第7話

「バカなことをするなぁ。君達は」

 風見さんはそう言うと困った顔をしながら怒った。

「すいません」

「指紋が出て、逮捕状につながったから良いものの、あのとき、うちらがあそこに行かなかったらどうなっていたか分からない」

 あの日。

 僕は赤い花弁を見た記憶が残る場所に行った。

 確かに紫陽花はあった。

 あの社員寮跡地に――あの場所に。

 アパートの用具入れから持参したスコップで掘り起こした。紫陽花の周辺を当たり構わず掘り返し、――出てきたのは空のアンプルと注射器だった。その日のうちに僕は風見さんに連絡を取っていた。警察の指示に従った。橘音は僕が掘り起こしに行っている間、ハイドラジア・ライフ・エネルギーのウェブサイトのページを見ながら、インチキだの、出鱈目だの――怒りが収まらなかったらしく、『突撃だ』『インチキの話を聞きに行きたい』と興味や怒りを通りこした次元に入っていた。アンプルなどが出てきた話も橘音には、興味が無い様子でゴミじゃない? の一言で片付けられてしまった。

 結局、夜半過ぎに翌日二人で行く話と簡単な、今思えば簡単すぎる段取りだけで例の場所に向かったのだった。

 ――サチエさんがハンカチでアザになっている僕の頬に当てる冷えた布を持ってきた。

 風見さんが言う。

「あそこから出てきたのは、麻酔薬、チオペンタールナトリウムのアンプル。アンプルが割れていたり、中がまだ入ったのも混じっていました。あれは、ペーハーでいうところのアルカリ性、アルカリ性のチオペンタールが雨で広まって、紫陽花が吸い上げてそれで赤い色になっていたのかもしれないですね」

 南方のマンションでみんな揃っていた。

 風見さんが手帳を取り出し、それを見ながら話し始めた。

「どうやら、チオンペンタールは宗教儀式の一環で用いていたようです。実際に使用された方もいたそうです。麻酔薬の用途以外にも、以前にも別の宗教教団の敷地内から出てきたことがあるんです。――薬を使って、朦朧とした意識の中自白剤のように用いたり、教義の刷り込みなどの用途に使っていたと思われます。事件後処分するのに困りあの場所に埋めたようです。それから、殺された――難波さんは、あの家元の妹だったようです」

 いもうと? 僕は思わず口に出していた。

「そうです。妹です。物静かな性格の難波さんは若い頃に年配の男性と結婚して苗字が変わっていたようです。子供をもうけて離婚しましたが、子供の苗字を変えたくないということで苗字を戻さずに居たんです」

 ――人に歴史アリと思った。。

「その後、離婚した旦那と兄――家元さんですね、この二人で殴り合いのゴタゴタがあって、家元さんは一度傷害事件として扱われて逮捕されています。指紋はこの時に取られたものですね。その後に今のセラピーの事業を始めたそうです。――離婚後、一層塞ぎ込みがちな妹のためにと、あそこの宗教対象は紫陽花なんです。紫陽花は『深い愛情』や『家族の結びつき』を象徴するそうです。花言葉に『元気な女性』というものがあり、これもまた家元が気に入っていたようです」

 矛盾してるのよねぇ、とサチエさんが言った。

「紫陽花って花言葉は『移り気』『冷たい人』とも言われるのよ。ころころ色が変わるからね」

 風見さんはうなづいた。

「そういう意味もあるようですね。逆にそれが良かったようです。あの兄妹は過去の思い出を変える必要があったんです。未来を変えようとする意思。そこもまた振興対象として適していたようです」

 ――みなさん、紫陽花の花のように変化しましょう。そんな話でもしていたのだろうか。

 風間さんは続けた。

「そして――妹の難波さんは自分のためにと兄が始めたセラピーの事業も次第に内容が変わりだしていることが気に入らなかったようです。自己の暴露という第一段階の過程において、資産家や企業内での役職者はここで、別のルートにふるいにかけられていたようです。チオペンタールを使って更に揺さぶり――様々な特殊な情報を聞き出して、その後にそれをタネに金銭を要求するなど、一言で言えば|強請ゆすりですね。そうした側面があったようです。自分の社会的地位を守るため、被害届も出せない状態に置かれていた方も多かったようです。そうした中、妹さんは兄のセラピーの運営の資金を持ち出したそうです」

 お金――。

「一人で別の場所で暮らすためだったそうです。火曜深夜にお金を持って荷造りをしているところを兄に見つかって口論になり、そして殺害されたという顛末だったようです。チオペンタールを用いていたのは少しでも苦しまずにという思いで使用したそうです」

 その――難波さんの子供は――? と橘音が聞いた。

「会ったはずですよ。受付の娘です」

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