昔、昔……5

「お部屋には、お入りになれなかったようです」

 シンプルに答えるしかない。このなんともややっこしい話には思い込みや余計な情報を入れるべきではない。ありのままに、シンプルに。

「でも、あなた方は入れた……?」

 これにもただ頷くしかない。

 奥方は静かに溜息をついた。

「姉さんはまだ私たちを許してくれないのね……」

 それは自然に漏れた奥方の心の独り言のようだった。


 そこから私たちはカウンターからボックス席に移動してこの話をじっくり聞いた。

 姉さん、と奥方が呼んだあの絵の少女は本当の姉ではなく、姉のように慕っていた人だったということ。そしてその人は遠い南のほうからこの地に流れてきた人であったこと。奥方の生家は料亭で、そんな娘たちを何人か抱え、いわゆる春をひさぐ宿主もしていたこと。

 その中でも姉さん――咲良さんは芸も確かで抜群の売れっ子であったこと。そして姉さんだけは特別で芸能だけでの座敷つとめだったらしいこと。そこで奥方は辛そうに言葉を切った。


「私は子どもで、何も――何も知らなくて。家が他になんの商売をしているのかも知らなくて。ただ、お化粧をしたお姉さんたちはみんなとても綺麗で――なんて言うのかしら……日本の人という感じがなくてね。言葉も独特だったし字も書けないしうまく会話できないことも、そりゃあ色々あったけど皆とても優しくて」

 奥方は目に涙を溜めてそう話し、私たちは奥方が紡ぐ言葉をただただ黙って聞いていた。

「私、一人っ子だったから姉さんたちができたみたいに嬉しくて。その中でも咲良姉さんはとりわけ綺麗だったし、言葉も一生懸命覚えてたみたい。そういえばよくお国の唄を教えてくれたのよ。不思議なメロディで、今まで聴いたことがなかったの。姉さんはホウセンカの花の歌だって言ってたわ。その代わりに私も教えてあげたの、さくら、さくらって」

「昼の姉さんは子どもみたいだった。よく一緒に遊んだわ。でも夕方近くになると私は少し離れたばあやの家に連れて行かれて――姉さん、また明日ね、って」


 マスターが黙って私たちの前に温かなほうじ茶を並べた。

 両手で温かな湯のみを持つと心の冷気も少し温められる気がした。

「当時は逢摩さんはまだ学生で……都会の美術学校へ行っていたの。私と姉さんが笹舟を作ったり草笛を吹いたりして遊んでた時に初めて出会ったのよ」

 また小さな溜息が出て、しばらくの沈黙が流れた。

「あの……」

 次に言葉を作ったのはひなこで、

「お辛いようでしたら、その後は……」

 私たちは頷き合い、

「私たち、また来ます。ゆっくり教えてください」

「ありがと。そうね、今夜はここまでにしましょう。またいらしてね」

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