北嶋勇の心霊事件簿4~洞鳴村の悲哀~
しをおう
黄泉の村
…もう今年に入って7人目だぞ?
…やはりまだ呪いは解けていなかったんじゃ…
…宝条の家が、あの時素直に差し出さなかったからだ!!
…しかし、宝条の娘は病死したんじゃなかったか?
…いや、都会に逃がしたらしいわ。
…村のしきたりを破り、娘を逃がしたか……
…宝条の家に責任を取って貰おう!
…どうやって?
…宝条の家人を全部殺して『箱』に入れるんだよ!
…『箱』に?誰が入れる?お前がか?
…阿呆、そんなおっかない事はできんわ。金で誰か雇おう。
…成程、余所者ならば、『箱』の意味が解らんから良い、と言う事か。
…そうと決まれば、今夜、宝条の家に襲撃をかけるぞ……!!
…ああ…なるべく早い方がいい。これ以上村人が呪い殺されるのはごめんだからな…
…いつか、我々にも降りかかるやもしれんしなぁ……
この夜…
小さな村の一つの家の住人…老人夫婦、その長男と嫁、次男と嫁、三男と嫁、長男夫婦の息子、次男夫婦の息子と娘の11人が姿を消した……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「ん~っ…割のいいバイト見つけたのは良いけど…」
私、
狙うは自給が高くて短時間で日払い可能なバイト。
流石にそんな好条件なバイトは無い、と諦めていた最中、新聞広告にて見付けたアルバイト…
『荷物の箱詰め作業 1日10000円 三名 一日で作業を終えたいので終業時間によってはボーナス有』
つまり、根性で1時間で終わっても10000円貰える訳だ。ボーナスによってはそれ以上も狙える。
募集地域が、かなり辺鄙な村なので、農作物か何かの箱詰めなのだろう。交通費別途支給なのにも驚いたところだ。
当然迷わす飛び付いた。あまりの好条件なので、直ぐに就業者が決まっているのだろうと思ったが、駄目で元々で連絡してみた。
だが、幸運な事に、私の連絡が一番早かったらしい。
友達を後2人連れて行くと言う条件で、このアルバイトにありついたのだが…
「コンビニも何も無いね~…」
「バスも3時間に一本らしいよ」
二人共あまりの田舎ぶりに困惑している様子だった。
「だ、だけどホラ、バイト料は高額だし…」
宥めようとした私に、クラクションを鳴らす一台の車。
「君達?もしかしたらアルバイトの子達かい?」
ワゴン車から私達を覗き込む男の人。初老を迎えようとしている歳の男だ。頭が薄くなって、メタボな身体を窮屈そうに開けた窓から顔を覗かせている。
「あ、はい。連絡させて貰った時田です。この二人がお友達の坂下と山川です」
私は一つお辞儀をして、千鶴子と舞に挨拶するよう、促した。
二人も軽くお辞儀をした。
男の人はニッコリ笑う。安心したように。
「良く来てくれたね。私は
洞口さんはケラケラ笑いながら、無い髪の毛を掻く。
集落か。確かにそのようだ。千世帯あるか無いか?それは大袈裟だろうが、そう思うくらい、この村には人口が少ない。
「確かに何も無いですからねー」
千鶴子の失礼な物言いに、またまた無い髪の毛を掻く洞口さん。
私と舞は、互いに目配せしながら千鶴子を諌めようとした。
「はは。本当に何もない、退屈な所だからね」
諌める前に洞口さんの方からの自虐が出た。私達はただ恐縮して頭を下げた。
