第18話 さわやか草野球デスマッチ! 血戦編⑧
そこからは熱い投手戦となった。
外下々野の
そして、七回が終わってスコアは二対二の同点のまま。
中学野球の規定では七回で終了だが、引き分けなどという
最初から『三文字でよろ』『二対二』というダイジェストで良かったんでないの? という疑問すら浮かぶ長い長い戦いもようやく終わりが近づき、なんやかんやで同点のまま迎えた九回裏、カス中のバッターは
「ストライク!」
審判が二つ目のストライクを告げる。
「……はぁ……はぁ……」
「……ぜぇ……ぜぇ……」
両者とも疲労の限界だった。
(くそ……もう……眼は使えねえ)
外下々野の右目はほとんど見えない状態で、もう魔球は投げられない。
息も
「……これで……終わりだ!」
もはや気力だけで投げた外下々野の第三球目。
「うおぉぉぉぉ!」
雲母もまた気力のみでバットを振るう。
カキン!
ボールは見えなかったが、わずかに残った手の感触と、何度も聞いたことのある音で結果はわかった。
「やった! ホームランよ!」
ヒカリがベンチから立ち上がって叫んだ。それにつられてナインも一斉に身を乗り出す。
鋭い打球はセンター方向空高くに一直線に伸びていき、怒外道の外野は誰も動かなかった。
「やったな、
ホームに戻った雲母をナイン全員で出迎える。山田や坂本は既に泣きじゃくっており、仏頂面のヒロキすら微かに笑みを浮かべていた。
「ありがとう! ありがとう! みんな! あっ」
体中もみくちゃにされながら、雲母はマウンドにへたり込んでいる外下々野に気が付くと、ゆっくりと歩み寄る。
「
「……」
「外下々野、何がお前をそこまで変えてしまったんだ?」
「……」
「あんな卑怯な手を使わなくたって、お前には十分すぎるほどの力があるのに。こんなことをしたって花は咲かない、咲いたとしても腐った花だ。何故だ? 教えてくれ!」
その雲母の熱意に溶かされたのか、外下々野は重い口を開いた。
「……あれは去年の冬のことだった。俺が――」
「聞く耳持たん!」
いきなりタダクニが割って入ってきた。
『え?』
「お涙頂戴の過去話など
『あ、あの?』
「おい、ゲドー! 約束の一〇〇万、とっとと払わんかい!」
タダクニは、今度は三塁ベンチにずかずかと歩いて行くとゲドーの胸倉を掴んだ。
「ひいいっ! は、はい! ただいま!」
まるで不良にかつあげされる優等生のようにゲドーは
「ひーふーみー……。よし、ちゃんとあるようだな。そんじゃ、こいつは慰謝料として受け取っとくぜ。賞金だと贈与税がかかっちまうし、この町の税務署は
タダクニは札束を奪い取ると、ドスを利かせてゲドーに念を押す。
「は、はいいい! わ、わかりましたぁ!」
「よーし、いい子だ」
「雲母、こいつは部員たちの治療費にでも
「は、はあ」
ぽかんとした顔の雲母に札束を手渡すと、タダクニはホームベース上で呆然としているナインの方を向いて呼び掛けた。
「よーし、とっとと帰るぞ! だらだらしてっとここの延長料金取られちまうからな!」
その様子を遠くからライフルのスコープ越しに覗いていたリサオラは呆然としていた。
「なんかもう色々疲れました……。帰りましょう……」
リサオラは頭を抱えながら、ただただ疲れ切った顔でそう呟いた。
こうして、カス中と怒外道の練習試合は三対二でカス中の勝利で幕を下ろした。
試合が終わった後、カス中ナインはヒカリの提案でそのまま近くのファミレスで祝勝会を開くことになった。しかし、ヒロキは一人だけ参加せずに先に家に戻っていた。
ヒロキは人と馴れ合うのがあまり好きではなかった。チームスポーツのバスケットボールにおいてそれは致命的でもあったが、実際ヒロキの個人技のおかげで地区予選を突破できたと言っても過言ではなかった。別段、チーム仲が悪いわけでもないし文句を言ってくる者もいないのでヒロキ自身もそれでいいと思っていた。
