戦争ですよ

黒猫くろすけ

第1話

日曜日の昼さがり、暇つぶしに点けていたテレビのゴルフ中継が

急に中断して、アナウンサーが嬉しそうにしゃべり始めた。


「臨時ニュースを申し上げます。本日未明、かねてから進められて

おりましたアメリカとの話し合いが決裂、来月二日、戦争を執り行

う事が決定的となりました。場所、方法については判り次第、随時

お知らせします……あ、もうひとつ臨時ニュースが入りました。若

者に人気のロック歌手豊田アキラ(二十四歳)さんが、大東京放送

のロビーで……」


 寝転びながらテレビを観ていた鈴木さんは飛び起き、顔をほころ

ばせながらキッチンに飛び込んだ。


「おい、お前、やっぱり今度も戦争になりそうだぞ!いや~、俺と

してはもっと早く戦争になるかと思っていたんだが、時間的には大

分遅れたみたいだな。でもいいさ、とくかく戦争になるんだからな」


 奥方は顔色も変えず、午前中から煮込んでいたカレーをかき混ぜ

ながら

「へ~、そうなんですか? ねぇ、お父さん、カレーは中辛にしまし

たからね。だって浩二は大辛だと食べられないって言うんですもの。

私だって本当は甘口の方が好きなんです。だから中間を取って中辛

に。いいですね?」

「ええ~、あれほど大辛にしてくれと言ったじゃないか。俺は大辛

じゃないとカレーを食った気にならないんだよ。お前だって知って

るだろう? ちぇっ、まあいいか。戦争が始まるっていうんならそ

れ位の事我慢しなけりゃな」


 鈴木さんは名残惜しそうに鍋を見ていたが、次のニュースが気に

なるのか、再びテレビの前に急いだ。画面にはゴルファーが谷越え

のセカンドショットを打つところが映っていた。

「ちぇっ、何だよ、まだゴルフなんてやってるのか。だからこの局

はダメなんだ」


 ブツブツ独り言を言いながらチャンネルを換えてゆくと、ニュー

スには定評のあるチャンネル6では特別番組が始まる処だった。

「よ~し、よし、こうでなくっちゃ。おっ! 今日の特別ゲストに

は戦争解説者の伊田が出てるじゃないか。こいつの解説は面白いん

だよな」


 テレビの前であぐらをかき、鈴木さんは熱心に番組を鑑賞し始め

た。

「本日の特別ゲストには戦争解説者としてお馴染みの伊田さんにお

いで頂きました。伊田さん、本日はよろしくお願いします」

「はい、よろしく」

「ところで早速ですが、今回のこの戦争、どういった形での展開が

予想されるのでしょう? 簡単に解説をお願いしたいのですが」

 手馴れた調子で、局の看板アナウンサーが番組を進めてゆく。


「そうですねぇ、今回は何と言ってもアメリカとの戦争ですからね

ぇ、前回のイギリスの時のように、日本のお家芸である柔道といっ

たものでは済まされないでしょうねぇ。まっ、この処日本政府も何

年か前からアメリカとの戦争を想定して、組閣の時にはそれなりの

人選をしていましたから、まっ、面白くなる事は間違いないでしょ

うねぇ」

「ほほう、そうだったんですか。いえ、今年初めの総選挙、そして

組閣の時に理解出来ない人選が何件かあったんですが、そんな含み

があったんですね」


 戦争解説者、伊田は嬉しそうに

「はい、そうなんですねぇ。まっ、今年の初めあたりから、アメリ

カとの戦争は避けられないのが、我々戦争解説者の仲間うちではも

う常識となっていましたから。公にするのには時期尚早というコト

で、かん口令がひかれていたんですねぇ。まっ、もっとも知識人の

間では公の秘密である事も明白でしたが」


 看板アナウンサーはちょっとむっとしたが、すぐに笑顔になると

「ほほう、そうだったんですか、我々はそんな事には全く気がつき

ませんでしたよ。で、知識人の伊田さん、今回の方法はズバリ何に

なるとお考えですか? 政府はどんな展開を想定して組閣を進めた

んでしょう?」

 伊田はフフン、と鼻で笑いながら続けた。

「それなんですがね、知識人であり、また戦争解説者の第一人者と

してのこの伊田の分析によりますと…」

「よりますと?」