「はは。いいよいいよ。本当の事だしね。ささ、乗って乗って」
少し焦っている様子の洞口さんのワゴン車に乗せられる。
そして走り出すワゴン車。古民家が建ち並ぶ細い道路をゆっくりと進む。
途切れたと思ったら見渡す限り、畑や田んぼが眼前に広がった。そしてまた細い路地を走る。
「凄いですね。田園風景って言うのかな?それに、さっきのお家の表札…」
洞口さんはニカッと笑う。我が意を得たりのように。
「気が付いたかい?ここの集落には『洞口』の名字が多いんだ。住民の七割は洞口なんだよ」
そうなのだ。表札を見てみると、どこもかしこも洞口、洞口、洞口…
たまに佐々木やら阿部やら混じっている程度だ。
住民は私達に気が付くと、ニッコリ笑って会釈をしてくれた。
車に乗っている私達は、車内越しで会釈を返す。
しかし、頻繁に会釈をされるものだから、何だか申し訳無いような気がしてくる。
「さ、着いたよ。ここが仕事現場だ」
ワゴン車が止まった所は大きな洞穴。
洞穴の前に鳥居が設置されていた。
「立派な洞穴だろ?洞口の名字はここから取られたんだ」
成程、納得だ。
「『
これまた納得だ。
しかし、洞穴から聞こえてくる鳴き声…それが風の仕業だとしても、気分が良い物では無かった。
何か、この世の者でない何かが鳴いているような…そんな不吉な印象を受けた。
鳥居の横に、大量の麻袋と、15cm四方の木の箱があった。
「一人は桐の箱を洞窟の中に運んで。奥に祭壇がありますから、祭壇の横の戸棚に入れる。ただし、必ず一個づつ運んで下さい。後の二人は、この麻袋を田んぼを掘った穴に入れる」
なんでそんな手間をかけるのか?何かの儀式?
私達は不安気に顔を見合わせる。
「ははは。祭壇はね、縁起担ぎみたいなもんさ。年寄りは縁起担ぎが好きだからねぇ。麻袋は堆肥を作る為だよ。春になったから、土を肥やさないといけないからね」
縁起担ぎ…だから一個づつ運ぶ必要があるのか…
何か理由があるんだろうけど、聞くのが面倒なのでやめた。
「ご覧の通り、若い者が乏しいからね。年寄りには少し堪えるんだよ」
そっか、洞穴の祭壇までの道のりも長く、苦痛なんだな。まぁ、楽って言えば楽かも。
「三時間後にバスが出るから、それまで終わったら帰っていいから。勿論、お金もその時に支払うよ。私も三時間くらい経ったら、また来るから、よろしく」
洞口さんは、そのままワゴン車に乗り込みその場から走り去った。
「ちょ、ちょっと待って!!」
私の声が聞こえなかったのか、洞口さんのワゴン車は既に遠く見える所まで走っていた。
え?マジで?こういうのは監督する人が必要なんじゃ…
「…ふぅ…まぁ、やるしかないでしょ」
千鶴子が軍手を履いて、麻袋を田んぼの穴に入れ始める。え?妙にやる気あるんだけど?なんで?
「根性出せば、三時間で終われるかもね。監視する人も居ないようだし、気が楽かも」
舞も軍手を履いて、麻袋を運ぶ。ああ、気楽でいいからね。でもその通りだな。でも問題が…
「え?私は箱?」
既に作業している二人。じゃあ、あぶれた私のすることは箱を運ぶ事だが…
千鶴子と舞が一斉に私の顔を見て頷いた。
「だって洞穴暗そうじゃん」
「暗いの怖いからね~。11個あるから11往復すれば終わるよ~」
暗いの怖いって、私だってそうだよ!!!
