おちのない部屋

えるむ

あるチャットルームでの話

元カノが、妊娠したかもしれないと呟いてた。


俺は一度も彼女と体を重ねたことはない。


驚きもしたけど、少し嬉しかったし、モヤモヤとしたものもあった。


ただ、俺は今後の人生で彼女と関わることは二度とないと思う。






そんな彼女の話をしようと思う……させて、下さい。



俺が彼女と付き合ったのはまだ俺が関東に住んでいたころの話。


その時彼女はまだ高校生だった。


そして受験生でもあり、薬学部を目指すと勉強を頑張っていたんだ。


出逢いはネットの掲示板。


『誰か暇なら話しませんか?』


それに食いついたのが彼女だった。


当時はもう働いていた俺は、女子高生が来たことに心の底から驚いていた。


話題などない。


ただ、彼女はそういう不安を全部吹き飛ばしてくれた。


彼女に誘われ、ネット上で同じゲームをして遊んだ。


MMOとかFPSとかではなく、リバーシやパズルゲームを一緒にやるといったものだ。


そのうちフリーホラーゲームを一緒にやるようになり。


その当時流行っていた、最近では映画化までされたゲーム。


それを一緒に謎解きしながら、毎日のようにやるようになった。


彼女が操作し、俺が謎解きしながら指示を出す。


すごく楽しかったのは今でも覚えている。


そういう日々を過ごしていた。


『好きな人とかいないの?』


幾分か気安くなった間柄になれたので、話題のひとつ……くらいに考えて聞いてみた。


『好きな人はいるけど……たぶん眼中にないと思う』


彼女はそんなことを言っていた。


『マジかー! 大丈夫だって! 応援するからっ!』


そのときは本心でそう言ったと思う。


彼女に好かれるなんて、幸せなヤツもいたもんだ。


うらやましい、と。


『うーん……ありがとう』


彼女の曖昧な返事を聞いて、少し不思議に思っていた。


ツイッターもお互いにフォローしてたし、ネットで会話やチャットをする毎日。


彼女のつぶやきも普通に目に入ってくる。


好きなヤツのことに関しても結構呟いてた。


すごくそいつのことを気にかけてるなー、という印象だった。


俺なんかほっといてそいつと話せばいいのに、とも思った。


それと同時に一緒にゲームしてて楽しい時間がなくなると思うと、少し寂しさもあった。


仕事が終わってほぼ毎日、一緒にゲームをしてた。


新しいゲームを探して、それを通話しながら攻略して、パズルゲームで対戦して……。




そこで、本当は考えないようにしていた、あることに気付いた。




受験生である彼女は勉強もしてたし、それ以外の時間は俺が占有してるんじゃないか?


