天気予報によると、今日は五月だけれど、夏物をそろそろ出しても大丈夫、との事だ。

 でも六月には梅雨が待ち構えている訳だから、油断なんてできる訳もないのだけど。なんて身構える事なんて、今日は絶対にできなかった。


「あっつう……」


 シャコシャコと自転車を漕ぎながら風を感じる。こうでもしなかったらやってられなかった。それ位、暑い。

 今日は、いつもよりも一時間は早い出勤となった。いつもだったら自転車漕いでいる時にもうちょっと人が通り過ぎるのだけれど、世間では今日は休日。出歩くのは日曜日が出勤な人や朝から遊びに出かける休日を謳歌している人だけだろう。

 学校に着くと、いつもみたいに廊下の隅にある購買部に向かうのではなく、学校の端に存在するテントに向かう。


「おはようございまーす」

「ああ、おはよう。朝から出勤ご苦労様」

「いえ。でもこんなんでいいんですかねえ」


 いつも仕事中はパンツルックであり、その上に購買部のエプロンを着ている。今日は陽射しが強い事を考え、ポロシャツに七分丈のパンツ、そしてその上にエプロンと言う装備だ。

 上司は私の格好ではなく、私が言われるがままに用意した今日の販売商品を見る。外にまで引っ張り出してきて電源で繋いだ冷蔵庫にはペットボトルのスポーツドリンクにお茶が入れられ、更に早めに冷えるようにと大きな氷の板を下敷きにしていた。


「体育祭だからって、スポーツドリンクやお茶をいつもより多めに注文しておきましたけど、そんなんで大丈夫です? ほら、自販機まで行った方が確実で冷えてないかなあと」


 陽射しが強いと、冷蔵庫にいくら冷やしても冷やし切る前に売れてしまうのだから、回転が全然追いつかないのだ。これは夏の購買部だと割とよくある話だ。体育会系の部活の消費率は凄まじいのだ。


「いや、これでいいよ。あともうちょっとしたらパンも来るから」

「パンって今日売れるんですかねえ」

「女子校だったらともかく、男子は本気でよく食べるからねえ。覚悟しといた方がいい」

「そうですか……」


 思えば平日でもパンが業者さんから来たらすごい勢いで売れてしまうのだ。今日は一日炎天下で運動している訳だから、確かにいつもよりもすごいのかなと私は首を傾げる。

 まあ考えても仕方がないか。私は上司から今日の在庫票を渡され、それのチェックをしながら校庭を眺めていた。

 入場門には美術部が作ったらしい派手な看板。今は体育会系の部活の生徒らしい子達と先生が、白線を引いたりコーンを並べたりしているのが見える。

 まだ、入場式は始まらないようだった。


****


 保護者席もそこそこ埋まって来て、生徒席にも続々と生徒達が集まってくる。私はそれを購買部のテントで見ていた。購買部テントの近くには関係者テントがあり、学校の関係者やら何やらが座っている。生憎外部の私には詳しい事は分からないんだけれど。

 一応外賓用テントや業者用テントには備え付けの扇風機がぶわーと回っている訳だけれど、今日は陽射しが強くって五月にしては結構空気も湿っている。おかげで風がただ生温いだけであんまり気持ちよくないのが残念だ。仕方がないから、首にはタオルを巻いて、プラスチックの団扇で扇いで、私は席に着いていた。


「あ、おっねえさーん。スポーツドリンク頂戴?」


 と、私が団扇をひらひらとさせている所で、瓜田君(っぽい子)が手を振って走ってきた。

 この間見せたややブカブカの学ラン姿ではなく、今日は長ランに白の鉢巻姿と言う出で立ちだった。って、これは……。


「はい、100円ね。その格好は?」

「ああ! オレ、応援団長なんだ」

「白組の?」

「そう!」


 さっきから通り過ぎる生徒達の話を聞いている限りだと、この学校の運動会はオーソドックスにクラスごとに紅白に分けて、どちらが勝つかで競い合うものらしい。で、瓜田君は白組、と。

 そう言えば「えこうろ」にはそんなイベントあったかなあと少し首を傾げるものの、いや、二次元じゃあるまいしと首を振った。でも少しだけあれ、と思う。まだ開会式だって始まってないのに、もう援団姿をしているのは何でだろう。


「でも何でもう応援団の格好してるの? 競技には参加しないの?」

「応援団は、ずっと出てるから大変だしね」

「へ?」

「他の競技中もずっと応援してないといけないんだ。体力勝負だよー」

「……甲子園みたいなんだね」

「甲子園はまだ二時間位だから、うちの学校の体育祭は弁当休憩挟むけど四時間!」

「よっ、四時間もずっと応援してるの!?」

「そりゃ応援団だし」

「はあ……」


 甲子園だって自分の学校の回じゃなかったら、そこまで大きく動かなくってもいいと思うのに。

 この学校も随分と独特な事するのね……。私はそう思ってペットボトルを渡して100円玉を受け取った。


「頑張ってね」

「白組勝てるように応援してくれる?」

「さて、それはどうかなあ」

「えー」


 瓜田君はペットボトルを長ランのポケットに差し込むと、手を振って走って行った。

 それと同時に、放送部らしいアナウンスが響いた。


『ただいまより 幸塚高校体育祭を開催します』


 さて、どんなものか見せてもらいましょうか。

 そう言えば体育祭を間近で見るのは、大学以来だったかなと私は思いながら、しばらくは人がはけて来ないであろう購買部テントで、再び団扇で扇ぎながら校庭を見守った。

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