文句を言おうとしたが、麻袋はかなりの数があった。11往復我慢すれば、肉体労働は免れるかな…
邪に考え、箱を運ぶ事にした。
「しゃーない、私が頑張りましょう!!三時間で終わらせるわよ!!」
「おーっ!」
私は一致団結し、三時間でこの儀式みたいな仕事を終わらせようと思った。何か薄気味悪いからだ。
千鶴子と舞も、そう思ったのか、いつもよりスピーディーに動いて頑張っていた。
「さて…この箱を運べはいいのか…」
一つ持ってみる。
軽い…何か入っているようで、中でコロコロと転がっている音がする。
一つじゃないな…二つかな?球体の物のようで、互いに『コン』と当たって止まるような感じだ。
私は洞穴の中に入る。
「暗いなぁ…懐中電灯くらい欲しいなぁ…」
壁にカンテラが吊るされてあり、真っ暗闇と言う訳では無かったので、何とか進む事は出来る。
足元に注意しながら進んで行くと、程なく、祭壇を発見した。
「そんなに遠くも無いし、結構歩き易いんだけど…」
これでも高齢の方には辛い作業なんだろう。深く考えずに、祭壇の隣にある戸棚の扉を開ける。
「な、何これ……?」
戸棚の中の奥行きはとても深そうだった。そもそも、戸棚自体が大きい。押し入れを半分くらいにした大きさだ。
しかし、奥行きは確かめる事は出来なかった。
私が運んでいるこの箱と同じ物が戸棚中にビッシリと埋まっていたからだ。
よく見ると、戸棚は奥行きから新築を繰り返されている。
箱が埋まって来たら、更に壁を足し、扉を備え付ける。そんな造りだ。
「しかし雑な造りね…」
慌てて造った感がある程、その戸棚の造りは陳腐な物だった。
私のお父さんが造った方が上手なんじゃないか?
奥にある箱は確認出来なかったが、手前に置いてある箱に目を向ける。
「古いのから、新しいのまであるなぁ…」
おそらく一年に一度は箱を納品しているのだろう。その数も疎らだが、今年は11個と考えていいのだろう。
私は箱を置き、扉を閉めた。
「これを11往復?随分簡単ね」
これは早く終わるな。そう思い、踵を返す。
祭壇から数メートル程離れたその時…
カリカリカリカリ…カリカリカリカリ…
戸棚から音が聞こえた!!
「ね、ネズミ!?やだな~………」
作業自体はとても簡単で楽だが、ネズミと出会うリスクを考えると、やはり麻袋の方が良かったと考えてしまう。
「今更交代してって言えないしなぁ…」
私は肩を落としながら来た道を戻って行った…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
留美子がせっせと小箱を運んでいる最中、私と舞は麻袋を田んぼに掘った穴に無造作に入れて行く。
「かなりの数だし、重いし、変な臭いはするし…」
軍手と一緒にマスクが置いてあった理由が解った。マスク無しでは、この悪臭に耐えられないだろう。
堆肥を作るとか言っていたのだが、これで充分堆肥になるんじゃないか?
そう思いながら、せっせと麻袋を入れて行く。
「ひ!!」
低い悲鳴を上げた舞。見てみたら、転んで麻袋を縛っている紐が緩んだようだ。
「舞、大丈夫?」
声は掛けたが、早く終わらせたいので駆け付けはしなかった。
「…な、何でもない!!」
舞は慌てて麻袋の紐を締め直す。
真っ青になりながら、それを穴へと放り込んだ。
「顔色悪いよ?」
「だ、大丈夫だから!!」
そう言って、舞は先程よりも素早く、麻袋を穴へと放り込んだ。
作業の慣れでは無い。まるで早く隠したいと言わんばかりに…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あ~ダルい。確かに割りが良いけど、結構重労働だ。こんな事なら、留美子と変われば良かった。
ブツブツ言いながら、私は麻袋を運んでいた。
千鶴子が思いの他頑張っているので、休憩しようと言い出せなかったから、しぶしぶ続けていたからだろう。麻袋を持ちながら、躓いてしまった。
「いてて…」
転んだ拍子に麻袋の紐が解けた。
「あ~最悪~…この肥料臭いんだよね~…」
マスクを着用していながらも、時折漂う臭い。何か腐ったような臭いだ。生ゴミか何か入れているのだろうと思っていた。
とにかく、この悪臭を極力外に漏らしたくは無かったので紐を締め直そうとした。
「ひ!!」
悲鳴を漏らした。
「舞、大丈夫?」
千鶴子が声を掛けて来たが、私は上手く反応出来なかった。麻袋の中身を見てしまったのだから。
一瞬だけしか見てないが、あれは人間の手………?
いや!そんな訳無い!きっと何かの見間違いだ!!
頭を振りながら、固く紐を締め直す。
見間違いだ!見間違い!そんな訳無い!
