第7話

 野営地をたって暫く、日が中天に差し掛かった頃、巨大な石を組んで作られたと思しき壁が俺たちを出迎えた。未だ深い森の中、真っ直ぐ伸びる街道の先、木々の切れ間からそれが見えてきたのである。あれが本来馬車が無事なら昨日のうちに辿りつけていたという街か。


「フェルターの街じゃ。あの街を越えると、パイロキシー公国となる。そこから公都に向かい、公都郊外にある、トライゼンベルグ魔導学園が私の目的地であるわけだ」


 なるほどわからん。地名だけ言われてもなー、ということで。背中の鞄を開いてノートを取り出して、昨日書いた簡略地図に簡単に付け足していく。


「あ、馬鹿」

「え?」


 潜めた声で俺に掣肘してきた春香であったが、時既に遅く。俺の直ぐ側に、ふわふわの金髪が迫っていたのだ。


「ほうほう、おぬし面白い帳面を持っておるのう。それにそのペンはなんじゃ?」

「ああ、大学ノートと鉛筆ですけど」


 そう受け答えしてしまってから、俺は気がついたのである。目の前のお姫様の瞳が爛々と輝いてしまっていることに。


「……もう、前の時で懲りたんじゃなかったの?」

「すまん、少し気が緩んでた」


 耳元で苦言を吐く春香に謝りながら、俺は異世界で、元の世界のものがどんな価値を持つか、その事を改めて思い知った時のことを思い返した。以前の時は現地の人に発見された時点で俺は気を失っていた為に、知らぬ間に身ぐるみ剥がされて調べつくされてたりしたわけだが。その際に、およそ現代日本では値段も付かないはずの、低価格量産品の中古文房具が驚くほどの高価で買取されてしまった事があったのである。まあ幸い身ぐるみ剥がされたと言っても盗賊に捕まったとか奴隷に落とされたなんて話ではないけれど。それと同じことが起こる事を危惧したのだ。しかも目の前の姫様、ツェツィーリエさんは権力者に直結している貴族の娘だ。無理やりということもありうると考え身構えたのだが。


「これカズヤよ、よく見せい。ほうほう、これはこれは黒鉛と粘土を、ふむふむ」


 抵抗する暇も無く、あっという間に俺の手からノートと鉛筆を奪い去るや、姫様は矯めつ眇めつあらゆる角度から調べ始めたのである。そうすることしばし、意外や意外、姫様は実にいい笑顔で手にした鉛筆とノートを差し出してきたのである。


「ふう、堪能した。カズヤよ、感謝する」


 そう言い俺の手に戻されたノートには、鉛筆で試し書きした跡が残されていたのであった。なお読めません。


「あら、最悪持っていかれると思ったけど、案外すぐに返してくれたわね」


 心配そうにしていた春香も、ホッとした表情で戻ってきた品を覗き込んでくる。


「む?いくら私が貴族の子女で、現在おぬしらの雇い主だとはいえ、そのような横暴はせぬぞ?それに、それらの詳細はもう既にここに入っておる。まあ他の貴族であればそのように振る舞う者もいるやも知れぬ。あまり人目につかぬようにな」


 そう言って自分の頭をツンツンと突っつく姫様。


「……ああ、そうだよな、姫様も鑑定のスキルくらいもってるよな」


 て言うか、やっぱり横暴な貴族は居るのね。


「うむ、それらの構造も素材も何もかも我が知識となった。あとはそれらを再現する方法を見つければよいのじゃ!」


 そう言ってご機嫌そうにくるくると回る。流石に製法までは鑑定スキルとやらでも窺い知れなかったようであるが。とはいえ、たかがノートと鉛筆とは言え、それが解析されて素材が判明しているならば、そのウチ生産も可能になるだろう。それはこの世界の筆記用具に革命を起こしかねない。

 そんな風に渋い顔をしていたら、にやりと笑って姫様が。


「心配せずとも、他の者に教えたり、この知識を以って商売する気はない。複製できればの話じゃが、精々学園で他の者に見せびらかして羨ましがらせる程度じゃ」


 ふふんと胸を張る姫様に、ホッとしたのもつかの間。


「して、その鞄の中のものも見せてくれんかの?」


 追撃が来た。



「ああ、もう一生分の鑑定をした気分じゃ……」


 結局あのあと、他言しない、くれとか売れとか言わないしない、と言う約束をした後、先ず今晩の宿を確保するために塀の内側へと移動。流石に貴族で学園に戻るためという事もあってか、いくらか並んでいる人たちを余所に別の窓口から街の中へ。

 少々せせこましい作りの街並みを通り抜けて、比較的大きな建物のある界隈にたどり着いた。定宿らしく、姫様の顔パスでチェックイン出来たのだが、そのまま部屋に引きずり込まれ、鞄の中身を姫様に公開させられたわけですが。


