青い円盤に

玻璃Si

プロローグ

第1話

 お話はいつだって、もったいぶった前口上から始まる。

 私が尊敬するあの作家さんもそう。

 "物語"の序章を語る前の、プロローグ。

 そう、とてつもなく、壮大に、大胆に、豪快に、そしてとてもとても、矮小で、そんな大袈裟なことじゃあないだろうと言わんばかりの前菜を、私達は口へ運んでゆくのだ。

 "物語"……なんてそんな、大層なものじゃないけれど。

 私が語れるのはきっと、ただのストーリーで、昔話よりも取り留めのない、徒然つれづれなく筆……ならぬペンを取り、継接つぎはぎまみれのどこかで聞いた事のあるような陳腐ちんぷな言葉を、拾い上げき集め繋げて、やっと誰かの目に止まるような––。


 段々と焦りからか言葉の意味が通らなくなってきたような


 ––鼻先を突くような鉄の臭い


 気がするけども、


 ––酷く熱くて冷たいコンクリの壁が


 それでも目の


 ––制服越しに伝わって、口の中が干上がったようで閉じることもできないまま


 前のオトコの顔を直視するしかなく、


 ––声が、でない。


 ゆっくりと、右手に持った、刃渡りの長いナニかを持ち上げて


 ––耳鳴りと心臓の音が混じり合ってうるさくて、


「あ。」


 声を出せたのかわからないが、それらしきものが出て、


 ––今座ってる?立ってる?今日なにしたっけ?朝のいちごジャムおいしかった晩御飯なんだろう、家に帰ったら宿題しなくちゃ明日は––––


「は、ぁあ……」


 私、死ぬんだ。

 殺されたことを忘れないように、逆光とフードでよく見えない顔を、なぜか必死で覚えようとした。




「はーいちょっとごめんねー!」


 目の前にいたオトコが横に吹っ飛んだ。まっさらな白紙よりも白くなった頭が、急速に回復、回転し、さらに混乱し始める。


「もーダッッメでしよー。そんな危ないもん持ってさー、あの二人死んじゃうかもしれないでしょーがぁ。」


 ジャージを着た背の高い男性が、先ほどまで私目の前にいて、私を殺そうとしていたオトコに蹴りを何度もいれている。

 ……ふたり?

 広くなった視界に、ヤンキーとホストを足して割ったみたいな奴が転がっていた。「あが、うぐぅう」とか「クソぉ……」とか聞こえる。派手なのか地味なのかわからないシャツと、テカテカして体型がよくわかるズボン。

腰からなぜかチェーンがぶら下がってる。

 一人は金髪でもう一人は黒髪、どちらもワックスで格好良くキメていたに違いないが、今は地べたで腹や腕を抑えて呻いている。

 腹を抑えている金髪は、アスファルトに手の平大くらいの黒いシミを作っていた。

 ……そういやこいつらに絡まれて路地裏に引っ張られたんだっけ。


「じゃ、現行犯でたいほー!なんちゃって。」


 テヘペロ、じゃねーよ古いわ!とか言えるわけないけどっっ!一応助けてくれた救世主なのだ。きっと、たぶん。

 そんなジャージの救世主は、散々刃物を持ったオトコを蹴ったあと、満足したのか手を後ろに回させ、本物か偽物かわからないが手錠をかけていた。どうやら立ち上がることすらできないほど蹴られたらしい。

 ジャージの男性はさて次と言わんばかりに、金髪の方へスタスタと歩いていく。

 ……え、もしかしてそっちも蹴るの、と思っていたら、大きな白い布を取り出した。

 金髪のお腹を見て「良かったねー刺し傷じゃなくて」とか言いつつ、これまた白いガーゼを厚く折り畳んだようなものを怪我した部分に押し当て、大きな白い布でするするとお腹を巻いていく。

やたら手際が良い。

 よし、と言うと次はは黒髪の方へ向かっていく。「なんだ大したことないじゃん」とか聞こえたが、白い布だけで止血していく。

 もしかしなくてもあれ、三角巾だろうか。

 なぜ持っているのかとか、どこから出したのかとか、疑問に思えるほど私の頭は回復していなかった。


「さーて、最後だけど、きみだいじょぶ?」


 ようやくジャージの男性の顔をまともに見ることができた。

 口調はそこに転がっている金髪や黒髪の格好と同じくらいチャラいが、顔も少しそれっぽい。ハリウッドスターとまではいかないが、日本人には見えない彫りが深めの顔。

黒く、癖っ毛なのかうねった髪。

分けた前髪が少しだけ目にかかっているが、自分が絶対であるかのような強い目は、ちっとも隠れていない。


「ぁ、の。」


 お礼を言うべきだとはわかっているが、まだ上手く声が出ない。

 当たり前だ、そんな簡単に殺されそうになってた現実から立ち直れるか。

一生モノのトラウマだ。


「あなた……は、」


 別にその人のことを知りたいと思ったわけじゃないが、


「おれか?おれはな。」


 ジャージの男性は嬉々とした表情でこう言った。


「世の中の人を救う、救世主だ!!」


 めっちゃ頭の痛い人だ。と私は殺されそうになったのとは違う危機を感じた。

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