第6話
「そういえばそなたらはいつもどのようにしておったのか。やけに身奇麗じゃが」
いきなり痛いところを突かれた。清拭するための湯を沸かすためにアマーリアさんが魔法で薪に火を付け、その周りに陣取って馬車から回収しておいた鍋に水を張り火にかけたりしていたのだが、その湯が湧いたところで、姫様にいきなりそう言われたのである。無論姫さまは天幕の中である。
「ああ、これですか。これはですね」
どう誤魔化そうかと逡巡していた俺をよそに、春香は気楽そうにそう言って、手の平を自分の胸の前でパン!と合わせ口を開いた。
「たかあまはらにかむづまります。すめらがむつかむろぎかむろみのみこともちてやほよろづのかみたちを。かむつどへにつどへたまひ――」
大祓の詞かよ!とは突っ込まない。厨二病全開の頃にはお世話になりましたので俺も触りくらいは知っている、神道の祭祀に用いられる祝詞の一つである。春香が透き通る声で気持ちの良い抑揚に乗せて歌いあげるように読み上げているこの祝詞は、喋る速さにもよるが五分以上にも及ぶわけだが……。
「ほう」
「まあ」
「うーむ」
祝詞が進むに連れて春香を中心に淡い光が立ち上りはじめ、声の届く範囲一帯が清められ始めたのか、汗臭さすら何処かに行ってしまった。て言うか、本当になんで?
あとでこっそり聞いてみたところ「お姫様の神聖魔法見たでしょ?あれって神様にお願いして力を借りてるっぽい呪文だったのよね。それで覚えてるそれっぽいのを試したわけよ」だそうである。なるほど、魔法に対応出来ないかと、色々覚えていたのを試してみたということらしいがぶっつけ本番でよくやる。と言うか、祝詞を色々覚えてたというのか。姉に似てスペック出鱈目だなおい。なお以前同様のことが起こった際の天音さん無双の場合、その世界の魔法が基本的に「普段使わない言葉」で構成されていたそうで。まあ小説とかでも古代魔法王国の言語で魔法を使うとか言うのあるしね。なので普段使わない外国語、しかも異世界に於いてはまず使われることがない古ラテン語で魔法を組み上げたという話だった。天音さんパない。
なおぶっつけ本番と思いきや、これまで何度か試していたらしい。え、うそ、聞いてない。いつの間に?と尋ねると、「女の子には秘密がいっぱいあるのです」と返された。ああトイレの時とかか。と言ったら抓られた。解せぬ。
ともあれ、春香が魔法を発動させることが出来たのは、先の事を考えると頼もしいことである。俺だって小用の時とかにこっそり隠れて両手の平を合わせて、こう、前に向けて「ハーーーーッ!」とかやってみたり、エロ大好きな魔法使いが放つ、七つの鍵を守る神様の攻撃呪文とかをノリノリで唱えたりしてみたんだが何も起こらなかったというのに。
「この様に、私どもの国では言葉を紡ぐことで発動します。こちらでは魔法と仰るようですが、私どもは神通力(じんづうりき)と呼んでおります。姫様のように杖を使う必要はありませんが、少々発動に時間がかかるのが難点ですね」
「いや、素晴らしい。こう言った神への語りかけからの神聖魔法と言うのは正に盲点であった。礼を言う。主に清潔さに関して」
そう言って、心底嬉しそうに笑う姫様と家庭教師のお二人であった。旅を続けて何日目かは知らないけれど、香水付けまくってましたものね、御二方共に。正直、少々臭ってました。現代を生きる日本人的に、キツかったです。空気読んで何も言いませんでしたけどね。
食事も終わり、日も沈みきり、空には見覚えのない星の並びが見え始めた。、日本ではお目にかかれないような星の海が夜空を一面に埋め尽くしてゆく。
姫様達は早々に天幕に引っ込んで寝るそうである。もう少し俺達と話をしたがっていたが、流石に今日はいろいろありすぎて疲れたようであった。なお心配していた食料であるが、俺と春香は姫様に雇われた身なので無事提供して貰える事となった。乾燥野菜に干し肉を入れた塩味スープと、カリカリに乾いた固いパンであったが。本来はもう少し先にある集落に今日中に着けるはずだったのだが、と本当に非常食のようであった。
そしてこれから夜本番を迎えるわけですが。