「コレは何じゃ」

「シャーペン。さっきの鉛筆の発展進化版」

「おお、おおなんという。この加工の緻密さ、ってこの素材は何じゃあああああ」


 プラスチックです。まあ素材的に考えて、この世界にはないものなぁ。なお俺は鉛筆派なので鉛筆削り用に肥後守を携帯しているのだが、鉛筆削る暇がない時用にシャープペンシルも持ってる。テストとか用な。他にボールペンもあるでよ。


「これは?」

「消しゴム。さっき紙に書いたの消せる」

「おお、なるほどのう!コレは便利じゃ」


間違えないのが一番なんですけどね。そんな感じで色々見せて、最後に大物と言うか小さいけど一番厄介な代物を見せることになった。


「こ、これは……」

「スマートフォン。本来の機能はここじゃ使えないけどね。あ、こっちは折りたためるソーラー充電器に予備のバッテリーで、これが有れば色々安心」


 学校で充電とか、数少ないコンセントは大体他のリア充な奴らかDQNな方々が専有してますので無理ですわ。ゲームばっかりしおってからに。基本、俺の持ち物はいざという時対応も出来るように気をつけて揃えているのだ。だいたい天音さんの入れ知恵。なおどちらも某国の軍採用品規格を楽々クリア出来るレベルで堅牢だそうな。

 なおその試験内容というのがかなり無茶ぶり。作動時の温度域試験は摂氏マイナス二〇度 から摂氏六〇度。非作動時だとマイナス三〇度から七〇度で、更に急激な温度変化にも耐えられるか、高温高湿度でも大丈夫か、強い衝撃を与えても大丈夫か、振動を与え続けても大丈夫か、落としても大丈夫かを審査するそうな。特に落下試験なんて、鉄板の上に60インチ――約一五二センチ――の高さから二六回落として耐えられるかなんていう容赦の無さである。それに耐えられる商品がザラにあると聞くと、なんだかなぁと思わないでもない。頑張りすぎだろ、製造業者。


「うおおおおおおなんじゃこれはああああ」


鑑定スキルでどういう風に脳内に表示されるんだろうか。と言うか、高ランクだとどこまでわかるんだろうか。内部構造とかもわかるんだろうか。いや、下手すると保存してるデーターまでわかるとか……はないよね流石に。


「姫様っ!お気を確かに!」


 気付けば姫様、鼻血を垂れ流しながらスマホを凝視していた。アマーリアさんも慌ててハンカチで姫様の鼻を押さえてる。


「おう、大丈夫じゃ。素晴らしい……カズヤよ、コレは凄いのぅ……」


 中のデータじゃないよね、興奮してる理由。


「そりゃまあウチの世界でもトップレベルの技術使ってますから。下手に扱うとすぐ壊れるけど」

「さもあらん。人の手でこのような精密さを……」


 恍惚としている姫様であるが、間違いを正しておく。


「機械です」

「何がじゃ」

「それ作ってるの、ほぼ機械です。人の手が加わるのなんてほんのちょっぴりです」

「なんと……」


 人間業でスマホなんて作れません。いや、組み立てなら手でも出来るかもですが、個々の電子部品なんて、ねぇ。そりゃ技術の根幹は人間が生み出しましたけど、実物作ってるのはその人間たちが作り上げた機械です。そりゃ操作するのは人間ですけどね。そう説明すると、涙を流して歓喜した。


「人の手によるものか。これが、これが」


 そう呟いて、姫様は事切れたのだった。



「そう簡単には死なぬわ」


 あのあと姫さまは気を失った。そして鑑定しまくりだったせいで脳を酷使しすぎたのか、高い熱を出してしまったのである。少し時間が早かったが宿を取ってからでよかった。


「ともかく礼を言う。人の生み出すものの高みを感じられた……ああ、我が手であのような品をいつか作ってみたいものじゃ」

「作るって……姫様は魔法使いではないのですか?」


 気絶から復帰しても、熱が色んな意味で収まらない為に、宿に頼んで食事を部屋まで運んでもらい、皆で食べているところだ。姫様はベッドの上で、アマーリアさんはその姫様のベッドに腰掛けて、お世話しながら食べている。

 俺と春香は姫様の寝室に、続きの部屋に置かれていたテーブルを運びこんで食事をしていた。姫様が一緒に語り合いながら食いたいと言い、アマーリアさんが頑としてベッドから離れることを許さなかった為の折衷案である。

 とは言え顔色も良いし、さほど心配する事もあるまいと俺たちも普通に食事を供にしているわけであるが、保護者的役割のアマーリアさんにしてみれば、気が気ではなかったであろう。


「姫様は現在、魔導技術を利用した冶金・錬金術を専攻しておられます。錬金術はご存じですか?」


 そう問いかけてくるアマーリアさんに、頷く俺と春香。俺たちの世界での錬金術と同じだったらと言う前提だけれど。今のところ言葉の意味とかに齟齬は発生していないから、間違いなく中世における錬金術か、空想上の錬金術のどちらかなのだと思われる。まあ多分に空想上の錬金術の方が近いように思うけれども。


