第4話 銭狂いと天使が出会った日④

 所変わって、二年E組。

 クラスの女子達がわいわいと騒ぎながら昼食を楽しんでいる中、タダクニを含めた男子達は机を寄せて雑談などしながら時間を潰していた。男子のほとんどは早弁でとっくに食事を済ませ、しかも熊風高校は昼休みが六〇分もあるためかなり暇なのだ。

「あれは今年の春休みのことだ。こいつがパソコン壊れたから少しだけ貸してほしいって頼んできたから仕方なく貸してやったんだよ。だが返ってきたら俺の守備範囲外のエロ画像がどっさり入ってて、しかもいつ間にかウイルスにまで感染してやがったんだ!」

 そう言ってクラスメイトの一人が隣の男子をきっと睨みつける。

「ああ、そういやそんなこともあったな」

「あったな、じゃねえ! お前のせいで清純派だった俺のパソちゃんが穢されちまったんだぞ!」

「いや、つい身代わり的な感じでね。俺のパソコンが感染したら嫌だしさ」

「てめえ! やっぱりそうだったか! 『パソコン壊れたから』とか嘘つきやがって、だったらネカフェにでもいきゃよかっただろうが!」

「そんなことしたら金がかかるし、第一、店に迷惑かかるだろ。常識で考えろよな。大体、お前だって仕返しに俺のスマホで出会い系サイトに登録しまくりやがったじゃねえか! おかげでからのお誘いメールが山ほど来たわッ!」

「うーん、確かに痛いがいまいちインパクトに欠けるな」

 彼らは今、第一回チキチキ痛い話コンテストをやっていた。各々が自分や友人の身に起きた痛い話をして、その痛さを競い合うという非常にシンプルかつくだらないものだ。

「ようし、ここいらで真打ち登場だ。マサヒコ、頼むぜ」

「おう、任せろ。こいつは俺の知り合いの知り合いの俺から聞いた話なんだが……」

 周囲の男子達を見回すと、マサヒコは神妙な面持ちで静かに語り始めた。

 既に一周回って自分の話とばらしてしまっているのだが、本人は気づいていないため誰も突っ込まなかった。

「あれは俺が中三の時だった。当時、俺は隣のクラスのある女子が好きだった。だがシャイな俺は中々勇気を出せず、帰宅する彼女を家までこっそり尾行つけたり彼女が飲み干したペットボトルをゴミ箱からあさったりするしかなかった。辛い日々が続いた……」

「信じられん……」

「かわいそうに……」

「気の毒な話だ……」

 周囲から次々と哀れみの言葉がれるが、勿論マサヒコに対してではない。

「そのまま月日だけが過ぎて行き、そして、ついに修学旅行の日が来た。いつまでもこのままではいけない、これが最後のチャンスだと思って俺は勇気を振りしぼって彼女の部屋に夜這よばいすることにした」

「そこで告白って発想にいかないとこが怖いな……」

「ステップすっ飛ばしまくりだろ……」

 既に皆ドン引きだったが、マサヒコは構わず話を続ける。

「二日目の夜、事前に合鍵を手に入れておいた俺は皆が寝静まった頃を見計らい、彼女の部屋に侵入した。暗闇の中、手探りで彼女を探すのは大変だった。だが、俺には必ず彼女を探し出せるという確信があった。そして、とうとう俺は彼女の元に辿り着いた。ほとばしる情熱と体中に満ち溢れる野性のENERGYに身を任せ、俺は彼女の唇を奪った。だが……」

 そこで一旦言葉を切り、やや間を置いてマサヒコは元々歪んだ顔をさらに歪ませる。

「良く見ると、相手は担任の先生(♂)だった。部屋を間違えたんだ……。ごついおっさんとファーストキスを交わした俺は頭が真っ白になった。気が付いた時には自分の部屋に戻っていた。そしてその晩ずっと、俺は周りに悟られないよう枕を涙で濡らした。以上だ……」