自分の恐ろしい想像を掻き消すように、麻袋を穴の中へと入れた。
この麻袋を見たく無い。一心不乱に、残りの麻袋を穴へと放り込んだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
箱運びが終わった。地味な作業だった。麻袋作業の千鶴子と舞を手伝いに向かう。
「ふぅ、結構な重労働だったわ」
ハンカチで額を拭く千鶴子を発見した。
「あれ?こっちも終わったの?」
千鶴子はニッと笑う。
「中盤から舞がいっぱい頑張ってくれたのよ」
へー。凄いね。頑張ったんだ。
私は舞を見た。頑張ったね、と言おうと。
その舞は真っ青になって座っていた。そこまで頑張ったのかと驚嘆するが、少し頑張り過ぎたんじゃないか?顔色もそうだけど身体も震えているし。
「舞、いっぱい頑張ったのは凄いけど、そんな真っ青になってまで頑張らなくても、私も手伝うのに…」
「あれ?舞?凄い真っ青じゃない。そんなに無理したの?」
千鶴子も今頃気が付いたのか、舞の顔を心配そうに覗き込む。
舞は頭を左右に振った。
「違う…そんなんじゃない…違う…」
話す唇がやはりカタカタと震えている。
「違う?何が?」
意味を聞こうとした私だが、その時、洞口さんのワゴン車が、私の視界に入った。
「作業終了したようですね。お疲れ様でした」
洞口さんは薄くなった頭をペコリと下げた。
そして、三枚の和紙を私達の前に差し出す。
「すいませんが、アルバイト代の証明として名前を書いて貰えませんか?住所と生年月日もお願いします」
何故和紙なんだろう?普通に疑問に思った。
「すいません。明細書忘れてしまって、今持っている紙がこれしか無いんですよ」
領収書を忘れたのはまあいいとして、和紙を偶然持っていたのはどうなんだろう?
そこも疑問に思ったが、筆ペンと一緒に私達に押し付けた。しかし、三つの封筒の中身を見て疑問が飛んで行った。
「え!?15000円!?」
私の声で千鶴子も慌てて確認する。
「…ホントだ…確かに15000円も入っている!!」
確かに早く終わればボーナスも出す様なことを言っていたけど、まさかの50パーセント!?
「思いの外、早く作業して戴いたようですから」
これは思い掛けないラッキーだった。私達は喜び勇んで和紙に住所、氏名、生年月日を記入した。筆ペンは使い難かったが、それは気にしていられない。50パーセントアップの力は凄いものだ。
洞口さんも満足気にウンウン頷いていた。
ただ、舞だけは、震えている手で、奥歯を噛み締めながら書いていた。
「よし、書いたかな?バスがそろそろ来る時間だから、バス停まで送りましょう」
洞口さんは、私達をワゴン車に乗るよう促した。
「やった!!」
「すみません」
私達は素直にワゴン車に乗り込んだ。
「…君は乗らないのかい?」
洞口さんの声で外を見ると、舞が俯きながら、立っていた。
「舞!舞ってば!!」
「あ、ご、ごめん」
舞はハッとし、返事をしたが、まだ立っている。ワゴン車に乗る事を躊躇っているようだ。
「頑張り過ぎちゃったからね…」
舞が疲労によって、動かないだけだと思った。
「もぅ!バス来ちゃうってば!」
千鶴子が苛ついているのが解る。
「ああ、疲れちゃったのか。じゃあ、少し休んで行くかい?」
洞口さんが提案する。そしてたっぷり間を取って付け足す。
「此処に一人で」
洞口さんの言葉に益々顔を青くした舞は慌ててワゴン車に乗り込んだ。
「ははは。やはりこんな辺鄙な所は嫌かい」
洞口さんは笑いながら、そう洩らしたが、その目は全く笑っていなかったように見えた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
…実吉の車に乗ったか。
…あの娘、気が付いたのか?
…まぁ、あまり気にする事もあるまい。あの娘は確か山川と言ったな?