「うちの国だと、冶金はともかくとして、錬金って、特殊な才能がないと無理だったりする事があるんですけど、こちらの国だとどうなっているんですか?」


 柏手打って地面に魔法陣描いたりするやつか。まて、それは色々と問題発言だ。


「そうですね、確かに特殊と言えなくもないですが……そのあたりはスキルで補助できますし。しかし、姫様が鑑定でお倒れになるなんて、いつ以来でしょうか」


 そう溜息をつきつつ憂いを帯びた表情をするアマーリアさん。年上の美人さんのそういう仕草、実に良い。いや、そうじゃなく。どうやらスキルのない国という俺達の出身国設定が上手く働いてくれたようで、俺達の国で錬金術士をやっている人はどんな人なのかとかは聞かれることはなかった。聞けば錬金術には高ランクの鑑定スキルが必要とされるらしい。使用する素材、加工の過程、錬金された結果の物質、それらを正しく把握するためにも、必須だというのである。まあこの世界に化学的な意味での素材を調べる機材とかなさそうだしなぁ。だが鑑定スキルは万能ではないらしく、あくまで自分の知識がベースとなっていて、何でもはわからない。蓄えた知識の、その集大成がスキルの答えとして示されるのだという。

 例のゴリ……ゴラウリエさんのような人の場合、相手の強さだとかの戦う相手を見極める方向へと特化していくらしい。転じて姫様のように、物体・物質の詳細を調べる事に長けるというスキルの成長方向もあるわけだ。これはどちらが良い悪いというわけではなく、まさしく本人の仕様です、と言う感じなんだろう。

 俺や春香が鑑定スキルを手に入れられたら、どのような方向に進むのやら。天音さんだったら姫様寄りのオールラウンダーになりそうであるが。


「私も鑑定スキルは保持していますが、姫様のように詳しくはわかりません」


 そう言ってアマーリアさんは、鑑定スキルの説明をしてくれた。俺達がスキルを持っていないと言うのも既に見破っていたそうである。鑑定スキルぱねえ。彼女の鑑定スキルは、主に対人用だと言う。その方向性も、相手の強さを知るなどと言ったゴラウリエさんのようなものではなく、その人の人となりといったような、その性格や人物像など、すなわち、目の前の人物が主人の敵かどうかを把握するためのものらしい。要は彼女の鑑定スキルを用いれば、良い人のふりをして近づいて来ても、その本性がわかるというのだろう。しかしながら対外的にはあくまでも人を見る目が確かだという事になっているという。スキルの太鼓判付きならそれは確かに心強いわけだが、それを俺らに言っていいものなのだろうか。


「御二方にも使わせていただきましたが、正直なところ、姫様がお雇いになるのを止める気にはならない程度には、あなた方を理解しているつもりです。一応立場上、一言言わせていただきはしましたが」


 そうニッコリ言われると、ああやっぱりねとしか思えなかった。


「俺たちは、そう言うスキルとかって無い国だったからな、正直なところ使われたからどうこうって気はあんまり無い。スキルを持つとどんな風になるのかってのは興味あるけれど」


 スキルどころか魔法もないけどね、春香は使えるけど。正直羨ましい。


「お教えしましょうか?出来るようになるかはその人個人の資質も有りますので一概にはいえませんが……」


 アマーリアさんは、鑑定スキルの他に、教授スキルというのも持っているそうで。人に教える際に理解度のボーナスがつくという何その教師垂涎のスキル。なんでも貴族の家庭教師になる為には、ランクの高低はあれどこのスキルが必須条件とも言えるらしい。


「貴族の子女の家庭教師は、そのままお付のコンパニオンとなることが多うございますから、色々と必要とされる能力がございまして……」


 幼少の頃は読み書き算術、少し大きくなるとそこにスキルや魔法の指導が追加され、その後学園なりなんなりに入る事になるとお役御免となるらしいが、優秀な人はそのままお付のコンパニオン――女官のような存在らしい――となって嫁ぐ日まで伴にいるらしい。人によっては使えていた子女が嫁にいっても同行して、その子育てにも参加するという。すなわちアマーリアさんは優秀だということなのだろう。何しろ学園にも同行しているわけであるし。きっと明かされていないスキルも色々と持っているんだろう。

 そんな人に教えていただけるのなら願ってもないとご好意に甘えることにした。


「それでは僭越ながら」


 こうして気楽に始めたスキル取得の授業。ご教授いただくのは先ず鑑定から。これは子供に教える時も同様らしい。一番習得するのが簡単なのだそうだ。スキルは努力すれば習得出来るが、種類によっては出来ない人もいる。そして習得したからといってそれで何が出来るかは、前述のとおり個々人の資質によるらしい。ゴラウリエさんのように、鑑定を持っていたとしてもそれを使うのにジロジロ見なきゃいけなかったりする低ランクだと、逆にあるが故の不和を産んだりしてしまうわけですが。なんにせよ、コレでスキルとやらが俺にも取れるならこんなに嬉しいことはない――。

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