邂逅1
金色の光が揺れる。
名を呼ぶ声がする。
とても懐かしくて、あたたかい声。
だけど、知らない。
この声の主の顔も名前も、なにも。
ただ、懐かしいとだけ感じるのだ。
懐かしむ情があるのだから、きっと忘れてしまったのだろう。
彼の顔も名前も、なにもかもを。
思い出したいという衝動が全身を震わせる。
けれど、途端に心の隅の方からちりちりと灼けるような痛みが走るのだ。
思い出そうと強く願うほどに、その痛みは全身を包み込む。
渇望と痛みに身をよじれば、ぽとりと一粒の涙が落ちる。
けれど涙がぱたぱたと降り始めの雨のように落ちても、身を焼く炎を消すにはあまりにも頼りなくて――。
* * *
《――ラ!》
名を呼ぶ声が、脳に直接くわんと響いて、唐突に意識を浮上させた。
左腕と背中がじぃんと鈍く痛み、背中は歪んだ木に軽くめりこんでいることを認識する。
ずるずると崩れ落ちながら、痛みは曖昧な意識を急速に現実に引き戻す。
慌てて目を開けると、すぐそこに手負いの地竜が一匹、苛立たしげにハンマーのようなこぶのついた尾を振っている。
岩盤のような鱗に覆われた巨体から伸びる尾をいまにもふりおろそうと高々と振りあげ――
(夢なんか見てる場合か!)
自分を叱咤し、落としかけていた槍を握りしめると、降り下ろされる尾を右に転じて避ける。
体を起こして返りみればさすが力自慢の地竜だけに、軽くいなす雰囲気の動きにも拘わらず、先程寄りかかっていた木は根本から折れ、小さなクレーターが出来上がっている。
《森羅しんら、大丈夫?》
《弾き飛ばされて一瞬気を失ってたみたい。双樹そうじゅ、心配する暇があったら一秒でも早く来て!》
場違いにも朗らかな子供の声が頭の中に直接響くが、姿はない。
竜同志の思念による会話だからだ。
声の主である双樹は今頃数キロ先の空を全速力で飛んでいるのだろう。
《5分あればつくよ。けどさ、僕を待たずにそいつにちょっかい出したのは森羅じゃないか》
《こっちに集中するからもう話しかけないで!》
ぶつぶつと文句をいう声を強引に頭から追い出し、目前の竜へと意識を切り替える。
『……大丈夫、私は敵じゃない』
猛々しい地竜は、唐突に竜の言葉で穏やかに話しかけられて明らかな困惑の色を見せた。
どれだけよく見ても、目の前にいるのは槍を持った人間の姿にしか見えなかった。数時間前に、数キロ離れた地で地竜を傷つけた人間と同じにしか。
『なぜ、竜の言葉を話せる?』
人に竜の言葉が理解できるはずはない。
まして、話すことなどできるわけがない。
その戸惑いから、思わず地竜は問うていた。
森羅はやはり流暢な竜の言葉で答える。
『事情があってこの姿をしているが、竜族のはしくれだからだ。だからどうか、その傷を手当てさせてくれないだろうか』
『――私に触れるな!』
地竜は歩み寄ろうとした森羅を威嚇し、牙を剥いた。
当然、竜の言葉を話せるからと言って、いきなり信用できるわけではない。
『大丈夫、敵じゃない。その傷は放置してはいけない』
森羅は穏やかに繰り返しながら、槍を捨てた。
そして、穏やかにほほえんだ。
『……傷を見せてほしい』
『触れるなと言っている!』
地竜は得体の知れない奇妙な人間を薙ごうと前足を振り上げた。
けれど人間は武器を取ることもせず、ただ両手を広げて微笑み続ける。
『仲間である証を見せよう――』
まるで目眩がしたようにぐらりと空気が揺らいだように見えた。
――刹那。
ぎぃん、と耳障りな大音量の剣戟が響きわたった。
(――弾、かれた……?)
地竜は一瞬、前足が意図した場所――人間がいた場所ではなく、降り下ろす前の位置にある意味が理解できなかった。
ビリビリと足に残る感触から、弾かれたのだと理解が追いついてくる。
意識を足から人へと戻すと――人間がひとり、増えていた。
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