…ちゃんと名前と生年月日も記入しとるな…
…もう一人は坂下か…
…じゃな、あの娘と坂下と言う娘か…
…死んでもこの村の為に働かなければならん宝条も不憫だが…
…言うな。目の玉だげじゃ、済まなくなるぞ。
…すまん……まだ若い、しかも部外者だしな…罪悪感もあるだろう?
…なら、お前が生け贄となれば良かろう?
…冗談じゃない、勘弁してくれ。
…しかし、いつまで続くんだろうな………
…これも、我々の先祖のせいだ!!
…盲目になるだけならば、な…生け贄を出さんと、目だけじゃなく命も奪われてしまうからなぁ…
この村の何人かは全盲だった事は、千鶴子と舞が亡くなった後に知った…
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
麻袋を穴に入れたその夜、二人の村人が、穴を埋めて、田んぼを整地していた。
「……この田んぼ…俺の家の田んぼなんだよな…」
真一はやるせない表情で田を均す。やる気が見えないが、手を休める事はしない。
「どうせ減反の田んぼだから、構わないだろう」
誠意杯の慰めの言葉だった。これ以上の言葉は真一に掛けられない。
「まぁな」
諦めでそう言った。
「宝条の奴等…俺に化けて出て来ないだろうな…」
真一がポツリと漏らす。
「大丈夫だろ。間違いがなければ、な」
貞夫が二枚の和紙を取り出した。坂下千鶴子と山川舞の名前と住所と生年月日を記した和紙だ。
貞夫は和紙を丁寧に折り、人形を折る。その人形に、マスクを入れている。坂下の和紙には坂下が使用したマスクを、山川の和紙には山川の使用したマスクを。
その人形を、整地した田んぼの真ん中に埋めた。
「これで、良し。宝条はあちらに行くだろう」
手をパンパンと叩いて土を払い、満足そうに笑った。
「もう一人は?」
アルバイトは三人雇った。だから和紙は三枚の筈だ。
「もう一人は、『目無し』の餌だよ」
「『目無し』?宝条の目だけじゃ足りないのか…」
酷く落胆している様子の真一。大丈夫だとは思うが、間違えたら自分が危ない。
「違う違う。宝条の目は『目無し』に献上しただけだ。つまり、まだ生け贄を献上していない訳だよな?運んだ娘に、『目無し』が現れる事になるだろ?」
貞夫はイヤらしい笑いをしてみせる。敢えて行ったのだ。真一を安心させる為に。
「ははぁ…そうか。そう言えば、宝条は俺達が…」
「おいおい…滅多な事言うもんじゃないよ。村人全員が味方だとは言え…」
呆れながら、真一の肩を叩く貞夫。
「すまん。つい…しかし、これで当分は身の安全が保たれた訳だ…少しはゆっくり眠れるなぁ」
「そう言う事!これから生け贄を外部から呼ぼうか?その方が気兼ね無いからな!」
二人は深夜にも関わらす、大きな声で笑った。しかし、それを誰も咎めはしない。村人全員が、皆同じ想いだったのだ。
その証拠に、ポツポツとある民家からも、大きな笑い声が聞こえていた。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
あの村から帰ったその夜、私は夢を見た。
髪の毛の長い女?が、髪を振り乱して、私に背を向け座りながら何かを食べている夢…
「あなた…誰?何を食べているの?」
私の声が聞こえていないのか、女?は全く返答する様子も無く、やはり何かを食べていた。
「聞こえてない…みたい…さっきから吹いている風が、私の声を掻き消しているんだわ」
そう、ここは風の音が凄くうるさい。
風の音と言うより、何か鳴いているような…そんな感じがした。
カリカリカリカリ…カリカリカリカリ…
それにしても一体何を食べているんだろう?
気になって、女?にだんだんと近付いて行く…
………ア…
ん?何か言った?
良く聞き取る為に耳を澄ます。風の音に時折混って聞こえてくる女?の声を。
………ァァア…
ウワアアアアア……ウワアアアアア……
風の音がうるさい。
「何て?何て言ったの?どこか痛いの?ねぇ?」
ここで私は目が覚めた。
汗が凄い。こんなに寝汗を掻いたのは初めてだ。
ブルッ…
震えた。寝汗により、身体が冷えたからか?