「あら、もう帰っていたんですか」
どうも違和感があった。このリサオラという女、確かに前から暮らしていたはずなのだが、何か大事な部分が
「ヒロキ、少し話があるのですが、いいですか?」
と、リサオラはヒロキの隣に腰を下ろし、真剣な表情で
「……別にいいっすけど」
その真っ直ぐな瞳を見るとどうにも断れなくて、ヒロキは上体を起こす。
「何故、そんなにタダクニを嫌うんですか?」
「!」
いきなりの直球。しかもど真ん中だ。
「タダクニが部活を辞めたことが原因だそうですが、そこまで嫌うことはないじゃないですか」
「……」
「良かったら、話してはくれませんか?」
余計な御世話だった。これが男だったら間違いなく殴り倒していただろう。
「……あいつは、いつだって勝手な奴だった」
しかし、リサオラの凛とした声を聞いていると、何故か勝手に口が開いていた。
「元々俺やあいつがバスケを始めたのは、一番上の姉ちゃんが『やらないと殺す』って脅してきたからだけど、スポーツやるきっかけなんてどこもそんなもんだ。ユウキ姉ちゃんがバスケ始めた理由も俺達と一緒に遊ぶためだったし」
(……どうやらこの一家はロクでなしが多いようですね)
リサオラは呆れながらも黙ってヒロキの話に耳を傾ける。
「最初は嫌だったけど、やってるうちに面白くなって、姉ちゃんや……あいつと一緒にプレーするのは……楽しかった」
言うのが恥ずかしかったのか、最後は聞きとれるかどうかというくらいの小声だった。
「なるほど。ですが、別に部活でなくてもバスケは出来るのでしょう? あの怠け者も趣味でやるくらいなら付き合ってくれるでしょうに」
「俺は高校に入ってもあいつと一緒にプレーするつもりだった! 小坊ん時からずっとだ! それが当然だと思ってたんだ! なのにあいつはあっさり辞めやがった!」
そこでヒロキが
「故障したわけでも何か問題起こしたわけでもねえ。理由を聞いてもまともに答えねえ。ただやる事が出来たの一点張りだ! それでどう納得しろってんだよ? アホか! ……分かってるさ、あいつにはあいつの生き方があるってのも。けど、どうしても許せねえんだよ!」
「……つまり、要するにあなたはタダクニのことが好きなんですね」
「なっ!? あんた話聞いてたのか!? どうしてそうなんだよ!?」
「どうしてと言われても、今の話を聞く限りではそうとしか思えないのですが」
「……!」
(なるほど、これが俗にいうツンデレというものですか。しかし、想像以上にダメな男ですね、彼は。こんなに慕ってくれているというのに……)
記憶を読んではいないが、恐らく部活を辞めたのは単に宝くじが手に入って余生をとことん怠けるつもりだったからだろう。全くロクでもない理由だ。
まだ出会って数日しか経ってないが、リサオラは有馬タダクニという人間の九割方は掴めた。
金の亡者で、目的のためならどんな手段も笑顔で用いる卑劣漢。
しかしながら、幾分かの人情もあった。
今回の野球にしても、三〇〇万という代価がきっかけではあったが、そうでなくても最終的に彼は依頼を引き受けていたのではないかと、今では思う。
確かにタダクニ自身はバスケにさほど興味はないのかもしれない。だが、ヒロキが今のように面と向かってきちんと話をすれば恐らく彼は部活に戻るだろう。そういう男なのだとリサオラは感じた。
「安心してください、ヒロキ。そのうち彼は部活に戻りますよ」
「……なんでそんなことがあんたにわかんだよ?」
「私の勘です」
「勘かよ!」
「ええ、私の勘は良く当たるんです」
「?」
リサオラは意味ありげに微笑んでみせたが、ヒロキは困惑するだけだった。
・今回の収入 三〇〇万円
・今回の支出 〇円(賞金一〇〇万円から全て
・残り借金 二億九七〇〇万円
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