 マサヒコが話し終わると、しばらく沈黙がその場を支配した。

「……もっと明るい企画考えた方がいいな」

「俺、気分悪くなってきた……」

「誰だよ、痛い話しようって言った奴は?」

 ようやく重い口を開き始めた一同は、換気のために話題を変えることにした。

「でも何やるよ? すべらない話はネタ尽きたし、細かすぎて伝わらないモノマネは本当にわからねえのしかやらねえし、ダーツは壁じゅう穴だらけにして禁止くらっちまったしな」

「じゃあ、ききお茶でもやるか? コンビニ行って六種類くらい集めてよ」

「金がかかるのはパスだ」

 タダクニが脊髄反射で即答する。

「なら、トランプやろうぜ。罰ゲームありで」

「えー、罰ゲームはやめようぜ。こないだのスナックジュースとか最悪だったじゃねえか」

 スナックジュースとは、その名の通り何種類ものスナック菓子をすりつぶして粉状にし、それを水と混ぜてそのまま飲むという拷問に近い罰ゲームだ。

「トランプっていや、俺こないだB組の連中と賭けババ抜きやってたんだけどよ。戸塚とつかって奴がずっと一人勝ちでさ、あーゆうメチャクチャついてることってあるんだな」

風原かざはら、そりゃそいつがイカサマやってんだよ」

「いやタダクニ。そりゃ俺も最初は疑ったよ。けどカードを隠し持ったりとかはしてなかったし、特に変な動きも見せてなかったぜ」

「トランプはその戸塚って奴が持ってきたのを使っただろ?」

「え? ああ、確かにそうだけど。でも、目立った傷とかもなかったぞ」

「多分、そいつは手品用のカードを使ったんだ。カードがほんの少しだけ斜めに切ってあったり裏の模様が違ってたりな。そうやって自分の欲しいカードを選べるってわけだ」

「あっ!」

 その指摘に心当たりがあるのか、風原はしてやられた! と言わんばかりに目を見開く。

「その手は俺も幼稚園の時によく使ってた。ま、古い手だが素人の小遣い稼ぎにはちょうどいいかもな」

「ちっくしょう! あの野郎、ぶん殴ってやる!」

 いきり立って教室を飛び出ようとする風原だが、タダクニは片手をひらひらとさせて呼び止める。

「まてまて。そんなんでネタばらしたってつまらねえぜ。その程度のイカサマはどうせその内バレる。それなら口止め料として稼ぎをぶん取った方がよっぽど得だ」

「……なるほどな。しかし、さすがはタダクニ。銭狂いゼニクレージーなだけはあるな」

「誰が銭狂いゼニクレージーだ、誰が」

『お前だ』

 その場の全員に即座にツッコミを入れられ、タダクニの眉間にシワが寄る。

「お前らなあ――」

「失礼します。生徒会の者ですが、有馬タダクニ君はいますか?」

 その時、一人の男子生徒が教室に入って来た。

 短く切り揃えられた髪に定規でも入ってるかのようなピシッと伸びた背筋。染み一つない開襟シャツはきちんとズボンに入っており、中も色シャツではなく白の無地と、まさに生徒手帳に描かれている模範生徒そのものだ。上履きの色は緑なので、タダクニ達と同じ二年のようだ。

「俺が有馬だけど、あんたは?」

「二年A組の烏丸からすまシュウジだ。今日は生徒会兼風紀委員として君に用があって来た」

 シュウジはタダクニの前まで歩み寄ると、射抜くような目で睨みつけてきた。

「……ウチに生徒会や風紀委員なんてあったのか?」

 タダクニが真顔で隣のマサヒコに聞くと、シュウジのこめかみがピクッとひくついた。

「ほら、あれだ。朝礼とかで何か地味な先輩が挨拶とかやってたじゃん」

「ああ、そういえば。で、その生徒会様がわざわざ何の御用で?」

「単刀直入に言おう。君が校内で販売している写真の件で来た」

「写真?」

 タダクニは一瞬眉をひそめ、それから納得したようにポンと手を打った。

「あー、はいはい。写真ブツが欲しいんなら毎週金曜の昼休みにA棟の裏で販売してっから、明日また来て頂戴ちょうだいね。値段は一枚五〇〇円で五枚セットだと二四九九円とお得になってるし、今なら幸せを運ぶ石もオマケでついて――」

