4
夕方になったら、流石に図書館で勉強していた子達も帰路について、学校の中も教師以外はいなくなる。まだ空の日は高くて夕方って気はしないけれど、うっすらと黄味がかった光が窓から漏れてくるのを感じながら、私も金庫を片付けていた。会社に金庫を返却したら帰ろうと思いつつも、気になるのはやっぱり昼間の事。
私が知っても出歯亀以外に対した事できないけれど、でも。図書館にいた子達は緊急職員会議の事知ってるんじゃないかしら。カンニング……の事までは知らないかもしれないけれど。そう思いながら金庫を指定鞄に入れて帰ろうとした時。
「ニー」
「げっ……」
振り返ると黒い悪魔……まあ黒い猫なんだけど……が出てきて、私は思わずうめき声を上げてしまう。……ふふん、でも今日は閉店ガラガラだから、黒い悪魔が出てきても困る事なんて何一つないのよん。私がふふんと笑って黒い悪魔を見下ろしていたら「あ、こんな所にいた」と言う声に、私は思わず目が点になってしまう。いたのは三ケ島君だけれど、その髪は明らかに寝癖と芝生をくっつけていたのだ。まさかとは思うけど、下校限度ギリギリまで、中庭で猫と遊んだり昼寝してた……? い、今夏よ? そりゃこの辺り一帯はヒートアイランド現象みたいな現象とは無縁な位そこそこ風通しもいいし緑も多い類だと思うけど、それでも中庭で寝てるなんて……!」
「……ええっと、今テスト期間中よね?」
「うん。だから今日はギリギリまで猫と遊べた」
「そう……でも赤点にはならない?」
「俺、記憶力はいいから。教科書で読んだ部分は大体覚えてるから」
「そうなんだ……」
何故か頭のいい人にたまぁにいるのよね。絶対記憶能力者なんじゃないかって言う位、記憶力が抜群にいい子が。あまりにも緊張感とも焦りとも無縁なのほほんとした子が黒い悪魔を抱き上げて首をくすぐっている、一見すると王子様なのがミスマッチにも程があるわね。
「そう言えば今日、学校騒がしかったけど、何かあった?」
「あれ……君、中庭で遊んでなかった?」
「子猫が落ち着かなかったから。あ、台風の時に風邪引いた奴、貰い手が見つかったんだ。病院に来てた猫好きの人」
「あら、それはよかった……あれ、学校が騒がしいと子猫が落ち着かないって分かるんだね?」
「うん、何となく」
そう言いつつ抱き上げた黒い悪魔が額をごっちんとして甘えているのにされるがままになっている三ケ島君に、私は思わず唸り声を上げてしまう。本当にこの子は天然なのか何なのか、時々ものすごく侮れないわ……。そりゃ乙女ゲームでもメイン攻略対象にもなるわ、なんて思ってしまう。まあ、学校の子に言う位だったら大丈夫か。職員会議の事までは分かってないみたいだし。私はちらっと窓の方を見つつ口にしてみる。外部業者もここまでだったら、別に問題はないと思う。そう信じてる。
「何か問題があったみたいでね。先生が怖い顔で歩いてたから」
「へえ……」
聞いた割には素っ気ない態度で、三ケ島君は黒い悪魔を撫でているのに、思わずずっこけそうになってしまう。……本当自由だな、この子。あ、そうだ。猫と遊んでたなら知らないかもしれないし、そもそも三ケ島君の人間関係っていまいち不明だけれど。
「そう言えば、君の知り合いで図書館で勉強してそうな子っているかな? 私もうちの店よく使ってる子の名前と顔は覚えてるし」
「ふうん……でもお姉さん、また首突っ込むの? 前も三田と矢島の話に首突っ込んでたみたいだし」
うっ……。私は思わず喉を詰まらせる。そう言えばあの台風の時に別れてたからねえ。まさか見てたなんて思わなかったけど。ボーっとしているように見えて本当分からない子だな、この子も。でも三ケ島君は「んー……」と間延びした後、あっさりと言った。
「二人は多分図書館で勉強してたと思う」
