それだけ呟いた美咲の笑顔が、エレベーターの扉で隠れてしまった。


 

 1ヵ月後には、美咲の『失恋バイバイランチ』をすることになるだろう。

 長身で、モデル体型の美咲は、リッチでかわいいのに恋愛運が絶望的に悪いから。

そんなことを考えているうちにエレベーターの扉が開いて、ボディトリートメントのセラピストが到着した。




 とりあえず、美咲の新しい恋も応援しつつ、私の遠距離だった恋を確実にしないと。彼に会う日まであと13日。

 バスルームに移動して、制服のブレザーを脱いで、セラピストによって浮かべられた薔薇ばらの花びらのバスタブに浸かる。

 まことの顔を思い出して、私はとろけた。

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