とりあえず.9

 一通り室内を確認しドアを閉めてからは、イメージは頂こう。でもあの部屋のものは持ち出すまい。アレに近いものを工夫して考えてみよう――事務所に残る家具や第二倉庫の本棚も使えるはずだし――いや、それにしてもシンボルになるような物が何か無いか――とぶつぶつ呟きながら店に行くと、すでに夕暮れ時だということに気が付いた。


 三方がスモーキーなガラスドアになっている店内からは、通りの奥とはいえ夕暮れの空が見える。見事な夕焼けで、何もかもをオレンジ色に染めあげていた。

 夕焼けは羊飼いの喜び、と先日テレビから聞こえてきたナレーションの一節が思わず口から出る。明日も晴れるだろうね、としばし感傷的な気分でドア越しに空を眺めていると、通りの入口のほうからこちらに向かって手を振りながら歩いてくる二人連れを見つけた。

 その二人をよくよく見ると最所と京念のコンビで、急いでドア下の鍵を開けて店内で出迎えると、二人はにこにこといかにも嬉しげに店内に入り、

「いやぁ、店内がきれいになって。さすがさすが」

 と目を細めていた。店内はまだどこも手を付けていないのだが。


 それよりこの二人はどうしたのだ。次に意思確認をしに来るのは一か月後であるはずなのだが――と思いながらも妙に心が弾んでいた。いわば知らない異国の地で偶然にも知人と出会った気分とでも言おうか。

「さ、どうぞどうぞ。あとの二人は事務所にいます」

 二人を事務所に通そうとしたのだが、事務所内にも声が聞こえていたのだろう。ひなことふたばが飛び出してきて、

「わあ! お久し振り」だの「懐かしい~」だの、まるで数十年振りの同窓会のようである。最所とふたばに至ってはハイタッチまでしている。

「とりあえず、差し入れです」

 二人は手にしていたコンビニの袋から飲み物をいくつか取り出し、

「はい、これはみいこさん。これ、ひなこさん」

 と、私にはミルク入りのコーヒーを、ひなこにはブラックコーヒーと並べ、そして

「はい、これはふたばさんに」

 とジャスミンティを置いた。たしかに私を除く各々が持参した飲み物も底をつき、これ以上店に残る意思が二人にあるのであれば私が一走り、あのマンション近くの商店街まで飲み物だけでも仕入れに行かねば......と思っていた矢先だったのでこの二人の差し入れはグッドタイミングだったのだ。


「ありがとうございます!」

 またもや声を揃えた私たちに、本当にいいチームワークだ、と二人は笑い、とりあえず私たちは乾杯をした。

「でも、どうなさったんですか? 次は一か月後と仰っていらしたのに」

 それはあとの二人も同様の気持ちだったらしく、飲み物を口に含みながら頷いていた。

「ええ、そのつもりだったのですがね、逢摩さんから皆さんの入店祝いの席を設けるよう連絡がありまして。いえ、ご本人はいらっしゃいませんが、今から......というのは急すぎますか?」

 私たちはアイコンタクトで相談し合った。二人の答えは「OK」であり、むしろ積極的に「行くべきだ」である。

 それには私は同感で、まずは最所と京念の二人を我々側に取り込むことが今後の仕事の円滑化への最重要事項なのである。


 そうと決まれば動きは早い。私たちは手早くその場を片付けた。

 そして三人でもう一度、倉庫の戸締まりの確認をする。第一倉庫、第二倉庫異常なし。そして第三倉庫......この部屋のドアが先ほどすんなりと開かなかったことを私は黙っていた。二人を無駄に怖がらせる必要はない。ただ、今度開ける時には......と思ったことがあり、早速実行を試みた。


 ドアをノックして「失礼します、入りますよ」と声がけをする。ドアはすんなりと開いた。――どうもこの部屋はマナーを重んじるらしい。あとの二人にもこの情報を追々シェアしなければ――などと考えながらバルコニーへ続くガラス扉を再確認しようと分厚いカーテンを開けたのだが、庭の奥の噴水がある場所のそのまた奥に、昼間見たときはレンガ塀で囲まれているため気が付かなかったが、その塀の向こうにかすかに灯りが見える。家でもあるのだろうか。

「ふぅん、どん詰まりじゃなかったんだ」

 と、さして不思議とも思わず分厚いカーテンも閉じ、第三......もとい少女部屋の戸締まりも完了した。事務所も店の戸締まりも完了し、シャッターも降ろした。

 勤務初日、店内業務はとりあえず終了。時刻はきっちり十八時である。

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