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棒倒しはどちらも切羽詰る激しい戦いだったけれど、最終的に勝利したのは白組だった。最後の赤の棒が倒された時、白組からの歓声は激しいものだった。
このままだとほら貝を誰か吹くんじゃないかしら、と思っていたけれどそんな事はなく、替わりに体育教師がホイッスルを鋭く吹いて、勝利した白組を押した。
それにドンドンドンドンと激しく援団が太鼓を叩き、白組の生徒達の歓声が響き渡る。さっきから気になっている女の子がほっと息を吐きながら笑っているのが見えた。
んー……何で気になるのかがちょっと分かった気がする。この子の行動がどこかですごく見た事あるのだ。でもどこで引っかかってるのかが思い出せず、まだ首を傾げている状態。
棒倒しの参加生徒達が去っていくと、体育委員らしい子達が棒を片付け、次の競技用にセッティングをし直していく。次の競技は、大玉転がしみたい。
「でもすごいですね。応援団の子達。甲子園の援団みたいにずっと出て応援なんて。それも長ランで」
「そうですね、彼らもすごく元気だと自分も思います」
名東先生は笑いながらお茶で喉を湿らせる。そして微笑ましそうに笑いながらグラウンドに入場していく生徒達を見ていた。大玉転がしだったら、さっきみたいに戦国時代の合戦みたいな事にはならないだろうし、実際参加する生徒達もさっきみたいに鬼気迫る雰囲気は感じなかった。
「求めよ、されば与えられん」
「え?」
「元々は旧約聖書の言葉ですよ。うちの学校の創設者がキリスト教の流れを教育方針に組み込んでいましたので」
「ああ……」
随分と少年マンガみたいな教えだと思ったら、そこから来てたのねと今更思い知った。名東先生はもう一度喉仏を動かすと「ご馳走様、また来ます」と言って去って行った。
「うちの生徒達、負けず嫌いなだけじゃないですから」
「そう……なんですか?」
「その内分かるんじゃないですかねえ」
そんな事を言い残して先生は去って行く。
私は「ありがとうございましたー」と言って先生の背中を見送っていたら、入れ替わりに生徒達がやってきた。
「すみませーん、日焼け止めクリーム売ってますか?」
「日焼け止め? ちょっと待ってね」
まだお昼まで時間があるし、どんどん陽射しも強くなっていく。これだったらまだまだ急な買い物に人が来るかなあと少し思いながら、私は荷物の中から日焼け止めを取り出してそれぞれ精度の違うのを何個か並べる。
「どれがいいか選んでね」
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大玉転がしは最初の棒倒しみたいな激しい合戦みたいな事にはならなかったけれど、それでも大盛況だった。どちらも激しい攻防の末、今度は勝ったのは赤組だった。
ちらりと見てみると、瓜田君が一緒の援団の子達と一緒にはしゃいでいるのが見えた。じゃあ競技と競技の入れ替わりだし、そろそろまたお客さんがやってくるかな。そう思っていた。それにしても、入れ替わりで体育委員の子達が大玉を片付け、替わりに並び始めたけど、次の競技は一体何なんだろう。体育委員の子達がスタンバイでグラウンドに並び始めたのに首を傾げている間に、次の競技が始まった。
「位置に着いて、よーい……」
位置に着かされた子達がピストルの合図と共に一斉に並んでいる体育委員の子達の元に走り始めた。何かを受け取っていると思ったら、どの生徒達も客席の方へと走り始めて、ようやく何の競技か分かった。
「すみませーん、アイススプレーありますか?」
「はい、300円ね」
「ありがとうー」
競技中だから少なくなったとは言えども、時折買い物にやってくる子達をさばきながら、何とかパンフレットに目を通してみると、やっぱり。
今は借り物競争をやっているみたいだ。
と、鏑木君がすごい勢いで走っているのが見えた。あら? デジャブ。私はそれをまじまじ見ていた矢先。
「芙美!!」
女の子の名前を叫んでいるのが聞こえた。あらあら。叫ばれて反射的に肩を震わせているのは、さっきからずっと気になっていた女の子だった。何かを言い合っているみたいだけど、残念ながらここまでは遠くて聞こえない。と、思ったら。
鏑木君は「芙美」さんを担いでしまった。お姫様抱っこみたいな可愛い物ではなく、肩にひょいっと俵担ぎと言う奴だ。それで当然「芙美」さんは抗議するように足をジタバタさせるが、それでも鏑木君は急いで走って行ってしまったのだ。
何故だか黄色い声援が飛び、口笛も飛び交う中、私はずっと思っていたもやもやの正体に気付いて、ちょっとだけすっきりとした気分。
あの子だ。ずっといないなと思っていた「えこうろ」の主人公の女の子は。いつもスチルだと的確に主人公は絵に映りこまないようになっていたけれど、鏑木君を担ぐ時に、長ラン姿の主人公が少しだけ映っているのだ。もっとも、俵抱きなものだから体型も分からないし、そもそも長ランのぶかぶかさで体型がカバーされてしまっているからどんな子かなんて想像しかできないけれど。
でも変ね。それと同時にまたも疑問が浮かんできていた。
確かこの時期だったら主人公の女の子は失恋していて、誰かに新しい恋をする時期……だったかと思うけど。鏑木君に担がれて怒っている「芙美」さんは、随分と傷付いた顔をしていた。
鏑木君も自分が振った女の子を担ぐ訳ないだろうし、どういう事なのかしら。……って、だから何度も何度も乙女ゲームと現実ごっちゃにして、私ったら。
軽く首を振りつつも、テープを切ってゴールしていく鏑木君から目を離す事はできなかった。
まるで失恋した痛みを引きずるかのように辛く目尻を歪める女の子を見てたら、誰だって気になるわよね……。外部業者が何言ってるんだって話だとは思うけど。
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