第5話 星流し ver.1.0(完結)

星流し


 法務大臣はある問題を抱えていた。この国に増えすぎた囚人たちを持て余していたのだ。刑務所に収監される犯罪者は年々増える一方で、一向に減る気配がない。数十カ所にある刑務所はどこも囚人でパンパンになって溢れそうだった。早急に対処しなければ、新しく刑務所を建てるしかなく、借金を抱えているこの国にさらに痛い出費をさせることになる。

 解決策は何かないかと一日中考えていたところに、あるニュースが耳に入ってきた。


『ノーベル賞が確実と言われる研究が発表されました。我が国の量子力学の権威であるタイター博士が、空間転移装置を開発したとのことです。ただし、転送先はある程度制御できるもののまだ不確定であり、実用化は当分先になりそうです。』


 ある程度、制御できる。と聞いてあるアイデアを思いついた法務大臣はタイター博士にコンタクトを取ることにした。


「もしもし?」

「はいこちらはE研究所でございますが。」

「法務省法務大臣の、ジョン・マクフライと申しますが、タイター博士はいらっしゃいますか?」

「あ、それは私のことですが、法務大臣がこの研究所に一体何の用です?」

「えー、この国で、急いで解決しなければならない問題がありまして。えー、少し空間転移装置について聞きたいことが、ありまして。」

「その様子から言うと、大変お困りのようですね。私でお役に立てるかどうかわかりませんが、どうぞ話してみてください。」


 法務大臣は今この国で起こっている刑務所の収容量の問題と、空間転移装置のニュースを聞いたときに考えついたアイデアを話した。博士の反応は、


「なるほど、面白いことを考えますね。ええ、理論的には人間の転送は可能です。すでにモルモットの転送は成功していますから。しかし人間で実験するわけにはいかず、私も困っていたところです。ご協力しましょう。」


 それから、首都の刑務所に研究所が併設された。タイター博士指導のもと、空間転移装置が作られたのだ。




「囚人番号0053番、前に出なさい。」


 過去に無期懲役の判決を下された囚人はしぶしぶ前に出た。


「お前をこれから『星流しの刑』に処す。」


 そう聞いて、囚人は驚いた。


「なんだ。俺は無期懲役で一生ここにいるんじゃないのか?それに、星流しとはなんだ。島流しではないのか。」


 その疑問にタイター博士が答える。


「刑は変更された。君にはこれから、この空間転移装置で地球以外の星に行ってもらう。」

「そんな馬鹿な!息ができなくて死んでしまうじゃないか!」

「いや、この空間転移装置には設定項目があってね。正確には『地球以外の座標の、地球と同じ成分の大気がある場所』だ。まぁ何がいるかわからないが、例えば恐竜、とかね、でも強盗殺人を犯した君なら生き残る確率も高いんじゃないかね。」

「あんまりだ!人権侵害だ!」

「悪いがもう決まったことだ。この国の囚人過多の問題を死刑以外で解決するにはこれしかなかったのだよ。今日から君は自由だ。」

「おいよせ!ここから出せ!」

「そう焦らなくても、すぐに出ることになる。」


 かくして、星流しの刑が人類史上初めて執行され、全世界から注目を浴びることになった。増えすぎた囚人の数を減らすためにその空間転移装置は稼働し続けた。他の星に行けるのなら、囚人以外も送ったらどうかという意見が出たが、転送先は依然確定することができず、どんな星に出るかわからないということで一般人に対して使われることはなかった。わかっているのは転送先が『地球以外の座標の、地球と同じ成分の大気がある場所』であるということだけだった。送った後に囚人がどうなろうが、世間は気にしなかった。元々、重罪なのだ。死ぬまでの間、自由になれるのだから良いだろう。しかも、運が良ければ資源の多い星で豊かに暮らせるかもしれないのだ。その結果、囚人の数はだんだんと減っていき、囚人過多の問題は解決された。


 あの初めての星流しの刑から60年後、タイター博士はまだ刑務所に併設された転移装置研究所にいた。髪の毛はすっかり白色になり、白ひげも生え、シワも増え、すっかり老年の博士といった風貌だ。ここは、『星流しの刑』ができる数少ない場所であり、それはつまり、人体実験のデータを取ることができる貴重な研究室だった。その最先端の研究所で、最新の延命措置により、タイター博士の脳の機能は現状を維持しており、今も現役で研究を続けていた。しかし、一方でここ50年で地球環境は悪化し、大気汚染が酷くあまり外に出ることはなくなった。その中でも、この研究所の空調設備は優秀で現在も60年前の環境を維持しているので、そういう意味でもここは博士のお気に入りの場所だった。

 研究の合間にコーヒーを飲みながら、数々の賞状やトロフィーを眺めて、タイター博士は悦に浸っていた。


「あれはノーベル賞をもらった時のもの、あれは法務省から貰ったお礼の賞状だ…」


 過去の感傷に浸るのは、博士も年を取ったからだろうか。それぞれ、今のことのように思い出せる。そう、初めて星流しにした囚人の顔も、今でもよく覚えている。あの驚きの顔は今でも脳裏に焼き付いてる。実験を続けたかったために、星流しの刑の倫理的な問題は考えないようにしていた。彼は違う星で今でも元気にしているだろうか。彼の見た星の話を彼から聞いてみたいなぁ、なんて、な。自分の冗談に自分でニヤリとしていたところ、目の前にその囚人番号0053番の姿が現れた。今のことのように思い出すといっても、幻覚をみるほどだとは、


「ああ、ついに私もボケたか。」


 そう独り言を呟いたところ、その幻覚から返事が返ってきた。


「やっと装置から出す気になったか!ってなんだお前。なんで急に老けてんだ?」


 タイター博士はびっくりして目を何度もこすり、幻覚を消そうと他のことを考えようとした。しかし、幻覚は消えるどころか、さらに喋り続けた。


「そんなことより畜生。他の星に飛ばすとかなんとか変な冗談かましやがって!ジジィ、一発殴らせろ。」


 タイター博士はその幻覚に殴られ、脳に衝撃が走り、体は倒れながら、ある答えを思いついた。囚人番号0053番は確かにそこにいる、殴られたのだから。幻覚が殴るわけがない。どういうことだ。最新の技術によって、衰えを知らない脳は素早く回転する。

 もし、あの装置が空間転移装置ではなく、時間転移装置、つまり、『タイムマシン』だったとしたら、彼の存在と言動につじつまが合うのではないか。そして空調設備が示す空気の成分値を見てみると、60年前に空間転移装置に設定したものと、同じ数値が並んでいるのを見た。私は思いついたことを忘れないようすぐに書き留めるために、起き上がって、机の上のノートに計算式を殴り書きした。


「空間転移の式をプログラムコードに起こした時に、バグが入り込み時間軸方向の変位を引き起こしたか。なぜ同じ地球に転送された…そうか座標は時間が経っているんだから違うのは当然…そうなると…すごいぞ、これは。空間転移装置以来の大発明だ!もう一度あの栄光を味わうことができる!タイムマシンだ!…早く全ての式を書かなくては…」


 と、ノートの余白を探している時に、後ろから声がした。


「おいお前、誰だか知らんが、よくも変な装置の中に閉じ込めてくれたな!一発殴らせろ!」

「俺にも殴らせろ!」


 囚人番号0053番とは別の声だった。後ろを向くと、囚人が3人に増えていた。タイター博士は殴られた三度目で意識を失い、その直前にこう思った。


「60年分の囚人が現れたら、この刑務所は、いや、この国は一体どうなってしまうのだろうか。」

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