第36話 天使と悪魔と銭狂い⑥
リサオラとタダクニの会話が切れる直前、彼女とガチホモがいた寝室と思われる部屋のクローゼットが急にガタガタと震え出した。
「この邪気は……!?」
「ええ、気をつけてください」
二人は顔を見合わせ、慎重にクローゼットへ近づこうとすると、振動に混ざって中から女の低い呻き声が聞こえてきた。
「……ウー……ウー……」
「女性の声、でしょうか?」
「……そのようですね。少し様子を見てみましょう」
リサオラは足を止め、グライシンガーを構えたままクローゼットの動きに注目した。
「アケテ……アケテ……」
しばらくすると震えは止まり、今度はドンドンと中から叩く音に代わる。やがて、きい、と軋んだ音を立ててクローゼットが開き、一人の女がのそりと這い出てきた。
女は血のように赤いドレスをまとい、髪は床につくほどに長く、肌の色は三日三晩漂白剤の風呂にでも浸かったかのように真っ白で、瞳は濁ったように黒ずんでいる。
「ケケ……ケケケケケケ……」
女はリサオラとガチホモを見ると、くぐもった笑い声を立ててゆっくり這いずりながら近づいてくる。が、二人は特に動じることもなくその様子を突っ立って眺めていた。
「リサオラ殿、あのご婦人が悪霊――なのですか?」
「そうですね。実体化できるレベルですからそこそこの力は持っているようですが、武器も持っていないようですし、はっきり言って脅威とは呼べませんね」
拍子抜けしたように二人は武器を構えた手を下ろした。
「閉じ込められていたわけでもないのに何故あのような場所に潜んでいたのでしょう?」
「多分、私達を脅かしたかったんじゃないですか?」
「ふむ、それは申し訳ないことをしましたね」
と、そんな呑気に会話を交わしている間に、女は床を這いずりながらリサオラ達の方へとじわりじわりと向かってくる。
「……どうやら、手を貸した方が良さそうですね」
そう言うとガチホモはずんずんと歩き、床を這いずる女の正面に立ち塞がる。そのあまりに堂々とした態度に押されたのか、逆に女の方がビクリと体を震わせた。
「もし、どうされました?」
ガチホモは床に膝をついて女に問いかける。
「……ア?」
「もし?」
「ア……ソノ……エット」
女は、まるで折角覚えた台本と全く違う展開に慌てふためく役者のようにオロオロし始めた。
「顔色が優れないようですが、どこか具合が悪いのですか?」
「イエ……アノ……」
「とにかく少し休まれた方がいい。幸いそこに寝台がありますから、お運びしましょう」
ガチホモは「失礼」と女をひょいと抱え上げ、ベッドへと向かう。
「ウウ……」
女はそこで耐えきれなくなったのか、逃げるようにすっと消滅していった。
「消えてしまった……。なんだったのでしょうか?」
「さあ? どうやら魂は浄化されたようですが……」
二人は本気で不思議そうに首を傾げた。
「――ぁぁぁーーーー!!」
その時、遠くでユウキの甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「今の悲鳴はユウキか!? リサオラ殿!」
「ええ! 行きましょ――っ!」
言いかけて、リサオラの心臓がドクン、と跳ね上がった。反射的に天井に首を巡らせる。
「――――――…………タダクニの気配が…………消えた……?」
何か、とてつもなく危険な『何か』がいる。ノイズがかかって思念波が途切れたのはさっきの女の幽霊ではなく、恐らくこいつのせいだ。
リサオラは上階の異変を感じ取ると、ガチホモを呼び止めた。
「待ってください! 私はタダクニ達の所へ向かいます。あなたはユウキ達を助けたら一緒にここから出てください。私もタダクニ達と合流したらすぐ後を追います!」
「! ――承知した!」
ガチホモは一瞬戸惑ったが、リサオラの真剣な表情を見ると理由は問わず短く頷いた。
そして、ガチホモはユウキ達の元へ、リサオラは二階へと駆け出した。
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