「うん、ありがとうね。……って、三田さんと君って知り合いだったの?」
「クラスメイト」
「そうだったんだ……」
んー、ゲームだとこの辺りの設定は曖昧だったからなあ。私は相変わらず黒い悪魔と遊んでいる三ケ島君に「ありがとう」と言ってから図書館の近くまで行ってみる事にした。流石に中まで入るのは無理だと思うけど、外で待っている分には大丈夫かな。
うう……、三ケ島君に言われた通り、私も余計な事に首突っ込んでる気がするけど……。放っておけないしなあ。何より名東先生があそこまで怒ってた理由が知りたいし。それがやっぱり余計なお世話なのかもしれないけれど。
****
蝉の鳴き声が夕方が近付くにつれて変わってきた。湿気が身体に纏わりつくのを感じながら、あまり通った事のない道を歩いてみるとそわそわした気分とわくわくした気分が同時にやってくる。図書館が校舎の外に渡り廊下で行けるけれど、流石に私は中に入る事ができないからその近くでそっと窓から中を覗けないかと見てみるばかり。
既に図書館はテスト勉強していた子達もほとんどはけてしまって、司書さんがキビキビ掃除をしているのが見える。流石に今日は図書委員らしい生徒達も見当たらない。うーん、もう流石に帰っちゃったかしらん。図書館からそのまま外に出たのなら購買部に座ってる私ともすれ違わずに帰っちゃうし。知りたかったんだけどなと思いながら、仕方なく帰ろうとした時。
「あれ、また迷子です?」
そう声をかけられて、私は思わずビクンと肩を跳ねさせた。それは紛れもなく名東先生だった。う、わ。私は思わず荷物をぎゅっと抱きしめて恐々と振り返る。いくら余計なお世話をしている自覚があっても、「さっき怒ってらっしゃいましたけど、何かありましたか?」なんて聞ける程無神経じゃないぞ。名東先生は今は声がかけられなかった位の怒りは抜け落ちているみたいだけれど、これを聞いてしまっていいかはやっぱり躊躇われる。名東先生はほんの少しだけ小首を傾げた。……怒り過ぎてて、購買部で私が怒ってる顔見てたの気付かなかったのかな。
ひとまず私は間が持たないと、何とか口を開いた。
「あはは……そう、みたいですね」
「また猫に売上持って行かれましたか?」
「残念ながら、今日は猫に持って行かれる程売上なかったんですよ。あの……」
「はい?」
あーうーんー……。流石に今のタイミングだと聞きづらい。私は散々悩んだ末、ただ笑う事にした。
「先日は本当にありがとうございます。自転車屋だけでなく、会社にまで送って下さって」
「あー……いえいえ、困った時はお互い様ですから。持ちつ持たれつですよ」
「そうですね」
「あー……会社に帰られた後、予定はありますか?」
「はい?」
私は再びビクリと肩を跳ねさせた。何だこの展開おかしい。私はただ、緊急職員会議の話を知りたかっただけなのに……。一瞬焦ったけれど、名東先生は困ったように頬を掻くものだから、どうも私が思ったような「デート」とは違うものらしい。
ああ、そうか。私はようやく納得した。学校の同僚に問題とかあっても愚痴る事ってあんまりできない。だからと言って他所の友達をすぐ捕まえて飲みに行くって言うのも、職場が近くなかったらそもそも平日にできない。私はそもそも同じ学校で働いているけれど管轄が違うんだ。
ひとまず私は聞いてみる事にした。
「車で来られてます?」
「ああ、先日の車は今修理に出してますから、今日は歩きなんですよ」
「なら飲みに行っても大丈夫ですね」
そう言いながら私は笑った。まずは酒で膿を落として、その後に話を聞こうか。学校の子達に聞かせるにはまずい話なんだろうなあ……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます