とりあえず.2

 とりあえず私たちは事務所に残っていた長椅子に腰を下ろした。今気がついたのだが、驚いたことに事務所内もきちんと掃除がなされており、昨日までの埃っぽさがさほど感じられない。

「ふーん、立つ鳥あとを濁さず……ってやつですか……」

 ふたばが感心したように周りを見渡した。

「うーん、まあ、とりあえず」

 ひなこが大きなバッグの中からゴソゴソと取り出したマグボトルから持参していたカップにコーヒーを注ぐと、

「はい、店長」

 と差し出してくれた。マグボトルの中で保温されていたそれはふわりと香り高く、朝から取り乱していた頭を幾分か落ち着かせてくれた。


「わ、ふうちゃんコーヒー苦手だっけ!? ごめん」

 カップにコーヒーを注ぎかけた所でひなこがはっと気付いた。

「大丈夫っすよ、私も持ってます」

 ふたばも同じくマイドリンクを用意してきていた。

「あ、私も持ってる!」

 私もバッグの中からゴソゴソとチョコレート菓子を取り出した。

「とりあえず」

「とりあえず」

「とりあえず」

 同時に声が出て、私たちは一斉に笑った。

「叩けよさらば開かれん!!」

 ふたばがそう高らかに宣言し、なぜか私たちは「えいえいおー!」と空元気の鬨の声を張り上げた。その後すぐに――ああ、ふうちゃん、今はまだその辺り叩かないで、とりあえず。埃が舞いそうだから――と釘は刺したが。


 そこからは作戦会議ということになった。

 もう難しく考えるのはやめにしよう。私たちは前払いで給料ももらっているのだし、よく考えたらスポンサーもついているのだし、法律と財務の専門家もついている。非常に恵まれた状態でまさに「お好きなように」この店を運営できるのだ。

 もし何か事が起こっても私たちが責任を全て取ることはない。まあ強いて言うならばあまりにも上手い話なのが引っかかるのだが、考えだしたらキリがないのだ。何よりも三人いる、という気持ちが私たちを楽にさせた。

「ごめんくださぁい!」

 そのとき、店の方から声が聞こえた。何も悪いことはしていないというのに私たちは飛び上がり、そこでようやく店が開いたままだったことを思い出した。

 はい! と唱和し、慌ててひと固まりになって店の方に移動すると何もないがらんどうの店の中にスーツを着た若い男が立っていた。

「あの、何か?」

 恐る恐る尋ねると彼はそつのない笑顔を浮かべ、

「私、逢摩さんのご依頼で参りました。こういう者です」

 左右からつつかれ、一歩前に出て差し出された名刺を受け取ると『ヤマザキ事務機器 営業部営業課 課長 織部健』とある。

「あの、それで何か?」

「はい、とりあえずカタログをお持ちしました。必要な物をチェックしていただいたらご連絡ください。なるべく納期には間に合わせますが、在庫を切らしているものは取り寄せに四、五日いただくこともありますのでお早めにお願い致します」

 そう言いながら差し出してきたいくつかの事務機器のカタログを、はあ、と歯切れの悪い返事とともに受け取ると、

「では、よろしくお願いします。リニューアルオープンは二週間後だそうですね。どうぞお早めに」

 と、颯爽と引き上げていった。

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