 ここでフロアディレクターからのCMに行けという指示が飛んだ。

アナウンサーは作り笑いをしながら

「おっと、ここでスポンサーからのお知らせです。六十秒後に知識

人である伊田さんが詳しく解説してくださるので、チャンネルはそ

のままで!」


 画面にはシチューのCMが流れ始めた。

「何だよ、いい処なのに。まあ、スポンサーあってのこの番組だか

らしょうがないか。おっ、このシチュー美味そうじゃないか。カレ

ーもいいけど、たまにはシチューもいいかもな」

 鈴木さんはタバコに火をつけると独り言を言った。


 シチューのCMが終わると画面がさっとスタジオに切り替わった。

ぶすっとしていたアナウンサーはハッとした顔になると、急に作り

笑いを浮かべ

「はいっ、では早速知識人の伊田さんに解説をお願いします。で?

ズバリ方法はどのようなものが予想されるのでしょう?」

「はい、ズバリ大相撲です!」

 伊田は間髪を容れず、自信たっぷりに答えた。

「はい?」

 看板アナウンサーは一瞬あっけにとられたが、もう一度確かめる

様に

「ええと、伊田さん、何て言われたのでしょう?もう一度お願いし

ます」


 伊田は全くこいつは……という顔をしながら

「だから大相撲ですってば! いいですか?今年の初めの組閣で、

内閣総理大臣が誰になったか、アナタだってそれ位は分っておるで

しょう? 今までノーマークだった斉藤派の斉藤道夫氏が大抜擢さ

れましたよね。これはですねぇ、彼が一番体重があって、なおかつ

大学時代には相撲部の主将も務めた経歴がものをいったんですねぇ。

ほら、本命の山田氏はあの通り痩せっぽちで、何と大学時代はアニ

メ研究会なんて所にいたんですよ。だから彼には何処にも席はなか

ったという訳なんですねぇ。一番要の防衛大臣、それから外務大臣、

みんなどこに特徴があるかよーく考えて御覧なさい」


 伊田はフィリップを持ち出し、なおも続ける。

「この通り、一目瞭然! ね? 防衛大臣は学生時代に柔道をやっ

ていて現在体重百キロを優に越える道長氏。外務大臣はやっぱり元

相撲部の巨漢、内藤氏。ほら、他の内閣の顔ぶれもよく見て下さい?

みんな体重八十キロ以上の堂々たる体躯の持ち主ばかり」

 看板アナウンサーは思わず頷いて

「はぁ、なるほど。そう言われてみればそうですが。でも、大相撲

といえば、柔道以上に日本のお家芸ですよ? それを敢えてアメリ

カが選ぶでしょうか?」


 伊田はく~っと顔をしかめ、

「あのですねぇ、アナタ、失礼ですが、ここの局には強力なコネか

何かで入ったんじゃないですか? でなけりゃここの局の連中の程

度が……いや、失礼、今はそんな事は関係ないですね。ま、いいで

すよ、噛み砕くように説明しますよ。つまりですね、今の大相撲の

現状を考えてみてください。横綱から大関、関脇に至るまで、いわ

ゆる外国人力士が大半を占めてるじゃありませんか。今では誰もそ

んな呼び方はしませんけどね。ね? その外国人力士の中でも歴史

を辿れば、アメリカ国籍の力士が魁だったんですよ。ほら、ハワイ

やグァムはアメリカなんですよ? アナタだってそれくらいはお分

かりになるでしょ? ね? 本家も本家の大相撲だってこんな状況

なんです。だからアメリカが大相撲の本場だと、まあ、そこまでは

いいませんがね。私の情報によりますと、半年ほど前からホワイト

ハウスの中に土俵が設置されているそうです。もうそうなるとアメ

リカが大相撲を戦争の手段にしてもちっともおかしくないでしょ?」

「はぁ……そう言われてみればそうですね。いや、おかしくないど

ころかこれでは日本の立場が危ういんじゃありませんか? では六

十秒のお知らせの後、その辺りの問題、予想される展開など引き続

き戦争解説者の伊田さんに噛み砕くように解説して頂きます。チャ

ンネルはそのままで!」


 アナウンサーは引きつった顔で、それでも口調だけはいつもの柔

らかい調子のまま、テレビ画面はCMに突入した。と、突然アナウ

ンサーが伊田に突っかかった。

「おい! 伊田大先生よ! アンタちょっと言い過ぎじゃないの?

