騎士競技会1


「競技会?」


 サラは茎の下のほうについた余分な葉をちぎり捨てる作業の手を止めて、くるりと丸めた若草色の瞳を私に向けた。


「そう。無事に予選は勝ち抜けたから、本戦の応援にきてくれたらと思っているんだけど」

「……シオン、騎士だったの?」


 通常、貴族に生まれた男子は政治に携わる文官になるか国を守る騎士になるかのどちらかで、私は父である領主の補佐官をしているので基本的には前者だ。但し、自分の守りたいものを自分の手で守れる程度の技量は身につけておけという父の意向で幼い頃から剣も馬術も鍛錬を欠かしたことはない。


「武術は趣味だけど。王に誓いを立てた騎士でなくても、準ずる立場の者でも出場できるから力試しにって毎年出てるんだ。予選だけなら去年も抜けたんだよ」

「……趣味……って。予選を抜けられるのは幾千もいる騎士団の中でたったの24人だって聞いたことがあるわ」

「最近の騎士は怠けてばかりだから予選通過くらいなら楽勝なんだよ。サラが応援にきてくれたら今年は優勝できそうな気がするんだけど」


 かつて英雄が興したことから武勇を誇りとするこの国で例年国内最強の騎士を選出するために開催されるのが競技会だ。

 その誉れある優勝者は、その場で王にどんな願いでも望み出ることが許される。

 正式に授与されるのは審議を経た上なのだが、およそ王権を揺るがすような願いでもない限りは優勝者の意向が尊重され、国の宝物庫の品でも地位でも強請ることができる。

 宣言すると反対されそうだから実際に優勝するまでは黙っておくつもりだが、ならばサラに一代限りでも爵位を与えてもらうのはどうかと考えたのだ。過去には実際上位の爵位を賜った例もあるし、おそらく問題なく授与されることだろう。

 だからこそサラには是非とも優勝の瞬間を見守ってほしいと思ったのだ。


「……ごめんなさい」


 けれどサラは寒さをこらえるように自分の体を抱き、ひっそりと目を伏せた。


「競技会の日は忙しいし……それに、人が傷つけあうのを見るのは苦手だから」

「あ……そうか」


 一人で勝手に盛り上がっていた熱が、さっと音を立てて引いていくのを肌で感じる。

 試合ならば一方的な暴力とは別物だと思っていたが、そんな理屈はきっとサラには無意味なのだろう。

 またも失敗したことを反省し、殊勝にうなだれる。


「わかった。応援は諦める」


 その一言だけでサラの表情が緩んだから、その手を取る。


「でも、仕事が終わったら城にきてくれる? 祝勝会に招待するから」

「……祝勝会……もしかして、またドレスを着るの?」


 そのつもりだったのだが、確認するサラの口元がひきつっているから、それも一考を要するようだった。




     * * *




 騎士競技会は一年に一度、王都の郊外にある闘技場で開催される。

 その賑わいと言えば王都ばかりではなくリュイナールにも影響を及ぼすほどの一大行事だ。

 よっていつもは朝と夕方だけ市が立ち、私は基本的にそのうちの朝市にだけ店を出すのだけれど、その日は一日中市場は畳まれず、人足が絶えることもない。例年、激励の花束や勝利を祝う花束の予約がいっぱいで、当日も駆け込み需要がひっきりなしの書き入れ時だ。

 イグナス家御用達の箔がついた今年は事前に例年をはるかに上回る注文が殺到し、一部断らざるを得ないほどだった。

 駆け込み需要の対応は昼を過ぎても息をつく暇もないほどだが、流れてくる噂話ではシオンは決勝戦まで勝ち進んでいるらしい。

 道行く人々が普段の嘲笑など忘れてシオンが褒めそやしているのを聞くのは、ほんの少し誇らしく思えて、疲れなど感じないままに時間が過ぎていく。

 そして、昼下がりのことだった。

 いくつか受け取り待ちの花束を残すだけで完売状態の店の中、最後に帰ってきたシオンに贈る祝勝の花束を――優勝だろうと準優勝だろうと別に構わない――作っていた時だった。

 一台の馬車が城に向かって目抜き通りを疾走していった物音とつむじ風に、顔を上げる。


「ちょっと、サラ!」


 悲鳴まじりにソラさんに呼ばれて店の外に出ると、尋常ではない速度で走り去っていく馬車にイグナス家の家紋である濃紺に白いユリの紋章掲げられているのが見えた。


「坊ちゃんになにかあったんじゃないのかい?」


 胸騒ぎに、肌が粟立つ。

 バクバクと脈打つ心臓が飛び出てきそうで、口元を覆う。


「行っておいで! 片づけや残りの仕事なんて私達でやっとくからさ」


 声をかけられ、真っ白になっていた頭が鈍い動きを取り戻す。落ち着かせようと胸を押さえ、店の奥に足を向ける。


「……自分で片づけてから、行く」

「サラ!あんたって子はどうしてそう……!」

「まだ、シオンになにかあったって決まったわけじゃないもの」


 自分に言い聞かせるように言うと、ソラさんは押し黙った。足が震えていてぐらりと体が傾いだがなんとか持ち直し、ほんの数歩の店の奥にようやくのていでたどりつく。

 シオンに贈るはずだった作りかけの花束に伸ばした手も、震えていた。とても続きが作れそうにはなくて脇に寄せ、心許ない手つきと足取りで店仕舞いの用意をしていると、今度は城から迎えの馬車がきた。


 シオンは準優勝を飾ったものの怪我を負ったので見舞いに駆けつけてほしい、と。


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