「違う! 僕はその写真の販売をめるよう警告しにここに来たんだ!」

 シュウジは声を荒げてタダクニに迫る。

「止めろっつっても、こっちの顧客には校長や理事長もいるんだぞ? 学校公認の――」

 そこでハッと気付いて、タダクニは女子達と談笑していたサヤカの方へちらりと目をやる。

 サヤカの視線は完全にこちらに注がれて、というより既にクラス中の注目の的となっていた。

(まずいな……どうにかしてごまかさねえと)

 タダクニは頭をフル回転させ、この場を上手く収める方法を模索もさくした。

「よ、よーし、わかった。こういうのは昔から話し合いじゃ決着はつかねえと相場が決まってる。ここは一つ勝負といこうぜ」

「勝負?」

「そうだ。あんたも俺が素直に言う事を聞くようなタマだとは思ってねえだろ? だからあんたが勝ったら俺は仕事から手を引く。その代わり俺が勝ったら今後一切、その事に関しては何も言うな。どうだ?」

「……確かに、君は口でどうにかなるような人間ではなさそうだな……いいだろう。それで、何で勝負をするんだ?」

 しばしあごに手を当てて思案した後、シュウジはその提案に承諾しょうだくした。

(よし、食い付いた!)

 タダクニは心の中でほくそ笑んだ。こうなれば後はこちらのものだ。

「そんじゃ、こいつでどうだ?」

 タダクニは机の上のトランプを掴むと、シュウジに突き出した。

「簡単なポーカー勝負だ。チップなしでカードは二回まで交換あり、先に五勝した方が勝ちだ」

「いいだろう。僕が勝ったらついでにそのトランプも没収させてもらおう」

「どうぞご自由に。ま、勝てればの話だがな」

 タダクニは手近な椅子にどかっと座ると、シュウジも机を挟むようにその一つ前の席の椅子に静かに腰を下ろした。

「んじゃ、チャイムが鳴る前にとっとと始めるか。ガチホモ、カードを配ってくれ」

「うむ、承知した」

 ガチホモはトランプを受け取ると、慣れた手つきでカードを切り、一枚ずつ裏向きにカードを配っていく。

(……どうも怪しいな。この男、何か小細工を仕掛けているに違いない)

 そう思い至ったシュウジは、カードを取ろうとするタダクニの手を止めた。

「待て。君の手札と僕の手札を替えてもらおう、それと順番も僕から始める。構わないな?」

「あ? 別にいいけど」

 タダクニはあっさり了承すると、互いの手札を交換する。シュウジが自分の手札を見ると既にエースのワンペアが出来ていたが、別に珍しい事でもない。

(本当に運と実力で勝負するつもりか? なら、少しは見直すべきか……)

 想定外のことにやや驚きつつも、シュウジはカードを三枚交換する。すると、一回目であっさりAの4カードが出来てしまった。

(よく切っていなかったのか? それともやはり何か小細工を……だとしたら、策士策に溺れるという奴だな)

