とりあえず
とりあえず
さて話が長くなったが、とにかく店内はからっぽ。ものの見事に何も残っていない。
顔を見合わせた私たちは次の瞬間には同時にすでに暖簾も取り外されているバックルームへの通路を走った。
「ひなちゃん事務所! 事務所開けて!」
「ふうちゃん倉庫の方見て!!」
そう叫びながら私は金庫の鍵を握りしめた。
「事務所開きました!」
「倉庫、異常……多分なし!」
ぎぎ、と金庫のやや重い扉も開き、
「ある! うん、ある!」
「ある!!」
「あるねぇ~」
私たちは金庫の中に入っている現金が無事なのを確認して金庫の前にへなへなと座り込んだ。
「よかった、いきなり空き巣に入られたかと思った……」
と、ひとまずは胸を撫で下ろした。だがしかし、そうなるとまた新たに謎が噴出するのである。夢中で名刺をひっつかみ、そのまま電話に飛びついた。
『はい、最所法律事務所でございます。本日は――』
とびきり愛想は良いのだが相手は留守番電話になっていた。軽い舌打ちと同時に電話を切り、次に京念の名刺に書いてある電話番号へ掛けるとこちらは無事につながったようだ。
「あ、逢摩堂です! 先生いらっしゃいますか?」
ひなことふたばが左右から顔を寄せる。
『京念です。ああ、みいこさんですね。おはようございます』
と、受話口から京念の落ち着き払った声が聞こえた。
「あの! あの! 店に来たらないんですけど! 何もない、いえ、あるにはあります。でも店の中です、ないんです、からっぽなんです!」
『……仰っている意味が……』
そうだ、何を言っているのだ私は。落ち着け、深呼吸をしろ、私。
「すみません、ちょっと取り乱してしまって――私たち逢摩堂に着いたんですが、誰もいらっしゃらないばかりか店内にあったガラスケースなども全て無くなっていて、それで驚いてしまって……」
『ああ、そのことでしたか。私ども、昨日申し上げましたよね。お好きなように、と。すなわちそれはお店のレイアウトも然りなのですよ、きっと。いやあ、逢摩さんらしいですなぁ、そこまで徹底なさるとはねぇ。まあ皆さんでそれもお願いします。新たに購入されるもよし、倉庫内の家具類を使われてもよし。そこはもうお好きなようになさってください。来月またそちらへ伺うのを楽しみしておりますよ、どんな風に様変わりするのか。では、そういうことで』
こちらが話を割り込む隙もなく、行き届いた答えで京念はそう答えた。力なく電話を切った私に、
「なになに!? なんだって!?」
と、左右から同時に声が襲いかかってきた。ひなことふたばの声がまるで鼓膜にストレートのパンチを食らわせたかのようで、きいん、と耳鳴りがした。
「あのね、お好きなように、だって。お店の中も好きにしなさいって。倉庫に家具もあるはずだからって、レイアウトも……」
「「お好きなようにって!?」」
二人がまた声を揃えてきた。この二人、随分呼吸が合うじゃないか、と妙な所で私は感心していた。
「そう、お好きなようにって。そういうことだそうです」
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