だったら好きなヤツとはいつ話してるんだろう? まさかね……。


『好きなヤツって学校の人なん?』


『いや、全然。学校の男子はガキっぽくて……』


『ふーん……そうなんだ』


『……うん』


好きなヤツの話になると、饒舌だった彼女の口数が途端に減る。


ただ、ここまで態度があからさまだと俺でも気付いた。


『あのー……もしかして、違ったらごめんね? その好きなヤツってさー……俺?』


『…………』


『……あのね、否定しないってことは、YESってことなんだけど……』



『なんで分かったのー!?』



お互いまだ会ったことがない。


顔すらみたことがない。


一緒にゲームをやるだけの関係。


その状況で好きになってくれるとは想像もしてなかった。



真面目に向き合おうと思った。



次の土曜日に会ってみよう。


その言葉がすぐに出たのは自分でも驚いた。



もともと会う気も無くて住む場所なんて気にもしてなかった。


ただ、調べてみると三駅離れているだけ、という事実に驚いた。


そして土曜日、俺は初めて、待ち合わせの駅で彼女と会った。


小さくて可愛い女の子がそこに居た。


画像は事前に見せて貰っていたが、実物はもっと可愛かった。


「はじめまして」


「はじめ……まして」


緊張しているのが見てとれたので、どこか店に入ろうということになった。


対面に座って話す彼女は、いつも通話している時とは様子が違った。


ぎこちない会話が続く。


視線すら合わせてくれない。


「人の顔見るの、苦手……」


彼女はそう言っていた。


ネットでは顔を見ずに済むので、普通に話せるらしい。


そういうもんだと納得して、ゲーセンで少し遊んでその日は終わり。


別れ間際に、


「付き合ってください」


と自分から伝え、晴れて彼氏彼女の関係になった。


帰ってから通話した時の彼女はすごく嬉しそうだったと思う。



その日以降も一緒にゲームをする日が続き。


デートを重ねた。


デートはほぼカラオケ。


一緒に歩いてるところを見られるとマズイと何故か思っていたからだった。



彼女からいろんな話を聞いた。


家族のこと、母子家庭で母親と母親の彼氏と同棲していること。


母親が大好きなこと、実家の犬も大好きなこと。


薬学部を目指して勉強していること。


受験生なので勉強に集中したいと思っていること。


母親の彼氏があんまり得意ではないこと。



日にちが進むにつれ、彼女と会う頻度は減っていった。



受験生だから、勉強の邪魔はしちゃダメだ。



そう考えるようになっていった。


それでもたまに会ったりはしていて、学校帰りにショッピングモールに行ったり。


花火大会に一緒にいったり、学園祭に呼ばれたり。


今考えると、自分から誘ったことはあまりなかった。



『ネットで通話もゲームも禁止にする』



勉強に集中したいから、と彼女はそう言っていた。


そして、話す機会もだんだんと減っていき、メールも減っていった。


たまに電話を掛けることはあったが、よそよそしかったかもしれない。


好きな映画があったが一緒には見に行けず、チケットだけをもらった。


体に少し触れようとしたら、全力で逃げられた。


少しずつ、様子が変わっていた。



そんな中、十二月の上旬を迎えた。



<クリスマスどうする?>



そういう内容のメールを送った。


返ってきたメールを見て、驚いた。



<私が今どんだけ頑張ってるか分からないの? そんな人とはもうお付き合い出来ません>



彼女は追い詰められていた。


好きなゲームを我慢し、ストレスのはけ口が見つからないまま日々を過ごしていたのだろう。


自分は全然それに気づいてなかった。


話を進めていくと、



俺自体を嫌いになった訳ではない。


ただ、男の人がどうしてもダメになった。



と彼女は言っていた。


彼女の母親の彼氏に風呂を覗かれそうになった。


という話を過去に聞いていたのを思い出した。


そういう人間と毎日顔を合わせて生活していることも俺は知っていた。


でも、何もしなかった。



何もかもが手遅れだった。



とりあえず時間を置いて、また話そう?


入試が終わったら連絡するから、それまでは……


そういう話にして、メールは終わった。



それからはもうあっけないもので。


入試が終わってから彼女の携帯に電話をしたら繋がらなくなっていた。


ネット上での繋がりのほとんどが切れており。


俺は彼女の声を聞くことはもうなかった。


ただ、ツイッターではまだフォローされているらしかったが、そのアカウントはもう使われていなかった。


そして、完全に彼女との関係は終わった。



そして今、


ツイッターでフォローされたままのアカウントは未だにその状態だった。


なんとなく、そのアカウントを検索にかけてみたら、語尾だけ違う別のアカウントが出てきた。


それも鍵がかけられており、別人かもと思いつつ、悪ノリが進む。


鍵つきのアカウントというのは、つぶやき自体は見れない。


ただ、鍵つきじゃない人の発言は見ることができる。


それで検索を掛けてしまった。



気持ち悪い、ネットストーカーかよ。と思いながら。



そしたら、今の彼女の様子がだんだんと見えてきて、冒頭の話に繋がるという訳だ。



男性恐怖症だった彼女が妊娠の話をしていたのに驚いた。


今の彼氏が浮気をしているかもしれないという話をしていた。


いまだにネットで通話をしている話をしていた。


好きなジャンルの音楽の話をしていた。


家出の話をしていた。



大学の話をしていた。



今の俺にはもう何もできないし、その必要もない。



というかもう関わっちゃいけない。



そんなのただ気持ち悪いだけ。



ただ、彼女が本当に勉強して、大学に受かっていたのが心の底から嬉しかった。



単純な感情ではなく、いろいろ心の中でモヤモヤしていたので、ここで吐き出したいと思ったんだ。






>>【ごめん、繋がってるの気付いてなかったよ】


>>【というか、もう彼女とは関係ないんでしょ?】


【いたの?w】


【うんうん】


【その通りだよ、彼女が幸せになろうがそうでなかろうが、俺にはもう関係ない】


【ただ、このモヤモヤした気持ちをどこかで吐き出したかったんだと思う】


>>【こういうことは他の人も経験してることだし、あんまり気にしなくていいと思う】


【うん、ありがとう】


【吐き出せて、少しスッキリしたよ】


>>【それはよかった】


【聞いてくれてありがとね】


【自分ひとりしか居ないと思っていたから、本当にびっくりした】


>>【まぁ、そういうこともあるよね】


【そうだね】


【じゃあ、この辺で。ではでは……】


>>【じゃあの】



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