「かず君、先に寝る?後に寝る?」
「圧倒的に後。夜更かしは余裕だけど、夜中に起こされるのは勘弁」
「うん、知ってた。んじゃ寝るね、んーと、火の方は適当に薪を一本ずつ足す感じでお願いね」
「おっけ。しかし薪は持ち運んでるんだな。そこらの木は使っちゃいかんのか」
「街道沿いだしね、すぐ薪に使えるのなんて、とっくに拾われつくしてるんじゃないかな?ほら、乾燥してない生木だと、火はつきにくいわ煙とかも凄くて使いものにならないじゃない?」
そう言うと、コテンと俺の太ももを枕にして横になった春香。
「うわあ、凄い星空」
「おう、確かに」
日本では満天の星空と言うのは中々に見られるもんじゃない。星の位置は違えど、やはりこういう光景は、筆舌に尽くしがたい気持ちになる。
「すごいね、天の川、じゃないだろうけど星雲がくっきりと見える」
天の川は地球がある銀河の名前、だからここのは違うのだと言いたいのだろう。春香の言葉につられて見上げた夜空は、これまでみたこともないほどの密度で光の粒が瞬いていた。
そして、いつの間にか静かな規則正しい呼吸音が膝下から聞こえ始め、春香が眠りについた事に気がついたのだった。
「どれくらいで起こせば良いかね……」
気楽そうにしていても、やはり疲れていたのだろう、春香はあっという間に寝ついてしまった。正直なところ、これからが不安すぎて怖いが、まあなるようにしかならないのだろう。春香が魔法をああいった形とはいえ発動できたのだから、俺にも手助けのために何か身に付けることが出来るかもしれない。じっさい、魔法が使える人が居た時点で俺らにも使えるかもという希望的観測はあったわけだがしかし。
「残念ながら知力が足りない、とかだと嫌だなぁ……はっ!しまった!」
いかん、この状況はいかん。何がいかんって、俺の太ももを枕にしてすやこらと寝てる春香が、ではない。
ものすっごく普通だコレ!
何がって、異世界に来て早々何かに襲われてる馬車を助けて。助けた相手が貴族のお姫様で、しかもその旅に同行して街まで行く。
めっちゃ普通だ!いや、普通というかすっごいありきたりなシチュエーションだよこれ。まずいんじゃねこれ。
「やべえ、絶対これあれだ。夜中の襲撃とかあるぞ」
そう思い込んだ俺は、自分でも出来る魔法を考えるよりも、いつ何処から襲撃が来るかビクビクしながら夜を過ごしたのであるが。
襲撃、ありませんでした。
「おはようかず君、よく眠れた?」
「おはいお。まあなんとか」
正直なところ、この世界の一晩の時間がわからなかったので、いつが交代の頃合いかと起こしそびれたのはあった。携帯の時計でざっと五時間程立った夜中に春香を起こしてからも、いつ襲撃が、と思うと心配で中々横になる気が起きなかった。しかしまあ疲れは溜まっていたのか、気がつけば夢も見ないで寝ていたようで。火の側に座った春香が「ん!」と言いながらぺちぺちと叩く太ももに頭を載せた瞬間から、記憶が途切れていた。
起き上がって周囲を見渡す。まだ辺りは薄暗く、朝もやがかかっていた。そんな中、荷馬車の一団は、さっさと撤収作業を行って、すでにいつでも出発できるようになっている状態であった。
それを横目に見つつ自分たちの支度をしていたところ、一人の男がこちらに近づいてきたのである。
その男、見た感じゴリラ。
どう見てもゴリラ。
ゴリラの体毛を全部剃って、革鎧を着せたような、そんな巨体の人間が近づいてきたのである。いや、もちろん手足の長さとかは人間準拠ですが。荷馬車の護衛役なのだろう、立派な剣を腰に下げ、背中には盾、右手には背丈程度の長さの槍、左手には兜と言うか、ケープハットのように後ろ側に垂れが付いたゴツい毛皮の帽子のような物を持っていた。
剃りあげた頭部が眩しいその男は、ある程度まで近づいたところで足を止め、手にした槍の石突きを地面に押し当てると、ゆっくりと口を開いた。
「おはようございます。我々は傭兵ギルド所属、風の戦士団。私はその隊長を勤めますゴラウエリ・ベリンゲイと申します。この街道を南に下った先にあるティアローイ領のインスの街に向かう商隊の護衛を務めているのですが、そちらは見たところ私どもが通過してきたパイロキシー公国に向かうご様子。情報交換といきませぬか」
