チャイムが鳴った途端、廊下から人気がなくなる。

 生徒さん達は皆授業に行ったのだ。

 その間暇な私はスマートフォンでゲーム……と、そんなおいしい話はどこにもない。


「ちわー、世良商店さんですね」

「はい、お疲れ様です」


 休み時間の誰もいない時間を利用して、パン屋さんがパンを運んでくる。私は納品書を確認して、届いた数をチェックする。


「はい、お疲れ様です」


 私が受取印を押すと配達員さんが笑った。


「いつも高校生の生徒さんものすごく食べますから。見たらびっくりしますよ」

「そうなんですか?」


 確かに、初めて在庫表見た時は、あまりの食べ物の量の多さでびっくりしたけど、そんなに食べるのかしら……。

 私が訝しげに首を傾げていたら、配達員さんがカカカと笑った。


「まあ見れば分かりますよ……」


****


 そう言われていたけれど。

 まさかこれほどとは……。


「すみません、カレーパン1つ!」

  「焼きそばパン2つ!」

 「メロンパン」

   「アンパン」

「チョココルネ」

     「デニッシュ」


 物が飛ぶように売れるなんて言葉があるけど、そんな言葉信じてなかった。

 前の女子校なんて、せいぜい新学期に筆記用具がよく売れた位で、ここまで必死にならなくて済んだ。あちこちから小銭と声と手が飛んできて、どの手が先かとグルグルする。

 何よりおかしいのは。今はまだお昼でも何でもなく、2時間目終了直後の休み時間だって事だ。

 気付けば朝に届いたばかりのパンは、すっかり影も形もなくなってしまった。


「はあ……」


 ようやく人のいなくなった所で、お金の計算を始めた。

 あれだけ慌ただしかったのなんて初めてだったけど、お金の計算間違ってないよね……?

 そう思いながら電卓を動かしていたら。


「ごめんおばちゃん! いつものある……あ」

「はい?」


 朝から何回も何回も「おば……お姉さん」と言い直されていたので、いい加減怒り疲れつつ顔を上げた。

 随分日焼けした男の子だ。背も高い。おしゃれで焼いていると言うよりも、明らかにスポーツで焼いた焼き方だ。髪もさっぱりしているから、多分確定。随分汗のにおいがするけど、さっきまで体育でもしてたのかしら。

 その子は気まずそうに顔を逸らした。


「あーっと、ごめん。お姉さん」

「いや、いいんだけどね。でも何買いに来たの?」

「ええっと、焼きそばパン」

「あらぁ……一足遅かったね。もう売り切れちゃったのよ」

「えー……そんなぁ……」


 その子はがっくりと頭を落としてしまった。

 ……うーん、これは。


「もしかして、お昼もうないの?」

「さっきまでサッカーやってたから腹減ると思って食べた」

「あらぁ……早弁しちゃったんだ」

「ああ……じゃあせめて牛乳ちょうだい?」


 そう言って力なく小銭をじゃりじゃりとトレイに入れてくる。

 うーん……。

 実は焼きそばパン。ある事にはある。私が昼ご飯用にパンが届いた時に買った分だ。でも、これなくなったら私のお昼なくなっちゃうんだけど……。


「うう……腹減ったぁぁ……」


 ……随分お腹空かせているみたいだし。いいかなあ。

 私はきょろきょろと周りを見回した。もうパンが完売してしまったせいか、今こちらに向かってくる生徒は誰もいないみたい。

 私は裏に置いてある自分の鞄から、買った焼きそばパンを取り出した。


「はい」

「え……?」

「最後の1個。本当は私のお昼だけど、君に免じて売ってあげよう」

「え……いいの? マジで?」

「マジマジ。ご飯食べて昼からも頑張ってね」

「わあ……ありがとう」


 その子は嬉しそうに焼きそばパンを受け取ると、大げさに頭を下げた。


「ありがと! お姉さん!」

「はぁい、パンまで早弁しちゃ駄目だよー」

「おう!」


 そのまま走っていった。

 ……ふう。

 私はようやく落ち着いた購買部で溜息をつく。

 さっきの子もだ。

 さっきの子は「えこうろ」の鏑木健斗君そっくりだった。

 主人公の男友達で、失恋した主人公を気分転換させてあげようと自分の部活に誘う子。確かその子がしているのもサッカーだったわねえ。ポジションはゴールキーパーだったけど、あの子の手も荒れてたなあ……。

 別に前の職場に嫌気が差した私を、乙女ゲームの世界に招待してくれた、なんて考えたら楽しそうだけど、そんな訳はない。

 でも朝に会った瓜田君そっくりな子と言い、鏑木君そっくりな子と言い、いくら何でも出来すぎな気がする。

 ……でも。

 チャイムが鳴って、いよいよ人気がなくなったのを見計らってから、「留守です」の札を付けた。今の内に昼ご飯買いに行ってこよう。

 残り三人はあまりにもベタな乙女ゲームのキャラクターだから、これが現れたら笑うわよ、私は。

 乙女ゲームは夢だから楽しいんだから。

 そう思いながら、駐輪場へと向かっていった。

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