体育祭も午前の部は終了。昼食休みを挟んで、午後の部が始まる。

 今日は体育祭だし、普段体育祭は見学もせずに早く終われと、パートのおばさん達もいないひとりぼっちの誰も来ない購買部でぽつんと座っているのが常だったけれど、流石は臨時購買部が必要と言われるだけの事があり。


「すみません、カレーパン一つ!」

  「焼きそばパン二つ!」

 「メロンパン」

   「アンパン」

「チョココルネ」

     「デニッシュ」


「あー……ちょっと待ってちょっと待って。じゅ・ん・ば・ん・に!!」


 ……舐めていた。本当に体育祭を舐め切っていた。

 普段の二時間目の休み時間のパン攻防戦に少し似ているけれど、皆身体を一生懸命動かしてきた所だ。お腹を空かせているのか、いつも以上にパンのはけ具合はよく、あっと言う間に業者さんから送られてきたばかりのパンの在庫はあと一つになってしまった。おまけに今日は日も照ってるせいか、ペットボトルのお茶も補充しても補充しても、回転が早過ぎてなかなか冷えるのが追いついてくれない。

 ピークが過ぎたので、私は「はあ……」と息を吐く。とりあえず冷蔵庫にペットボトルにお茶のペットボトルを補充する。次のピークは多分閉会式の前だとは思うけど、それまでにペットボトルがどうにか持ってくれるといいんだけどねと思いながら。パンは買いに来る子達優先で、私はすっかり自分で作るお弁当をつまむ事が定番となってしまった。昨日の残り物を詰めるだけだから、思っているより楽なのだ。


「すみません! 焼きそばパンまだ……」

「はい、お疲れ様、ラッキーだね。まだあるよ」


 ちょうど午前の部でほとんどの種目に出ずっぱりだった鏑木君が駆けこんで来たので、私は「はい」と焼きそばパンを置いた。鏑木君は「よっし、ラッキー!!」と大きくガッツポーズを取るのに、私は思わず笑ってしまう。

 小銭をじゃらじゃらとテーブルに転がすのに、私はひょいひょいと小銭を並べて数える。


「それにしても、さっきの借り物競争すごかったね、女の子お姫様抱っこして担いでくなんて。まるでドラマみたいだった」

「あー……あれっすか」


 鏑木君は少しだけ罰の悪そうな顔しつつ、買ったばかりの焼きそばパンのビニールを早速ベリベリと剥がして頬張り始めた。それを飲み込むと、唇についたソースを指で拭って舐める。


「まあ、借り物競争の内容が、応援団女子だったんで」

「あはは……それで担いで行っちゃったんだ」

「だって担いで行かないと逃げますし。あいつおっかないんですから」

「あら、そうだったんだ?」


 それはちょっと意外だなあと思って、私はハムスターみたいに焼きそばを頬張って食べる鏑木君を見ていた。「えこうろ」の主人公の女の子みたいだなと芙美さんを見て思ってたけど、違うのかしら。何たって乙女ゲームの主人公、特に携帯ゲームの主人公の設定は、表立って出る事が少ないのだ。

 鏑木君は頷きつつも、ひそっと囁き声で言う。


「だってあいつ、合気道部の主将ですし。おっかないんですよ」

「そ、そうなんだ……」


 ……そんな設定、知りたくなかったな。そう思いつつ、思わず首を振った。だから、どうしてこうもゲームの設定と現実がシンクロしてるの。意味が分からない。

 私が首を振ってるのを気にせず、鏑木君はしゃべりつつも、焼きそばパンを綺麗に平らげてしまった。指先をペロペロと舐めつつ、「ごっそさん」と挨拶しながら、購買部の前に置いてあるゴミ箱にビニールを捨てた。


「それじゃあ、午後の部あるんで」

「……まだ時間あるよ?」

「おやつだけじゃ動けないっす。弁当食べてきます」

「……焼きそばパン、おやつだったんだ」


 いつもいつもお腹を空かしていて、高校生って一体どれだけエネルギー消耗してるんだろうと感心しつつ「午後の部も頑張ってねー」と手を振って、自分の席に帰って行く鏑木君を見送った。

 それにしても。

 人がいないうちに食べきってしまおうと、お弁当をパクつきつつ考え込む。

「えこうろ」でキャラそっくりな人がこの学校にいて、でも全部が全部ゲームと同じ通りじゃない。

 あのゲームは失恋した主人公が、恋をして癒されるって言うのがテーマだったはずだけど、鏑木君から聞いた話だと、どうもイメージが違うのよね。でのあの主人公ポジションっぽい子……芙美さん。あの子はそもそも失恋してるのかしら。こういう事込み入った話を、外部業者の私にいきなり聞かれても困っちゃうわよね。

 ゲームに似てる似てないはともかく、あの子。

 鏑木君は気付いてたのかしら、あの子が担がれている時の耐えるような辛そうな顔。全部を全部失恋にカウントする気はないけど、あんな顔を女の子がするのはいたたまれないわよね……。

 考え事をしていても案外食は進むもので、気付けばお弁当箱は空っぽになっていた。

「ご馳走様」

 パタンと弁当箱を閉めつつ、休憩時間で華やいでいる選手席を眺めた。

 本当に、どうやったらあの子に声をかけられるのかしら。何度考えても、よく分からない問題だった。

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