見た目とは違い、やたらと礼儀正しい口調に思わず顔が引きつったが、彼はそれに気づかないのか、そう一息に言い切った。
どう対応すればよいのかと逡巡したところ、横から春香がツンツンと脇腹をつついてきた。どうやらキチンと反応しろと言いたいのであろう。こちらの面子はいかにも貴族な姫様とその家庭教師、そして護衛というか使いっ走り的な存在の俺ら二人である。同性であり立場的に一番当り障りのないであろう俺に接近してきたというところなのだろう。というか、直接お貴族様に口をきいたらやばいとかあるのだろうか。若しくは女性の中に男が一人なので俺が狙われてるとか。そんなハッテン場的な思考に及んだところで思わず口から吐いて出たのは。
「お……」
「ん?」
「オイッス!」
日本でゴリラともあだ名されていた、惜しまれながらもお亡くなりになられた、某有名芸能人のよく使う挨拶の言葉であった。
「はっはっは、元気のよろしいことで」
「あいすいません。あまりこういった事に慣れていなくてですね。あ、ワタクシ佐藤和也と申します。あちらは同郷の青井春香。以後、お見知り置きを。」
見かけはゴリラだが、やけに礼儀正しい護衛役のゴラウリエさん。俺もついついかたっ苦しい口調になってしまう。背も高く、おそらくは二メートル前後、正面に立たれると向こう側が見えないレベルでデカイ。おまけに、横幅と胸の厚さが同じくらいあって、横になっても細い隙間抜けれませんッて感じの人ですわ。
「ほう、この先でクリーガーベアの襲撃にあわれた!それはまた厄介な」
「ええ、幸い危ないところをこの春香が仕留めましたが」
そう伝えると、ゴラウリエさんはマジマジと春香を見つめ始めた、それこそ上から下まで舐めるようにじっくりと。
「ほう、これは中々にお強い。それにその金剛棒、確かにクリーガーベアをクリティカルで倒すと時折現れるという希少な品……」
なんかレア物だったらしい、あの金属の棒。
「見ただけでわかるもんなんですか?」
「ん?ああ、私はこれでも相手の能力を見定める事ができるスキルを持っておりますからな」
スキル!スキル来ました!スキル入りましたー!!ありがとうございまーす!
「ほほう、いわゆる鑑定スキルとか言うやつですか。いや、便利そうで何より」
「いやいや、ご覧のとおり余程じっくり見なければわからぬ低ランクですわ。いや失敬、女性をいきなり鑑定するなど、これこのとおり」
ゴラウリエさん、春香に向かって平謝りである。
「いや、失礼。お強い方をみると、つい興味が先に立ってしまって。謝罪する」
慇懃に頭を下げるゴラウリエさんであったが、強いってわかるのか。ていうかこんな筋肉ダルマのおっさんから見ても強いんだ、春香。
「いやあそれほどでも」
当人は褒められて喜んでますが。なるほど、鑑定スキルで相手をジロジロ見るのは不敬と。
「という訳で、この先は特に問題はござらぬ」
この先、国境を越えてなんとかいう公国の公都に入るまでの道のりに、特に不安要素はないらしい。土砂崩れとかそういう類の話であるが。
「了解しました。貴重な情報、ありがとうございます」
「いやいやこちらこそ」
丁寧に説明してくれて、実に分かりやすかった。こちらもお返しにわかる限りの事を伝えておいた。主にアマーリアさんとかが。
「それはそれとして……どうしてこちらの目的地が公国だと?その先に行くかもしれないじゃないですか」
「いや、ただ単にあちらのお貴族様が付けておられるマントの留め金が、公国にある魔導学園の紋章でしてな。アレは生徒などの関係者しか持てないはずなのでおそらくと」
なるほど、と得心してゴラウリエさんとの情報交換はほぼ滞り無く終わった。ただ一点だけ、もし御者の人を見つけたら、それ相応に対処しておいてくれと姫様が直々にお願いしていた。流石にあの状況で戻ってどうこうは出来なかったしねぇ。見知らぬ御者さんが生きていることをお祈りさせてもらおう。
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