いや…あの女?に何か得体の知れない恐怖を感じ、震えたのだ。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
村から帰った私達は、顔色が優れない舞を心配だったが、その日はそのまま帰宅した。
「15000円はオイシイけど、匂いが身体に染み付いてないか心配だわ」
そう言いながらシャワーを浴びる。
「一人暮らしは気楽だけど、ご飯とか面倒よね~」
シャワーを浴びた後のご飯の心配は日課となっている。春休みの今は特にそうだ。
「ん?」
髪を洗っている最中、背後から気配を感じた。
「何…?誰か…居る…?」
思い切って振り返る。しかし、誰も居ない。当たり前だ。アパートに鍵を掛けているのは習慣だから、誰か入って来る筈は無い。
「何ビビってんだ?さて、今日はおつまみだけで過ごそうかな~」
バスタオルで身体を巻き、髪を包んでから冷蔵庫へ向かう。
ビールとサバの缶詰め…と、チーズを取り出す。
そこでハタと気が付いた。
「…何か暗いわね…?」
まだ夕方の筈だけど…雨でも降るのか?そう思いながら、明かりを灯した。
何か気味が悪くなり、気を紛らわす為にテレビを点けた。
「なんだろ…壊れたのか?」
テレビにノイズが走っていて、画面が良く見えない。
テレビを点けたり消したりして、何とか画面を戻そうとした。
「あ、直った!!」
先程までノイズが走っていた画面が正常になり、安心して腰を下ろす。
ウワアアアアア…
「ノイズが直ったと思ったら、音声が壊れちゃったのかな…」
リサイクルショップで購入したテレビだから、あまり気にも止めなかったが。
「なんだか…聞いた事ある音…それもつい最近…」
ウワアアアアア…
テレビから聞こえてくるこの音…風が鳴いているような…
寒気がして、テレビの電源を消した。
「ちょっと…なんでよ…」
寒気が治まるどころか、鳥肌まで立って来た。
電源を落としたテレビから風が鳴いているような音がしていたからだ。
「冗談じゃないわ…」
バスタオル一枚で包んでいる身体から、汗が吹き出て来る…
携帯を探し、舞に電話する。誰かと話をして、落ち着きたい為だ。
震える手で一生懸命に舞の携帯番号を探し、直ぐに電話を掛けた。
プルルルル…プルルルル…プルルルル…
出て!!お願い!!早く出て!!
祈る気持ちで舞を待つ。
ガチャツ
出た!!出てくれた!!
「もしもし!舞!何か変なの!もしもし!!」
『………』
電話の向こうは静寂…無言…
「舞!!舞ってば!!」
………ウワァ…
何か聞こえた!?
携帯に耳を押し当て、聞き逃さないようにする。
………ウワァァァァァァァァアアアアアア!!
「ひ!!」
携帯を投げ捨てた。そしてその音を理解した。
「か、風!!洞穴の風の鳴き声!!」
それはバイト先の田舎にあった洞窟から吹く風の音!!震えが一層酷くなる!!
逃げなきゃ!!逃げなきゃ!!
服を着るべく、クローゼットに向かおうと立ち上がった。
「ひっ!?ひぃっ!!ひっ!!」
私の視線の先に無数の人影がユラユラと漂っていた。
まばたき一つせず、その人影を凝視してしまう。いや、単に目を逸らす事もできない程硬直していたのかも知れない。
一つ…二つ…三つ…と、人影を無意識に数えていた。
「じ、11…」
人影は11…何かを探している…探しているのは…
私………!!
私は捜されている事を直感で知った!!
ウワアアアアア…
風がうるさい…!人影を凝視していた!目が乾く…
ドン
いつの間にか後退りしていた私は、部屋の隅に追いやられていた。
そして人影が止まり、私の方を向いた。
「ひっ!こ、来ないで!お、お願い!!」
私の願いを無視し、人影は私に近付いて来る。
一人の影に腕を掴まれる。
「ひ!?」
触られた感覚がとても冷たくて…心臓まで凍るような冷たさで…
だが、それは瞬時に痛みを伴って熱くなった。
「があああああああああ!!?」
腕を『毟り取られた』!!