 この勝負の勝ちを確信したシュウジは、二回目の交換はしなかった。

「どうやら僕の勝ちのようだな。Aの4カードだ」

 勝ち誇った顔でシュウジは手札を机に広げて見せる。しかし、

「悪いな、こっちはAの5カードだ」

にやりと口元に笑みを浮かべ、タダクニは手札を机に広げた。そこには確かにAがあった。

「……ち・ょ・っ・と・ま・て」

 シュウジは額を押さえ、身体を震わせる。

「なんだよ、負けたからっていちゃもんつける気か?」

「違うッ! どうしてAがもあるんだ!」

 至極もっともな質問だった。普通は一組のトランプにAは四枚しか入っていない。

「ウチの連中はみんなカード隠し持ってイカサマやってっから、カードが混ざりまくってんだよ。6カードとか7カードとかも普通にあるぞ」

「なんだそれはッ! そんなのがポーカーと言えるかッ!」

「事前にカードの確認しなかったお前のミスだろうが。トランプがちゃんと五二枚バラバラのカードだっていう固定概念を持ってしまったのがお前の敗因だ!」

「どんな屁理屈だそれはッ! こんな勝負が認められるかッ! やり直しだッ!」

 そんな口論を二人がしていると、突然教室の引き戸が荒々しく開かれると同時に、怒りを剥き出しにしたユウキがずかずかと入り込んできた。

「タ~ダ~ク~ニ~ッ!」

「待って、ユウちゃんったら!」

 その後を追うように、慌てた様子のシズカがぺこりとお辞儀をして中に入って来る。

「ちょっと! これ、どーゆうことよ!」

 ユウキはタダクニの姿を見つけるなり、数枚の写真を突きつけてきた。その写真には、私服や寝間着ねまき姿のユウキやシズカ、それにサヤカが写っていた。

「げぇっ! あ、いや、それはだな……」

「なんでこれを私のクラスの男子が持ってるのよーッ!」 

 タダクニはユウキに胸倉をがしっと掴まれ激しく揺すられる。

(くそっ! あれほど本人の前では注意しろと釘を刺しておいたのに……)

 がくがくと揺すられ続けながら、タダクニはこの窮地きゅうちを逃れるべく必死に頭を回転させた。

「あーっ! 何よこれ! 私の写真もあるじゃない!」

 揺さぶっている最中にユウキの手から落ちた写真を拾い上げたサヤカが大声を上げる。

「急に私達の写真を撮りたい、なんて言うから変だとは思ったんだけどね」

 シズカが苦笑いを浮かべる。

「お、落ち着け! まずは俺の話を聞け!」

「じゃあ、説明してよ!」

 ユウキは揺さぶる手を一旦止めて、とりあえずタダクニを解放する。

 こほん、と一つ咳払いをして、タダクニはゆっくりと口を開いた。

「はじめに言っておくが、お前達は器量が良い。まさに美少女と呼ぶに相応しいだろう」

『えっ!?』

 美少女、と言われユウキとサヤカが顔を赤くする。

「しかーし! 美少女一歩外に出れば一〇〇人の変態と敵に出会う、という格言にあるように、そういう人間はマサヒコみたいな変態どもからよこしまな視線を浴び続けるのもまた世の常だ」

「誰が変態だッ! 誰がッ!」

 抗議するマサヒコを無視して、タダクニは先を続ける。

「ならいっそ、その変態どもから搾り取って稼いだ方がお得だろうが!」

「知るかぁッ!」

「ぐふっ!」

 ユウキはタダクニのみぞおちに鋭いパンチを放つと、釘でも打ち込まれたかのような衝撃にタダクニの身体がくの字に曲がる。

「な……なぜだ? なぜわからん! 中にはお前らの使ったタオルを一万円ツェーマンで買ってくれるという顧客もいるんだぞ! ただの布切れがマネーに変わるんだぞ! これは現代における錬金術と言っても過言では――」

「ふざけんなぁッ!」

 続けてサヤカの強烈な飛び膝蹴りがタダクニのあごに綺麗に入る。

「ぐほっ! ……なぜだ……!? お前達にはそれほどの力があるというのに……、なぜその力を金のために使おうとしない……!?」

『誰が使うかぁッ!』

「がはっ!」

 トドメの一撃と言わんばかりにユウキとサヤカのダブル掌底しょうていがタダクニの顔面に叩き込まれると、糸の切れた操り人形のようにタダクニはがくりと床にくずおれた。

「大丈夫? お兄ちゃんもこれに懲りたらもう止めなよね」

 さして心配する素振りも見せず、シズカは地面に突っ伏したタダクニに声をかける。

「ぐう……か、烏丸君、勝負の決着は……またの機会ということで……いいかな?」

「あ?……ああ。僕は構わないが……」

 呆然とするシュウジにそれだけを伝えると、タダクニはそこで力尽きた。

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