応報1
子供達がきゃあきゃあと賑やかな声をあげている。
シオンが木片を持った男の子たち数人を相手に英雄ごっこを――もちろん、英雄は子供達の役目だ――している声だ。
城で本物の剣術を学んでいるシオンに子供達がいくら本気で束になってもかなうはずなどないのに、悪役っぽいセリフを言いながら鮮やかに棒を振ってあしらったり最後にはうまい具合に負けて花を持たせてあげるのも
「坊ちゃん、意外と子供の扱いがうまいよねぇ」
それを眺めていたソラさんが感嘆の息をもらすのも頷ける。
ちゃんばらに限らず、絵本の読み聞かせも上手だ。しかも城から豪華な装丁のものを持ち出してきたりするから子供たちから頻繁にせがまれている。それらに嫌な顔ひとつせず――むしろ乗り気で――付き合ってあげる姿が微笑ましかった。
彼らはいずれ、よく遊んでくれたお兄ちゃんが領主になって驚くのだろうと思うと複雑だけれど。
「シオン様は昔っから子供が大好きなのよ。特によちよちしてるくらいの小さい子が大好きでね。アゼル様やセオス様がご家族で帰郷される度に、すごく甲斐甲斐しく甥ッ子達をあやしたり遊んであげたり。自分が子供っぽいからちょうどいいんだろうっていっつもアゼル様とセオス様に笑われてるわー」
ソラさんの店で林檎の品定めをしながら半眼の溜息混じりに答えたのは、買い出しに来ているイグナス家の侍女(メイド)・ティナだった。
シオンが家族の名前に挙げた一人である彼女はシオンの乳母ユマの娘で、乳兄弟として一緒に育った環境からか、シオンに対する言動には今でもわずかばかりお姉ちゃんのような雰囲気が滲む。
私は侍女ではないけれど、制服を借りている都合上それに準じた立ち振る舞いを覚える必要があるから、その教育係も任されている。だから、城の使用人の中では最も身近で話しやすい友人でもあるのだけど。
「ふぅん、そのわりに意外と奥手だねぇ」
「んー……ヒース様の躾もあるんだろうけど、理想とか憧れが強すぎるお年頃なのかしらねぇ」
ソラさんとティナの視線が、手に取ったリンゴの色や傷などを確かめつつもちらりと私に向けたことに気づいて、思わず固まる。
「……え?」
ソラさんは「おっと」と口元を隠して明後日の方をみたが、ティナは容赦なく呆れ果てた表情を浮かべた。
「『え?』じゃないわよ。サラちゃん、みんなが本気で信じてると思ってたの?」
「え……えぇー……?」
うっかり素で狼狽えてしまった。
「あんな宣言するくらいだから最初は疑わなかったけどねぇ。あんた達、どう見たって恋人っていう雰囲気じゃないからねぇ……」
「シオン様の片思いよね、完全に」
ソラさんは頬をかきながらぽそっと遠慮がちに、ティナは容赦のない追い打ちをかける。
「サラちゃん、子供じゃないんだから。本当に同禽した恋人同士がその後何ヶ月も市場みたいな人がごった返してるところで世間話してるだけとか、ふたりで街を出たかと思っても手足泥だらけとかマメ作って帰ってくるなんてありえないわ」
びし!と私の目の前に人差し指を突き立てたティナの勢いに、思わず一歩身を引いてしまう。
「……え。そ……それは……あの、時間がない、だけで……」
「サラちゃん。あのね、恋人との時間ってのはね、なかったら作るものよ」
ずばりと言い切られ、目から鱗が落ちそうだった。
「あなたのそういうところが、バレバレの要因よ」
ぱちくりとゆっくり目を瞬かせる間にも、ティナは両手を腰に当ててずいと顔を寄せてくる。
「サラちゃんはもっとシオン様のそばにいたいと思わないの? 無理して5分でも10分でもふたりきりの時間を作りたいとは思わないの?」
(――いたい。そばにいたい、けど)
勢いに乗せられて口から滑り出てしまいそうになった言葉を、ぎゅっと両手を握り込んで飲み下す。
(だけど……)
シオンの姿を眺めるだけでも日溜まりでうたたねをしているような温かいな気持ちになる。声を聞けば、笑顔を向けられれば、心臓が暴れる。
だけど、同じだけ、あるいはそれ以上に、怖い。
視線を合わせないでいると、ティナは肩を落として深々と遠慮のない嘆息をこぼした。
「普通なら恋に恋して、周りが呆れてても気がつかないくらいにふたりの世界作っちゃうような年頃なのに、あなた達はどうしてそう――……」
ティナは頭痛を堪えるように頭を抱え込み、言葉の続きを飲み込んだ。そして、唐突に逃げないよう私の両肩を捕まえてずいと顔を寄せた。
「いいこと、思いついたわ」
にんまりと、怖いくらい満面の笑顔に、なんだか嫌な予感がした。
「月に1回とか週に1回とか、定期的にシオン様のお部屋に泊まりに行けばいいのよ。そういえば今度シオン様の誕生会をする予定だから、ちょうどいいわ。みんなには私から話を通しておいてあげる」
「え……えぇえぇぇっ!?」
こともなげに言い放たれたティナの命令に、頭が音を立てて爆発してしまったような感覚がして、素っ頓狂な声が上がる。
「あらあら、サラちゃんはシオン様のお手つきなんでしょう? 今まで来なかったのがおかしいのよ」
猫のように意地悪に細められた目にけおされて、言葉が出ない。けれど、ふっとシオンの背に視線を送ったティナの横顔は、どこか寂しげに見えた。
「別に、なにをして夜を過ごすかはあなたたちの勝手よ。でもとりあえずそれで面目は立つでしょう?」
ティナは一度軽くまつげを伏せ、続いて私をまっすぐに見据えた。
「今はまだみんな不思議に思ってるくらいかもしれないけど、でも今のままじゃいずれバレるわ。それじゃあシオン様があまりにも報われない」
ティナの言葉は深く胸に刺さり、棘のように抜けずに残る。
市井の娘に熱を上げる酔狂。
悪女に騙されている愚か者。
シオンはそんな陰口を叩かれ嘲笑されることを、ただ私を守るために甘んじて受けている。なにひとつとしてそれに報いることもできずに甘えてばかりいるうえに、彼の努力が無駄になるなんて――
「……うん、わかった」
決意を秘めた胸に手を当てて、ゆっくりと息を吐きながら頷いた。
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