夏へと続くエピローグ
エアコンは相当古い代物らしく、ブォーンと言う音を立てて、何故か時折扇風機の羽根が回るような音を立てて冷風を吐き出していた。その下に並んでいるパソコンは最新OSを入れた最新機種で、エアコンとの落差が何とも言えずにミスマッチとしか言いようがなかった。
部屋に入った際に「パソコン室」と書いていたのだからその通りなんだろうけど、どうして名東先生が私をここに連れてきたのかが分からない。と、さっきから入ってきた私達を無視してずっとキーボードを叩いていた子の一人がようやく顔をこちらに向ける。あんまりうちの店には顔を出した事がないけど、うちの店に本当にたまに顔を出している子のような気がする。
目をくるくるさせながらこちらを見た後、ぱぁぁぁぁぁと顔を綻ばせて名東先生に頭を下げる。って、何? 何、その反応。
「あー、先生、購買部のお姉さん連れてきてくれたんだぁぁぁ!!」
「えっ、私……ええ?」
私は思わず名東先生の顔を見上げると、名東先生は苦笑して頬を引っ掻いたまま、ペチコンとこちらに声をかけてきた女子生徒をはたいた。
「こら、先にちゃんとお礼と許可をと言っただろうが」
「はあい……あの、お姉さん。今日は来て下さって、ありがとうございます!」
「ええっと……? ごめんねちょっと待って。一番最初から説明してもらえるかな? ここはどこで、あなたは誰で、私はそもそもどうしてここに呼ばれたのかな?」
「えー……先生、説明してくれなかったんですかぁ……」
「こら、何度も何度も言っただろう? 挨拶と許可は自分で取る事って」
「でもお姉さん困ってるっす。せめてここの場所位は説明しないと、ナンパかとか勘違いして普通はひきますよぉー。だから先生は独身なんですよ!」
「こらっ!」
今度はチョップが飛んだ後、女子生徒はオーバーリアクションで「いだっ!!」と大して痛くなさそうな頭を抑えるのを尻目に、私は思わず呆気に取られて名東先生を見守っていた。
「あー……すみません、うちの生徒がペラペラと好き勝手」
「いえいえ。別に私はナンパとか思ってないですし」
「ええっと! ここはパソ室って言うのは表に書いてますよね。で、今はパソ部の部活中なんですよ。ようやーくテストが明けたんで」
「パソ部……パソコン部の?」
「はいっす。私は部長の原希恵って言います! 今回お姉さんを招待したのは、ちょっと許可とお願いがあったからなんです」
「はあ……」
何で私がパソ部の子に呼び出されて、お願いされようとしてるんだ?
解けた謎と一緒に増えた疑問は、ハキハキとした原さんの言葉ですぐに掻き消えてしまった。
「お姉さん、私達の作ってるゲームの登場人物として使う許可を欲しいんですよ。そして、今シナリオ担当の子が上げたシナリオを読んで、意見が欲しいんです」
「え、ええ……え?」
一瞬何を言われているのかが分からなかったけど、次の瞬間今まで沸いていた疑問が一気に消えた気がした。
「もしかして……だけど、「えこうろ」って」
「あー! もしかしてお姉さん、うちで作ったゲームしてくれてたんですか!?」
「うん、まあね」
原さんは嬉しそうに話をしてくれた。
学校の有名人が登場するゲームを作って、文化祭での展示用プログラムを作るための予算にしていると。いつもいつも展示用プログラムは学校の授業で習うような表計算とかグラフでお茶を濁すものではなく、こんな事もできるよと商業ゲームみたいなプログラムを作っているけど、色々維持費がかかるために、もっと簡単なプログラムで作れるノベルゲームを作って売って、売上げは全て部費に足していたと言う。
「有名人にはみーんな許可もらってたんです。流石に副会長の許可取るのはすっごい時間かかりましたけどねえ」
「なるほど……あれ、じゃあ名前とかは」
「全員七代天使からもじってるんで、誰がモデルかは分からないはずですよ」
「ああ……なるほど」
そう言えば。ゲーム内の名前で私も生徒の子達も名東先生も覚えているだけで、私もフルネームは知らない。芙美さんは鏑木君が呼んでいる名前をそのまま呼んでるから知ってるんだった。私がゲーム内の字を当ててるだけで、本名は字が違うのかもしれないなあ。
ああ……馬鹿ね。ゲームし過ぎて「私はいつの間に乙女ゲームの世界に来てたんだ!?」と頭がおかしくなったのかと思った事もある私が恥ずかしい。ほんっとうに恥ずかしい。穴があったら埋まりたい……。なんて私が思っている間もなく、原さんは私に声をかけてくる。
「それで、許可ですけど……」
