第5話 デビュー戦決定

「黒を征する者よ!」


 ブラックアースの町の中で、燈色ひいろや里奈と井戸端会議に勤しんでいると、そんな声が聞こえて来た。グランドマスターこと、グラマンである。


「や、やあこんにちは」


 俺のその返事にしばらくの間、その場に沈黙が訪れた。なぜしーんとなっているかはわからないが、普通の挨拶あいさつだったよな?


「先輩、何か変な物でも食べたんですか?」


 あれ?この後輩は一体何を言っているのかな?人とのコミュニケーションで大切なのは、挨拶だって習わなかったのかな?


「あんた、グラマンに弱みでも握られてんの?」


 俺のお姉ちゃんはなんて失礼なことを言うのだろうか?グラマンがそんな事するわけないじゃないか。


 俺と燈色と姉貴がそんなやり取りをしていると、グラマンからプライベートメッセージが届いた。


差出人:グランドマスター『あの、お願いですからいつも通りでお願いします><』


 やべー、グラマンマジで可愛いわあ。と言うか、ここだけ抜き取ると超変態チックだな俺。


 先日の団長宅での食事会前に、俺はグラマンの中の人と会うことが出来た。あの、燈色がいう所の『中世の変態ナル男騎士」の中身は、なんとお嬢様学校へ通う、高校2年の女子高生、桜菜実明さくらなみはるさんだ。いまだに信じらんねーよ。あいつの中身が、実は俺と同じ高2の女子だとか。


 なので、それを知った俺がグラマンを目の前にして、若干言動がおかしくなったとしても、それは仕方のないことだと言える。言えるんだが、燈色と里奈は、グラマンの中身が彼女だとは当然知らないので、俺に対する反応は、当然と言えば当然かもしれない。


「大体グラマン、あんたなんで団長の家に来なかったのよ?」


「申し訳ありません。エリナ殿が、皆が私の登場をいかに心待ちにしていたかと思うと、大変心苦しかったのですが、急用が入りました故、どうしてもお伺いする事が出来なかったのです」


「いや、全然心待ちとかしてないから!」


 思わず「嘘つけこの野郎」と突っ込みそうになった。グラマンが来ないと知った時の里奈と燈色の落胆具合と来たら、実は事前にグラマンと会ってた俺が、なんだか申し訳ない気持ちになってしまう程だった。


「いやいや、照れなくても良いではないですか。お二人と私との深い友情は、声に出さずともわかっておりますので・・・」


「私、ナル男とお友達になった記憶はありません」


 ごるあああああ!燈色お前、何言ってんだ!グラマンの中の人は俺と同じ高2女子で、すげえ人見知りですぐ泣きそうになる超大人しい子だから、そんな事言っちゃダメ!


 それにしてもやりにくい。実明さんは普段通りでと言うが、俺がグラマンにしてた普段通りと言えば・・・。


・うるせえ!

・うぜえ!

・このロールプレイ野郎!


 やだもうマジで帰りたい。考えてみれば、俺も相当ひどい事言ってた気がするぞこれ。なのに、俺と会うのは平気だったんだよなあの子。もしかしてどMですか?


 しかし、グラマンの中身が実明さんであることを考えると、「シャイニングナイト」ギルドの、あのカッコいい紋章をグラマンがデザインしたってのも、なんか納得がいってしまうから不思議だ。


 それはともかく、俺はグラマンの中身が実明さんだと知ってから、とあるひとつの疑問を持っていた。


『なんで彼女は男性キャラを使っているのか?』


 まあ、世の中には色んな人が居るのは知っている。事実、ブラックアースの世界でも、女性キャラが可愛いからと、男で女アバターを使ってる奴もいるしな。でも、実明さんが男キャラを使う、しかもあんな濃いキャラクターである理由が全く分からん。何か理由があるんかね。