「ああああああああ!!あ、あああ?」
痛みにパニックになるも、人影に囲まれた事を知り、言葉が詰まる。
そして11人の人影は私に手を伸ばし…私身体に触れた部分を毟り取って行った。
「ひ、ひひ、ひいいいいいいい!!ぁぁぁああああがあがが!!!!!」
お腹を、股を、胸を、腕を引き千切られながら最後に11人の顔を見た…
11人は全員目が無かった。
最後に…私の目を抉り出した11人は…そのまま闇へと消えた……
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
アルバイトが終わってからも、麻袋の中身を思い出して嘔吐していた。
何度も何度も吐いた。思い出したくなくても思い出してしまう。
一瞬見ただけだが、手と髪の毛…あれは絶対人間の一部分だ。
じゃあ、あの赤い塊は肉片…?
「っげぇぇぇぇぇぇ!!!」
何度トイレを往復しただろう。
もう…吐き出せる物がとっくに無くなっているのに…
ウワアアアアア…
ほら…あの風の鳴き声も聞こえている…幻聴まで…
ウワアアアアア…
ウワアアアアア…
うるさい…うるさい…
「うるさい!!」
両手で耳を塞ぎ、首を振った。
ウワアアアアアアアアアア……!!
しかし耳に残っている様に聞えてくる風の鳴く音。
もう…一体何なのよ…
耳を塞いでいる両手を離し、顔を上げる。
「!!?っっっは!!」
心臓が止まりそうになった。
何時の間にか、私の部屋に無数の人影が蠢いていたのだ。
「っは!はぁ!はぁ!!」
無意識で数えると、人影は全部で11…
あの麻袋の人が来たと何故か理解が出来た。
「き、来た!!に、逃げなきゃ!!」
この時初めて気が付いたのだが、私の部屋が真っ暗だった。
真っ暗なのに、人影がはっきり見える。そして真っ暗故に携帯がチカチカ光っているのも直ぐに解った。
横目で携帯を見ると坂下…千鶴子…
千鶴子から電話が来た!!
千鶴子に助けを求めるべく、携帯を取る。
「ち、千鶴子!た、助け…わあっ!!?」
私は携帯を投げ捨てた。
携帯からは風の鳴き声が!!
ウワアアアアアアア…ウワアアアアアアア…
「ひい!!」
駆け出そうとしたが、人影が私に既に群がっていて、それも儘ならない。
「わ、私じゃない!!あなた達を殺したのは!!袋に詰めたのは私じゃない!!」
イヤイヤと首を振りながら後退りしていく私だが、あっという間に部屋の隅に追いやられた。
人影の手が私に伸びてくる…
「いや……いや!!いゃあああああああああああがああああっ!!?」
凄い、凄い力だっだ。あっという間だった。
人影が私の肩を掴んだと思った瞬間に私の肩をもぎ取った。
血が一面に流れ落ちる…痛みは感じない…恐怖で麻痺しているのかは解らない…
ただこの状態が信じられず他人事のように血溜まりを眺めていた。
人影の一人がそのまま私の顎を掴んだ。
ゴギィ!!
声すら出せないようになってしまった。
ボタボタと流れる血の先に見えたのは私の顔の下半分…
人影の一人が私の目に手を伸ばす。
ブチィ!!
左目から光が消えた。
残った右目で見えたのは左目を持った人影は、それを大事そうに抱え消えて行く様。
ブチン!!
右目からも光が消えた。
同時に人影の気配も消えた。
私は暫く、ほんの暫くの間だが、意識があったので考えてみた。
あの人影達…全員目が無かった。
私の目を取りに来たんだ。
肩も顎も、人影達は目が無かったから見えかったので、適当に触った所を引っ張ったらもぎ取れただけなんだ。
納得し、ある種の達成感を覚えると同時に、私の記憶はそこで途絶えた…
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