「いいんだけど、私なんて外部業者の人間なんだけど、本当にいいのかな? ほら、ゲームだったら完全にモブみたいだしね」
「いいんですよ! 前は三田さんに無茶言っちゃいましたし、次のは普通のお姉さんが恋愛する話にしたいんですから!」
「あらら……」
私は原さんの勢いに流され、そのまま了承してしまった。その後、大量のシナリオを印刷した分を渡され、「読んで感想を下さい。駄目な部分は遠慮なく言って下さったらシナリオを直します」と言ったのに、私は目を白黒させてしまう。
そのまま購買部に戻る際、名東先生はひたすら謝っていた。
「あー、本当にすみません。うちの生徒が本当に強引で」
「いえそこまで思ってませんけど。そういや先生は」
「あー、自分はパソコン部の顧問なんですよ」
「なるほど……」
納得しつつ、思わず私の馬鹿ーと頭を抱えてしまうのは、今まで散々先生が私に声をかけてくれた理由について分かってしまったから。ゲームの使用許可のためで、私自身に声かけた訳じゃなかったんだなあ……。馬鹿だあ、乙女ゲームやり過ぎだあ。自己嫌悪でずぶずぶ沈みそうだったけれど、それでも名東先生は対応を変えない。
「そう言えば、もうすぐ夏休みですよね」
「そうですねー、私、もうちょっとしたらしばらく本社勤務です。学校始まったらまたここ勤務ですけどねえ」
「あー、そりゃ残念ですね。会えなくなりますし」
「先生に会えなくって残念ですねえ」
……ん? 私は思わず顔を上げる。あれ、今の会話何だ。何だ。自分でも変な事口走ったような気がするけど……。
「テストの採点終わるまでは流石に時間取れませんが、夏休み入る直前でしたらまた飲みに行きましょうか」
「あれ……他の先生方と飲まなくっていいんです?」
「夏休み入ってからも、教師はしばらく学校に通いますから」
「あはは……」
曖昧過ぎる関係で、何だかよく分からないけれど、今はこのままが嬉しいから、このままでいいや。
「分かりました。また飲みましょう」
****
思えば。最初はネガティブが過ぎた。ただ前の学校でのストレスで、早く職場替えたい。会社に不満はないけど、職場は替わりたいだったのに、たった三ヵ月でこんなにこのまま働いてたい職場に巡り合えるなんて思わなかった。
例えば学校で普通に「お姉さん、これ下さい」と呼ばれて声をかけてもらえるのも、例えば不思議な形で仲人してしまえるのも、例えばお節介してそれを見てた子達にゲームの登場人物に採用されてしまうのも。全てはこの学校だからだと思うんだ。
くわり……とあくびを噛みしめて、家に帰ったらパソコン部の子達にもらったシナリオ読まないとなあと考えていたら「すみませーん」と顔を出してくる子がいた。
もう帰ったと思っていた芙美さんだ。
「あら、いらっしゃい。もう帰ったと思ってたけど」
「部活にちょっと顔出してましたから。スポーツドリンクありますか?」
「ああ、そっか。ちょっと待っててね」
もうすぐ夏だし、大会や交流試合だってあるだろうしねえ。私がそう納得しつつ芙美さんが頼んだスポーツドリンクを取り出しつつ、そう言えばと思う。
「そう言えば、芙美さんはゲームの登場人物になった事ってあるの?」
「ああ……去年にパソコン部の皆さんに声をかけてもらった事はありますよ」
「へえ……」
お金を支払いつつうっすらと頬を赤くしている芙美さんに首を捻っていると、芙美さんははにかんで笑った。
「私、あのゲームのシナリオ読んで、憧れたから告白できたんです。いきなり告白なんてしたら困らせちゃうと思ったら、なかなかできませんでしたから」
「あれ……ゲームの方にあった話って……」
デジャブ? と勘ぐるような展開は、てっきりゲームのシナリオが現実に似ていると思っていたのに、もしかしなくってもゲームの真似をしていたって言う逆だったって言う事?
なあるほど……。
私はようやく納得できた事に、ただただ笑った。
「そう言えば夏休みだね、予定はあるの?」
「部活の合宿がありますね」
「あの子とは?」
「おっ、お姉さん……!」
矢島君の話を振った途端に顔を真っ赤にしてしまったのに、私は思わず笑ってしまった。
ゲームは確か、一学期で一区切り。でもその後も人生ってものは続く訳で。明日の事は分からないけど、今は楽しいんだ。その一歩一歩を、皆が頼んでいるのを私はこれからも見守っていたい。
モブはモブにも矜持はあるし、私も多分、その他大勢じゃないと思うから。
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