第10話 胸のさざ波

「俊、オハヨウ!」

「ラウラ、おはよう」


 日曜をはさんで学校で会ったラウラはいつもと変わりないように俊には思われた。


 あの日、大谷川の橋で景色を眺めたあとのラウラは何かを吹っ切ったようにすっきりしていた。別れ際、笑顔で挨拶を交わした。


 もしかしたら、強いて笑顔を見せてくれたのかもしれない。しかし、今日見るラウラは自然体だ。変に気を回さない方がよい、自分もいつものように接しようと俊は思う。


 あの橋でラウラに背中を叩かれ、俊は真琴との仲直りについてあれこれ思いを巡らせたが、やはり、まず自分から真琴に直接謝らないといけないと思い至っていた。メールやSNSのメッセージではいけない。直接だ。


 この日から定期テスト一週間前になった。部活動は原則なしになるが、部によっては特例も認められる。例えば、インターハイを翌月に控えたホッケー部はテスト2日前まで部活動がある。


(真琴の部活が終わるくらいに校門のそばで待っているか?…イヤ、だめだ。ホッケー部のメンバーがいる。一対一になりづらい。帰り道で、そう杉並木で待ってみるか?でも、用事があって違う道で帰るかもしれない……)


 俊は午前の授業中、そんな思案を重ね続けている。


「藤原、次の英文を読んでみてくれ」


 突然、英語の教師から指名される。


「あ、すいません。どこからでしたか?」


と俊は答えざるを得ない。


「藤原、妄想してないで、授業に集中しろ!」


と叱責のとともにクラスメートの笑い声も付いてきた。



 昼休み、真琴はクラスメート4人と校内のカフェテリアで食事を取っていた。


「そうそう、土曜日ね、藤原君とラウラちゃんが自転車で一緒にどっか行ったみたいだよ」


 パスタを食べながら小来川麻紀が言った。


「えっ、そうなの?」


 サヤカが驚きを含んだ声を発し、向かい側に座る真琴に一瞬目をやった。


「うん、あたしの友達が言ってたんだけど、キャンプ公園の方でいっしょに自転車で走る2人を見たって」

「藤原君もやるわね~。どこまで進んでるのかしら?」


と言ったのは、恋の話が好きな大桑おおくわ佐知子さちこである。会話を聞く真琴の心にさざ波が生まれていた。そして、波は大きく広がっていく。


(俊がラウラと?)


「俊はおくてだからね~。友達付き合いじゃないの」


とサヤカが話に入る。


「ラウラちゃんと藤原君、あの2人は前から仲がいいからね~。一緒にどこか行っても不思議じゃないかも。友達という感じかな」


と麻紀が言うと佐知子は


「麻紀はラウラちゃんと結構仲がいいから聞いてみたら?藤原君のこと、どう思ってるか?」

「言ってくれるかなぁ~。ラウラちゃんと余り恋バナをしたことないし…」


と麻紀は苦笑いをした。


「まぁ、うちのクラスが恋にあふれるのも悪くないわ~。真琴はどう思う?幼馴染として」


こう佐知子が話を振ると真琴は少し沈黙を挟んで


「ちょっと俊には不釣合いな感じがするけど……、2人の気持ちが通じ合ってるなら悪くないかも。俊は優しいところがあるし、話題は合いそうだし……」


 真琴の声には力が入ってなかった。


「あたしらは見守るってことかな。あたしも男子とどっかでデートしたいわぁ~」


といって、佐知子は違うクラスメートの恋愛話に話題を変えた。俊以外の話題にはサヤカが打って変わって積極的に加わった。


 午後の最初の授業は体育だったので、真琴はサヤカと2人で校庭のグラウンドに向かう。サヤカは抑え気味の声で


「俊のやつ、休みの日に何やってるんだか!真琴はホッケーの練習で大変だって言うのに」

「サヤカ、言っても仕方ないよ~。2人が惹かれ合ってるなら、私が出る幕じゃないわ……。私は幼馴染で恋愛の対象じゃないのかな……」

「真琴、何、弱気になってるのよ!魅力十分よ。友達のあたしが太鼓判押す! シュートは打たなきゃ入らないでしょ? 気持ちも伝えないで終わり?」


 確かにその通りだ。ホッケーでもシュートは打たなきゃ入らない。スポーツと人間関係はだいぶ違うけど、サヤカの言っていることは正しいような気がする。最初からあきらめていてはだめだ。好きだという気持ちを伝えることぐらいはしないと。こう真琴は思う。


「サヤカ、ありがとう。最初からあきらめるのはよくないわね。サヤカの言う通り。ラウラのことは気にせず、インターハイが終わったら私、思い切って伝えてみるよ」


「うん、そうだよ。真琴、がんばれ~」


 サヤカが励ましてくれるのがありがたい。自分は友達に恵まれていると真琴は思った。

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