第22話 熊虎激突! 鉄の女神杯(アイアンヴィーナス・カップ)④

「お断りします」

 タダクニの頼みは即答で却下された。

「けど、その虎雷の女神を狙撃して眠らせりゃすぐに片付くんだぜ」

「ダメなものはダメです。大体、まっとうな理由があるのならまだしも、善行でも何でもないじゃないですか」

「わあったよ、面倒くせえが他の手を考えるか。……にしても、あんた随分とだらけてんな」

 タダクニがリサオラの部屋に入ると、リサオラはTシャツに短パン姿で大量のマンガを読みふけっていた。しかしながら、一通りの家具と寝具だけという実に簡素で無個性な内装は生真面目な彼女の性格を物語っており、マンガも正座して読んでいるうえに一ミリのズレもなく一巻から順に積んである。

「今回の私の任務は基本的にあなたのサポートだけで、他には特に指示されていませんからね。だから、あなたがきちんと善行を重ねてくれないと私もこうして暇をもてあそぶしかないというわけです」

「へえへえ、そりゃ悪うございましたね。けど意外だな。あんたマンガとか読むタイプには見えなかったからよ」

「ええ、実は私も読むのは初めてです。ユウキに何か本でもないか聞いてみたら沢山貸してくれたので、これも良い機会と思って挑戦してみたのですが中々面白いですね」

「ふーん、なら俺も何か貸してやろうか」

「結構です。どうせレンタル料とか言うのでしょう?」

「ぐっ! な、なぜわかった? また心を読んだのか?」

「そのくらい読まなくてもわかります。しかし、どうにも落ち着かないんですよね。今までずっと仕事漬けの生活だったからか、働いていないと生きてる実感が湧かないというか。やはり人間規則正しい生活に身を置かなければダメですね」

「なに贅沢言ってんだ。一日中ごろごろできるなんて最高じゃねえか」

「……あなたはもう少し真面目になった方がいいと思いますが。宝くじに頼ったニート生活なんて考えないで、ちゃんと働こうという気にはならないんですか?」

「そりゃ俺だって宝くじが当たる前はほんの少しは進学や就職も考えてたさ。けどな、三億なんて大金入って働く方が馬鹿だ。『働きたくない』のと『働く必要がない』のとじゃ大違いだろ?」

「それはまあ、そうですが」

「俺は別にどでかい豪邸をおっ建てたいとかとびきり贅沢な暮しがしたいわけじゃない。毎日ごろごろできる、そんなささやかな生活で十分なんだ」

「なら無人島にでも住んだらどうですか?」

「バカ言え、無人島だと自給自足せにゃならんだろうが。俺はとことん楽して生きられる生活をエンジョイしたいんだ!」

  ぐっと拳を握って熱く語るタダクニに、リサオラは「ダメ人間」と半眼で呟くと読みかけのマンガに目を落とした。


 ――六月二五日(木)。

 そして、とうとう鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップの日がやってきた。

「レディース、エーン、ジェントルメン! ただいまより第五二回鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップを開催いたしまーす!」

 マイクを握った司会の虎雷こうらい女子生徒(小指を立てているのが妙に苛立たしい)がステージ上で開始を告げると、異様な熱気に包まれた体育館内に割れんばかりの歓声と拍手が鳴り響いた。

 熊風高校と虎雷高校が共同で使っているこの体育館は約一二〇〇人を収容できるほどの広さがあるのだが、既に両校の生徒達で満員御礼状態、随所で早くも賭けや相手校への口汚い野次合戦が始まっている。しかも教師達に至ってはビール瓶や焼酎瓶を片手に酒盛りを始めている始末である。

 そんな中、タダクニ、マサヒコ、ガチホモの三人は体育館全体を見渡せる二階の観客席をちゃっかり陣取っていた。

 鉄の女神杯アイアンヴィーナス・カップは平日の午後の授業を使って行われるので、必然的に全生徒が参加しなければならないのだが、生徒達にとっては午後の授業が潰れるし、何より『三大抗争』の一戦とあってはサボる者などほとんどいなかった。

