2
チャイムが鳴った途端、廊下から人気がなくなる。
生徒さん達は皆授業に行ったのだ。
その間暇な私はスマートフォンでゲーム……と、そんなおいしい話はどこにもない。
「ちわー、世良商店さんですね」
「はい、お疲れ様です」
休み時間の誰もいない時間を利用して、パン屋さんがパンを運んでくる。私は納品書を確認して、届いた数をチェックする。
「はい、お疲れ様です」
私が受取印を押すと配達員さんが笑った。
「いつも高校生の生徒さんものすごく食べますから。見たらびっくりしますよ」
「そうなんですか?」
確かに、初めて在庫表見た時は、あまりの食べ物の量の多さでびっくりしたけど、そんなに食べるのかしら……。
私が訝しげに首を傾げていたら、配達員さんがカカカと笑った。
「まあ見れば分かりますよ……」
****
そう言われていたけれど。
まさかこれほどとは……。
「すみません、カレーパン1つ!」
「焼きそばパン2つ!」
「メロンパン」
「アンパン」
「チョココルネ」
「デニッシュ」
物が飛ぶように売れるなんて言葉があるけど、そんな言葉信じてなかった。
前の女子校なんて、せいぜい新学期に筆記用具がよく売れた位で、ここまで必死にならなくて済んだ。あちこちから小銭と声と手が飛んできて、どの手が先かとグルグルする。
何よりおかしいのは。今はまだお昼でも何でもなく、2時間目終了直後の休み時間だって事だ。
気付けば朝に届いたばかりのパンは、すっかり影も形もなくなってしまった。
「はあ……」
ようやく人のいなくなった所で、お金の計算を始めた。
あれだけ慌ただしかったのなんて初めてだったけど、お金の計算間違ってないよね……?
そう思いながら電卓を動かしていたら。
「ごめんおばちゃん! いつものある……あ」
「はい?」
朝から何回も何回も「おば……お姉さん」と言い直されていたので、いい加減怒り疲れつつ顔を上げた。
随分日焼けした男の子だ。背も高い。おしゃれで焼いていると言うよりも、明らかにスポーツで焼いた焼き方だ。髪もさっぱりしているから、多分確定。随分汗のにおいがするけど、さっきまで体育でもしてたのかしら。
その子は気まずそうに顔を逸らした。
「あーっと、ごめん。お姉さん」
「いや、いいんだけどね。でも何買いに来たの?」
「ええっと、焼きそばパン」
「あらぁ……一足遅かったね。もう売り切れちゃったのよ」
「えー……そんなぁ……」
その子はがっくりと頭を落としてしまった。
……うーん、これは。
「もしかして、お昼もうないの?」
「さっきまでサッカーやってたから腹減ると思って食べた」
「あらぁ……早弁しちゃったんだ」
「ああ……じゃあせめて牛乳ちょうだい?」
そう言って力なく小銭をじゃりじゃりとトレイに入れてくる。
うーん……。
実は焼きそばパン。ある事にはある。私が昼ご飯用にパンが届いた時に買った分だ。でも、これなくなったら私のお昼なくなっちゃうんだけど……。
「うう……腹減ったぁぁ……」
……随分お腹空かせているみたいだし。いいかなあ。
私はきょろきょろと周りを見回した。もうパンが完売してしまったせいか、今こちらに向かってくる生徒は誰もいないみたい。
私は裏に置いてある自分の鞄から、買った焼きそばパンを取り出した。
「はい」
「え……?」
「最後の1個。本当は私のお昼だけど、君に免じて売ってあげよう」
「え……いいの? マジで?」
「マジマジ。ご飯食べて昼からも頑張ってね」
「わあ……ありがとう」
その子は嬉しそうに焼きそばパンを受け取ると、大げさに頭を下げた。
「ありがと! お姉さん!」
「はぁい、パンまで早弁しちゃ駄目だよー」
「おう!」
そのまま走っていった。
……ふう。
私はようやく落ち着いた購買部で溜息をつく。
さっきの子もだ。
さっきの子は「えこうろ」の鏑木健斗君そっくりだった。
主人公の男友達で、失恋した主人公を気分転換させてあげようと自分の部活に誘う子。確かその子がしているのもサッカーだったわねえ。ポジションはゴールキーパーだったけど、あの子の手も荒れてたなあ……。
別に前の職場に嫌気が差した私を、乙女ゲームの世界に招待してくれた、なんて考えたら楽しそうだけど、そんな訳はない。
でも朝に会った瓜田君そっくりな子と言い、鏑木君そっくりな子と言い、いくら何でも出来すぎな気がする。
……でも。
チャイムが鳴って、いよいよ人気がなくなったのを見計らってから、「留守です」の札を付けた。今の内に昼ご飯買いに行ってこよう。
残り三人はあまりにもベタな乙女ゲームのキャラクターだから、これが現れたら笑うわよ、私は。
乙女ゲームは夢だから楽しいんだから。
そう思いながら、駐輪場へと向かっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます