「12話 『それぞれの正義』」
剣を構える。
最強に近い『スペシャリテ』のようだが、恐らく穴がある。
だが、まだ確証は持てない。
戦っていくうちに明らかにするしかない。
「そもそも私は、君も疑っていたんですよ。だって、君は一度罪を犯したことがある。ならば再犯の可能性もある」
「……犯罪者がよほどきらいみたいですね」
憎しみすら感じる。
職業柄とか、そんな一言では形容できないほどに。
「当たり前ですよ。この世全ての悪を撲滅するためには、この世全ての悪人を隔離すればいい。しかも、一生。そうすれば、平和な世界が作れる」
「更生する人間だっていますよ」
一度大きな過ちを犯しても、人生をやり直せる。
そう判断しているから、更生の機会を与える法律も存在するのだ。
「……更生する人間がいる? 人の根本は決して変わることはないんですよ。私の家族を殺した子どもも決して変わることはなかった」
「殺した、子ども……?」
なんだ、いきなり。
重い過去のようだが、こんな軽くいうってことは、ある程度区切りがついた話のようだ。
「私の妻と子ども。……子供はまだ小さな女の子でした。将来、お父さんと結婚すると言ってくれた、眼に入れても痛くない可愛い子でした。なのに、数年前に殺されました。犯人はまだ子どもだった。だから、『少年保護法』によって罪に問われることはなかった。……ですが、一年前、また殺人を犯したんですよ」
「…………」
『少年保護法』か。
子どもだから、まだ大人のように自己責任に乏しいという理由で作られた法律だ。
だが、一度許されれば、またやっても許される。
そんな風に学習してしまう者もいることは決して否定できない。
「犯罪者に対して、この国の法律は甘すぎる。だから私はこの国の法律を変えてみせる。この国に住む人間が安心して暮らせる世界にする。そのために、私はいずれ検察のトップに立つ」
「…………どうして」
「……?」
「どうしてそんな立派な夢を持っているのに、簡単なことに気がつけないんだよ!?」
「……簡単なこと?」
訝しげな顔をするサバキは、何も分かっていないようだった。
だが、それは嘘だ。
分かっているはずだ。
検察士はまぐれや偶然でなれるような職業ではない。
受かること自体が稀。
一年目で落ちるのが当たり前。
二年目、三年目に試験を受けて合格すれば早い方。
そんな超難関の試験を合格し、ようやく検察士になれる。
頭がよくなければ検察士にはなれない。
だから、分かっているはず。
全て分かっているはずなのに、分かっていないふりをしているだけだ。
「法律は常に正しいわけじゃないですよね。法律は人間がつくったもので……。人間が間違いを犯してしまうように、法律だって間違うことがある。『少年保護法』で罪に問われなかったせいで、再犯を犯した子どもがいたんですよね? でも、その逆も言える。罪に問われた人間が冤罪だったってことも少なくないはずだ! だったら、やっぱり強引な捜査をするべきなんかじゃない! 正しい判断をするためにも!」
法律は改正される。
何度も何度も。
それは何故か。
それは、時代の変化や人間の変化に適応するためだ。
法律の間違いを正すためだ。
「……それでも、全てが手遅れになる前に、早急に手を打たなければならない時もある。サクリは善人ではなかった。だが、彼が死んでいいことにはならない。私がもっと早く捜査に介入していれば、彼という犠牲はでなかったかもしれない……」
サバキは、苦渋に満ちた顔をする。
確かにやり方が間違っていたとしても、進まなくてはいけない。
人間が完璧になることがなければ、法律が完璧になることもない。
サバキだって間違いを犯す覚悟で、こうして立ち塞がっている。
彼なりの正義をもっている。
だが、それでも。
不完全だからこそ、不完全なまま完璧を目指さなければならない。
決して完璧な判断を下せないと分かっていても。
それでもなお、立ち止って自分の正しさを追求していくことだって大切なはずだ。
でないと、弱い人間はどうする。
ミライがありもしない罪を自白してしまったらどうする。
サバキの正義とこちらの正義。
どちらの正義も正しくて間違っているかもしれない。