「おい見ろよ、このパンフレット。今年の特別審査員が載ってるぞ」

「ん?」

 マサヒコの持つパンフレットをタダクニとガチホモは両脇から覗き込む。

「今年はすげえぞ。去年のHOTYヘンタイ・オブ・ザ・イヤー王者ミダラーに絶賛指名手配中の露出魔小川、キモヲタ藤野、それにあのエロイ修道士までいやがる!」

「誰だよ?」

「おまけに特別ゲストはなんと年に一度行われる全国エロ高校生クイズ大会V6達成の『皇帝』滝田だぜ!」

「V6?」

「どいつもこいつもその道では知らないものはいねえスターばかりだ。こりゃ相当やべえぞ!」

 パンフレットを握りしめて一人興奮するマサヒコだったが、タダクニとガチホモは誰一人とて知らなかった。同じ変態同士の間で何かネットワークでもあるのだろうか?

「さて、熊風、虎雷の両校から選ばれた『女神』が強さ、優しさ、気高さを競い合うこの大会。女神達の入場の前にまずは第一ラウンド、『女神審査』の説明をいたしまーす。この勝負では両校の女神達が全国各地から呼び寄せた変態――もとい特別審査員によるいやらしい質問と罵倒攻めにあいながらも笑顔を崩さず、己の魅力を最大限にアピールしてもらいます。まさに心の強さと気高さが試されるこの勝負、それでは早速第一ラウンドを開始したいと――おおっと!」

 そこで司会の女子は、まるでそういうリアクションを取ると予め決めていたかのようにわざとらしく片手で顔を覆って大仰に首を横に振った。

「なななな、なんと大変残念ながら特別審査員の方々が、どういうわけか全員腹痛のため欠席となってしまいました! そういうわけで第一ラウンドの『女神審査』はノーゲーム、勝負は第二ラウンドの『包容力勝負』からとなりまーす!」

 そこまで喋った司会が口を閉じると、一瞬の静寂の後、当然の如く場内から一斉に割れんばかりのブーイングが飛び交った。

「おい、ふざけるなー!」

「金返せ、バカヤロー!」

「引っ込めドブス!」

「脱げー!」

「燃やせー!」

「こっちは特券(一〇〇〇円)張ってんだぞッ!」

「あたしゃ熊風の女神がボロクソに言われるのが楽しみで来たのよ!」

「おいゴラァッ! ウチのサヤカに文句あるってえのか!?」

「んだとやるかテメェッ!」

 男女問わず激しい野次が飛び交い、最前列ではステージに上ろうとする生徒達を大会スタッフが必死で押し留めている。

 中にはステージまで登った男子もいたが、場馴れしているのか、司会の女子は笑顔を振りまきながらハエでもあしらうかのようにその男子を蹴り落とした。

「うわー、ひでえ有様だな。上に来て正解だぜ」

「うーむ、まさに地獄絵図だな」 

 そんな阿鼻叫喚あびきょうかんとした光景を見ながら、二階の手すりにもたれかかってマサヒコとガチホモは各々感想を言い合う。

「ふふふ、どうやら上手くいったようだな」

「お前の仕業かよ、タダクニ!」

「ああ、烏丸に協力してもらって特別審査員の弁当に強力な下剤を仕込んでおいた。今頃はみんな仲良く便所にこもってるだろうよ。ま、これで第一ラウンドは潰せたし、それに幼馴染が変態どもに責められるのもただ見てるってのもな」

「そりゃそうだが、えげつねえことするな……。けど、よくあの堅物が手を貸す気になったな」

「あいつもこの大会の野次は嫌ってたからな。利害の一致ってやつさ」

「つーか、お前ら敵対してなかったっけか?」

「そういやそんな設定もあったかもな」

 熊風を勝利に導くためにもサヤカが有利になるよう企んだタダクニだったが、リサオラの協力を得られない以上、自力でどうにかするしかない。

「今年の虎雷の女神は恐ろしいくらいの逸材だ。大会自体が潰れちまったら意味がねえが、サヤカが有利になる程度には色々と手は打たせてもらった」

「あっちの女神ってそんなにヤバいのかよ?」

「ああ、見ればわかるさ。だがこっちにも必勝の秘策がある。そろそろ――っと」

 そこでタイミング良くタダクニのスマートフォンが振動する。

『やあ、有馬』

「おお花岳かがく、待ってたぜ!」

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