黒猫家にて.3

 亭主セレクトの地酒はきりりと冷えており、困ったことに最所も京念も勧め上手ときたものでこれでは大事な話の前にこちらが酔い潰れかねない。その時ひなことふたばがコホンと咳払いをした。そろそろ潮時ということか。そこで私は気を引き締めて本日の仕事にかかることとした。

「今日事務機器を扱う会社の方がおいでになり、カタログを何冊かお持ちになったんですけど……」

 そこまで言うとひなことふたばがさり気なく合いの手を入れてきた。

「欲しい物、必要な物がたくさんあって……。これって本当に私たちで選んでも良いのでしょうか?」

 核心に持っていくひなこ。

「あとで贅沢だ、とか言われませんかねぇ」

 叩き込むふたば。

 おや、もうカタログご覧になったんですか? とにこにこしながら税理士がひなこに酌をした。

 ええ、もう色々あって迷ってしまって……と酌を返すひなこ。

 あ、そうだ! とふたばが今思いついたと言わんばかりにバッグの中から数枚の紙を引っ張りだした。

「ちょっとメモしてみたんですけど……目を通してもらってもいいですか?」

 その言葉に、私はさり気なくフェイントをかけてみる。

「ふうちゃん、こんな楽しい席でちょっと野暮じゃない?」

「いやいや、いいんですよ、みいこさん。却って頼もしい! 拝見しますとも!」


 ほろ酔いとはいうものの、さすが仕事となれば顔つきは引き締まり、京念はメモに記されたものをひとつひとつチェックし、頷いてみたり首を傾げたりしながらリストを見ていた。

 時々、これは?――と二人に質問し、それに対してひなことふたばは的確に必要性を説明している。

「うん、いいですね。この発注内容で大丈夫です」

 懸念していたコーヒーメーカーやらティーメーカーやらも経費で落ちるとあって、思わずテーブルの下でガッツポーズを作り、ひなことふたばは「わーい」と手を叩いた。

 我々が作った「欲しい物リスト」にはパソコンの類は入っていなかったのだが、事務所にあるような古いパソコンでは意味が無いと最所も加勢してきたので、新しいパソコンも無事導入される運びとなった。全くもってこの二人の交渉術に舌を巻く。

「次に……」

 と、私はもう一つの交渉を始めることにした。いよいよここからが本番なのである。

「お店のコンセプトが決まりました」

「ほう、それはまた仕事が早いですね。で、どうされるんです? 純和風、和の世界でしょうか?」

 そう最所が言ったが、――それも考えてみましたが、和風じゃないんですよ――とわざと言葉を切ってみせた。

 先ほどのメモに目を走らせ、再確認していた京念もこちらの次の言葉を待つ姿勢になった。

「コンセプトは第三倉庫、というより第三の小部屋のイメージをそのままお店に持ってきたいと思いまして」

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