「そうですね。だけど、検察士は弱い人間を犯罪者から守るヒーローなはずなんですよ。家族を亡くしたあなただからこそ、同じ立場のミライの気持ちが分かるはずなんじゃないですかっ!? 法律は変える必要はある。だけどそれは、もっといい方向に変えるべきなんです! 私怨でこねくり回すようなものじゃない!」
もしも。
もしもずっと前にサバキが考えを変えてくれていたら、五年前の事件の結末は少し変わっていたかもしれない。
早期解決を望んでいたサバキは、ほとんど状況証拠でキリアを犯人だと断定した。
カンツによって世論をコントロールされていても、サバキならば頑固に己の主張を貫いたはずだった。
だが、
「『地面は粉々に割れる』」
サバキは敵意を霧散させることなどなかった。
「サバキっ……!」
ただ、地割れを起こしているだけじゃない。
割れた地面に足を挟まれながら、割れ目の中心に引きずり込まれるように、どんどん身体が沈んでいく。
言葉の通りに反映されるだけじゃなく、思い描いたことも、言い放った言葉に反しない限りは現実化することができるのか。
だが、やはりなにかがおかしい。
もしも、理想通りに全てが思惑どおりにいくのならば、もっと直接的に『死ね』とでもいえばいい。
もしくは『無数の銃弾によって蜂の巣になれ』とでもいえばいい。
だが、どうやら何もないところから何かを生み出せるわけではないようだ。
あくまでその場にあるものでしか攻撃できない。
そして、いきなり一撃死はできない。
それから、地面が割れるなどは、地震がおこったらありえる。
突風もあり得ない話ではない。
ということは、現実に即したものを実現させる『スペシャリテ』なのか?
「人はそんな簡単には変われない。……それは私も例外ではないんですよ」
サバキはそっと、横の壁に手を触れる。
「『壁は瓦礫となって降りかかる』」
壁が崩れて瓦礫は礫となって降りかかってくる。
その瓦礫を、『暴食の剣』によって喰い漁る。
この程度ならば、一振りで全て無効化できる。
「『男は剣を取り落す』」
だが、瓦礫はただの囮だったようだ。
サバキの言葉通りに剣を取り落し、そして――
「『地面はさらに割れる』」
バキバキバキッ!! と地面のひび割れが大きくなる。
「――ひ、ひきずりこまれるっ!!」
「それだけで終わるはずがありません」
下半身が地面の中に埋まっていく。
割れた地面は、まるで花弁のように広がり、そして――
「『割れた地面に圧迫される』」
肉体を食虫植物のように、パックリと呑み込む。
そして、全身の骨を折る勢いで割れた地面は閉じていく。
「あああああああああああっ!」
「これで――」
勝利を確信したように、サバキは口の端を上げる。
それも当たり前。
割れた地面の亀裂は広がっていき、地面の底の底まで沈みそうになる。
だが、
「これで、ようやくあんたに一撃を浴びせられる」
だからこそ、触れられるものがある。
道路の脇の側溝。
――そこに流れている『あるもの』に。
あるものを喰い散らかした剣を、腕の力だけでぶん投げる。
だが、片腕だけの力では投擲の速度が出し切れなかった。
「――惜しかったですね」
避けられてしまった。
だが、避けられようが関係ない。
剣に喰ったものを吐き出させる。それは――
大量の水だ。
「なっ――これはああああああ!!」
サバキは噴き出した水に流される。
割れた側溝に頭から入って、水中に顔をつけた状態になった。
その隙になんとか這い出て、駆け寄る。
「側溝に流れていた水です。最近、雨が降ったり、降らなかったりとした天気のおかげで雨水がたまっていたみたいですね。それに、きっと発音がしっかりできなければ、あなたはきっと何も生み出せないんですよね」
サバキは濡れた身体のまま起き上がって、口を開ける。
「――ぐっ! 『男は――」
だが、喋る間もなく、壁を切断する。
「ああああああああああああああっ!!」
サバキは、そのまま上から崩れた瓦礫に埋もれる。
「すぐに変わることはできないかもしれない。だけど、誰だって変わるためにもがいている。……やっぱり、変われないことと、変わろうとすることは全然違うと思いますよ」
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