第3話
考えるより先に体が動いていた。
弾かれるように扉を離れ、来た道を戻るように全速力で駆け出す。
一拍遅れて轟音が鳴り響き、鈍い振動が廊下を包んだ。振り向く余裕はなかったが、見なくてもあの巨体が扉をぶち破ったのだと理解できた。
もし少しでも反応が遅れていたら、間違いなく自分も死体の山の一員になっていただろうと考えると、背筋が凍るようだ。
走りながらも、手足が震えているのがわかる。力が上手く入らない。それでも、立ち止まるわけにはいかなかった。
怪物は、気色の悪い叫び声をあげながら、その巨体で空気ごと廊下を揺らしながら、少しずつ彼我の距離を縮めていった。
「っはぁ、はぁ……」
息が苦しい。もうどれくらい走っただろうか。恐怖に震え鼓動が荒くなった心臓は、早くも限界を迎えていた。なんとか振りきれないかと思ったが、怪物は見た目によらずスピードもスタミナもあるようだった。
「――ぁ」
捕まるまいと必死で動かしていた足がもつれ、転んでしまった。
追いつかれる、そう思い絶望のあまり吐き気を催すが、倒れた体は大股で駆ける怪物の足の間に収まり、なんとか生きながらえた。
だが、そこまでだった。
私を追い抜いた怪物が立ち止まりゆっくり振り返る。
その双眸に哀れな獲物を捉え、醜く顔を歪めながらこちらへとゆっくり向かってくる。
もう駄目だと思い、目を閉じて最期の時を待った。死にたくない、そんな言葉だけが頭の中を埋め尽くした。そして、パンと、何かが弾ける音がして。
一秒、二秒、三秒……。世界はまだ終わらなかった。
わけがわからなかった。おそるおそる目を開く。目の前にはあの怪物がいて、私の反応を楽しんでいるのではないか、目を開けたら喜々として襲ってくるのではないか、そんな恐ろしい考えも浮かんだが、しかし目を閉じたままでいることの方が、よっぽど恐ろしかった。
「――ッ!」
目の前には、やはりあの怪物がいた。それを見て、ビクッと反射的に体を震わせる。だが、なにか様子がおかしい。
怪物はこちらに背を向けていた。そして、肩から血を流していた。どうやら今の一瞬で怪我をしたらしい。
怒りに狂い腰を落とした怪物は、私のいる方向と反対方向に突進していた。
「おぞましい」
そんな言葉とともにもう一度破裂音が聞こえ、まっすぐ突き進んでいた怪物は次第によろけ、ついには壁にぶつかり倒れこんだ。
その先には、拳銃を構えた女性の姿があった。
「危ないところだったわね? 大丈夫?」
「あ、ああ」
良かった、まだ生きている人がいたんだ。
緊張が解け深く息をつき、それから倒れたまま返事をする。
「いつまでそうしているつもり?」
「いや、情けないことに腰が抜けてしまって……手を貸してもらえないか」
仕方ないわね、そう言って女性は手を差し伸べた。
私はその手を掴み、半ば引き起こされるようにしてなんとか立ち上がった。
その拍子に、懐から拳銃が硬い音を立てて廊下に落ちた。
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