*********


 とある日の「屈強な冒険者の集い亭」の2階会議室。


グラマン「遅かったな黒を征する者よ!」


ダーク「あ、うん、ごめん」


グラマン「いえあのだから、普通にしていただけるとその、助かると言うかなんというか・・・」


 うーむ、シュールな光景だ。グラマンの口から語尾に「・・・」とか付くと新鮮だな。まあでも、今日は実明さんの事を知ってる人しかいないんで、そこは勘弁してほしい。


 今日、この会議室に集まったのは「団長」「千隼ちはや」さん「グラマン」そして俺の4人だ。話し合いの内容は、要塞戦に臨むにあたっての細かい打ち合わせだ。


団長「えっと、まず、どこかの要塞に攻めるときは、どっちかのギルドに一時的に加入するんだよね?」


グラマン「そうですな。今回がBMAギルドだったら次回は自由同盟という感じで」


千隼「要塞を手にしたら、防衛の時はどうするの?」


グラマン「それは、要塞を落とした時のギルドが防衛することにしましょう。じゃないと、余計な仕事が増えてしまいますからな」


 などと、どんどん両ギルドの間での取り決めみたいなものが決定していく。


ダーク「ところで、BMAからはグラマン以外に来ないんですか?」


グラマン「ああ、それなら、BMAでは初心者しか募集していないので、私が代表で来た次第です。まあ、慣れたら参加させようとは思っていますが」


 なるほどね。でもせっかくだから、グラマンギルドの人達を紹介してほしかった気はするな。まあ、要塞戦で顔は会わせるわけだし、急がなくていいか。


グラマン「それでは、まず初めに攻める要塞なんですが、私としては『ローザ』を考えています」


ダーク「ええええ!いや、ローザはあんまりでしょ。わけのわからないうちに戦闘が終わりそう!」


グラマン「しかし、やはり強い相手とのバトルは人を成長させるのではないかと」


ダーク「成長前に挫折ざせつするって!」


グラマン「むむむむむ・・・」


 ローザと言えば、カシオペアサーバーNo1ギルド「ブラックアウト」が所有する要塞だ。一度防衛戦を見せてもらったけど、中堅ギルドの攻撃を余裕で退けていたのを覚えている。俺らのような出来立てギルドが対戦したら、勉強どころか、やる気ごと根こそぎ持って行かれかねない。


千隼「まあ、私もいきなりローザっての賛成できないかなあ」


グラマン「むう、千隼殿もですか・・・」


グラマン「その理屈で言いますと、シャイニングナイトと風光明媚ふうこうめいびも難しいと言う事になりますが・・・」


 風光明媚はよく知らないが、千隼さん情報だとブラックアウトやシャイニングナイトと肩を並べるギルドらしいし、シャイニングナイトは言わずもがなだ。


団長「そうなると、コボルト要塞かカルニスクって事になるね」


ダーク「コボルト要塞は、「慣れ」にはなるでしょうけど「勉強」にはならないかもですね」


千隼「正直カルニスク要塞も私達では難しいと思うけど、他の4つに比べたら・・ってとこかな」


 やっぱりカルニスク要塞が、一番の候補になるかな。正直勝てるとは思えないけど、他の要塞だと俺も含めて大勢の人が「自信を喪失」しかねないからなあ。元々多くは無い自信なので、そこは大事にしたい。


 それにしてもカルニスクか。たしか所持ギルドは、


『お兄ちゃん大好き!』


ギルドだったな。


 以前一度だけ見たことがある、ギルドマスターの『お兄ちゃんLOVE』さんは強烈な個性の持ち主だった。お兄ちゃん大好きという、ギルドの名前の由来を質問した、俺の友人でもあり、サーバーに3人しか居ないと言うレベル100プレイヤー「黒乃水言くろのみこと」さんに、


「食べちゃいたいくらいお兄ちゃんが大好きだからです!」


と答えて、黒乃さんと周囲の人達をドン引きさせていたのは記憶に新しい。


 確かに名前はあれだったけど、最近ではずっと要塞を防衛し続けているらしい。俺たちにとってはかなり手ごわい相手だと思う。


グラマン「では、我々のデビュー戦は、お兄ちゃん大好き!ギルドが所持する、カルニスク要塞という事でよろしいかな?」


 もちろん異論は無かった。そういうわけで、BMAと自由同盟によるデビュー戦は「カルニスク要塞」を所持する「お兄ちゃん大好き!」ギルドとの戦いと決まった。


 なんか、ギルド名があれなんで、今ひとつしまらなかったのは仕方ないと思う。

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