俺の何処がコネ入社なのよ? そりゃ、確かに口は利いてもらいま

したよ? でもね、そんなのはこの世界じゃ常識なんですよ。それ

にこの俺は、この局じゃ知性派のアナで通ってるんだよ! アンタ

ね、テレビだと思って俺が言いたい事を我慢してりゃ調子に乗っち

ゃって。いいですか? この次からはもう少し口に気をつけて下さ

い!」


 伊田はそれを軽く聞き流すと、鼻でフフンと笑った。フロアディ

レクターとプロデューサーがアナウンサーを押さえつけ、ディレク

ターが伊田をなだめ終ると同時に、画面はCMから再びスタジオに

切り替わった。画面には真っ赤な顔のアナウンサーと、そっぽを向

いてる伊田が映し出されている。二~三秒の沈黙の後、アナウンサ

ーが思いっきりの作り笑いを浮かべ、口を切った。


「いや~、伊田さん、先ほどに引き続き解説をお願いします。で、

どういった展開が予想されるかの前に、まずは日本の勝利の可能性

がどれ程かを解説して頂きたいと思います。では」

「だからアンタは……いや、言うだけ無駄だ。あのね、まずはどう

いった展開が予想されるかが先でしょ? それからそれを受けて日

本の勝利の可能性を論ずるのが筋ってもんでしょう。ねえ、みなさ

ん?」

 伊田がカメラに向かって拳を突き上げた。


「そうだそうだ! このアナウンサーちょっと足りないんじゃない

の?」

 テレビの前の鈴木さんも嬉しそうに身を乗り出し、自分の拳を突

き上げた。

「そ、そうですか。では大先生のお好きなように番組を進めて下さ

って結構ですよ? どうせ私はコネで入ったアーパーアナウンサー

ですから」

 アナウンサーはぷいっと横を向いてしまった。横を向いたその表

情は、赤鬼のようだ。

「くっくっくっ、ついに出たか! こいつ、すーぐむくれちゃうか

ら面白いんだよな」

 鈴木さんは、最近人気が出てきた事を鼻にかけ、独立も噂されて

いる看板アナウンサーが伊田に翻弄される姿を見て胸がすっとした。


「ではこのアーパーアナウンサー、いや、失礼、司会のこの人が自

分の職務を放棄されたみたいですので、わたくし、知識人、文化人

であり戦争解説者である伊田が番組を進めてまいります」

 伊田はフィリップを出し、続ける。

「みなさん、これをご覧ください。彼らがアメリカ側の代表とおぼ

しき者、数名です。まずは大統領のケント・ハンソン。先の大統領

選挙の時、まさかまさかの大勝利をあげた怪傑です。体重何と二百

六十八キロの化け物に近いアメリカの野獣ですな。次がこれも体重

二百十五キロの副大統領、ハンス・エリスです。以下、三名は総て

体重百五十キロ以上の大物ばかり。これはつまり、アメリカ側が以

前から日本を次の戦争敵国として、しかも大相撲を戦争の手段とし

て想定していた、という事を裏付けるものですな」


「ふん! そんな事わかるもんか!」

 アナウンサーが茶々を入れた。伊田はそんなアナウンサーを無視

しつつ、続ける。

「ま、大相撲というものは所詮体力が勝負ですからな。というのも

体格が勝負の鍵になるのですよ。ええ、大相撲がいくら技が重要だ

といっても所詮は体力が重要ってことですよ」

 伊田は両手を肩の高さまで上げると、手の平を返した。

「何言ってやがる! それは違うぞ!」


 興奮したアナウンサーは思わずハンドマイクをつかみ、伊田に食

って掛かった。

「あのなぁ、この俺は以前スポーツ実況のアナをやってた事もあん

だよ。そん時、大相撲中継もやったもんさ。結局大相撲ってのはだ

な、大相撲っていうのは……」

「ふっ、まさか心・技・体が重要だなんて決まりきった事を言うん

じゃなかろう?」

 伊田が先を制した。アナウンサーの目が急におどおどし始めた。

「ば、馬鹿野郎! そんなこと言うはずねえじゃねえか。大相撲っ

て奴はなぁ……大相撲って奴は……」

「奴は……なんだっていうんだ?」

 伊田が追い打ちをかける。

「気合よ! 気合が勝負よ! 気合! 足りない身体も相撲の技も、

みんな気合が補ってくれるのよ! そうさ、そうなんだよ!」

 アナウンサーの追い詰められたネズミのような目が、画面いっぱ

いになった。


「ふふん、そこまで言うならここで相撲をとってみようじゃないの!

アンタの気合とやらで、この私に勝てるかどうか、やってみようじ

ゃありませんか。いいでしょ? みなさん!」

 伊田が拳を振り上げ、もうすでに上半身裸になろうとしている。

「おおっ、いいぞ!面白くなってきたぞ。これだから伊田の解説は

面白いんだ」

 鈴木さんはテレビのボリュームを上げ、更に画面に近づいた。画

面には興奮した伊田が、早速ふんどしひとつになった姿と、急遽作

られた土俵、スタッフ達に無理やりふんどしひとつにされたアナウ

ンサーが映っている。


「よう、看板アナウンサーさんよ、アンタの言ってる気合って奴で、

体重九十キロのこの私を倒してみなさいよ。アンタはやっと六十キ

ロという処だから相当の気合じゃないと無理かもしれないがね」

「何言ってやがる! ようし! 勝負したる!」

 二人が仕切って睨み合い、今にもぶつかり合う、という処で臨時

ニュースが入った。

 ふんどし姿のままの看板アナウンサーが、慌てて原稿を読み始める。


「え~、勝負の途中ですが、ただ今臨時ニュースが入りました。政

府はたった今アメリカとの戦争の場所、方法を明らかにいたしまし

た。場所は太平洋上、戦艦カンザスの上。日にちは八月二日。方法

は……」

「大相撲に決まってる! そうでしょ?」

「方法は…政府代表五名による……」

「ほほう、五名による勝ち抜き戦か!」

「綱引きと決定いたしました!」

「はぁ?」 


 ここで画面は【少々お待ちください】の静止画にパッと替わった。


鈴木さんはキッチンに再び駆け込むと、まだカレーをかき混ぜてい

る奥方に

「おい! アメリカとの戦争方法が決まったぞ! 八月二日になぁ、

太平洋上戦艦カンザスの上で綱引きだと!」

「ふ~ん、そうですか」


 奥方はカレーを小皿に取りながら言った。

「ふ~んて、お前、それだけか? アメリカとの戦争なんだぞ?」

「ねえ、アナタ、ちょっと味見をしてくださらない? 甘過ぎたか

しらね?」

「お前ね……うん、ちょっと甘すぎるな。もう少しカレー粉を入れ

てくれよ。うん、それ位入れてくれなきゃ。処で八月二日に……」


「そんなことはどうでもいいんですよ」

 奥方は自分も小皿のカレーの味を見ながら続けた。

「だって政府のお偉方が勝負を決めるんでしょ? それに直接私達

の生活には何の変化もないんですもの。どっちが勝ってもいいんで

すよ。あ、そうだ、今のうちに国籍を日本からアメリカに換えてお

きましょうか? こんどはどうやらアメリカが勝ちそうなんでし

ょ?」

「おいおい、確か家は今カナダ国籍じゃなかったか? 日本だった

のは一昨年だったろう? それにアメリカが勝ちそうだってどうし

てわかるんだ?」


 奥方はふふっと笑いながら

「嫌だわ、アナタ。そんなの女性週刊誌じゃ二ヶ月前から載ってる

わよ? え~っと、ほら、これ。ね? 今アメリカ国籍がトレンデ

ィ!」

「ふ~ん、そうなのか」


 少し寂しい気分になった鈴木さんはテレビの前に戻った。画面に

はアナウンサーがスーツ姿で映っており、戦争解説者伊田の姿は何

処にも無い。その代わり別の戦争解説者である山田が満面の笑顔で

映っている。

「処で山田さん、この綱引きという方法はどうなんでしょう? 日

本は果たしてアメリカに勝てるのでしょうか?」

 アナウンサーの嬉しそうな声が響いている。


「ああ、解説者が変わったのか。こいつのはあんまり面白くないん

だよな」

 鈴木さんはチャンネルを元の局に戻した。画面にはグリーン上の

パットを打つ場面が映っている。


「おお、ちゃんと芝目を読んでから一発で決めろよ!」

 鈴木さんは横になりながら、また元の様に暇つぶしにゴルフ中継

を眺め始めた。カレーのいい匂いがこの部屋にも立ち込めてきた。


「今夜は大辛じゃなかったが、この次は戦争をしてでも大辛のカレ

ーにさせちゃうからな」

 鈴木さんはそう呟くと、テレビのゴルフ中継をさっきよりも真面

目に鑑賞しようと決めたが、ふと

「そう言えば、戦争では何一つ決めることは出来ないんだったな…」

 そう思い直して、暫くはどうしたら大辛のカレーが食せるかを考

えていた。

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