第3話 あなたにクリーンな戦争体験を ver.1.06(完結)
あなたにクリーンな戦争体験を
黒井戸仁は興奮していた。新しいゲームのバグを見つけるためのデバッカーに選ばれたからだ。これで世界中で誰よりも早く、あのビックタイトルをプレイできる。そのゲームはアーマー3(armoR3)という、軍隊の一兵士となって戦う戦争ゲームだ。過去作品では全世界で500万人がプレイした大ヒット作品であり、リアルな戦争体験ができるのが売りである。
まず、現実の体験に近づけるために、主人公の目と同じ視界が画面に写される一人称視点。そして、銃弾を一発でも受けると、ゲームオーバーか行動不能になる。そのため、オンラインの協力プレイではブリーフィングと呼ばれる1時間程度の綿密な打ち合わせで各プレイヤーの動き方を話し合い、ミッションに備える。そのミッションは7時間に及ぶこともあり、初心者プレイヤーからは「3時間トラックの中で待たされたあげく、いざ戦場に出たら40秒で死んで次のミッションまで4時間待たされた。意味わかんない。このゲームやってる奴は異常者だ。」「スナイパーライフルを使ったけど、遠くの敵に全然弾が当たらない。どうやら、風と銃弾の落ちる長さを計測器で予測して、それに沿って撃たたなければいけないらしい。面倒くさすぎる。」という感想も出るほどだ。しかし、それだけの難易度だからこそ任務を達成できたときの喜びとチームの一体感は格別だ。一作目からこのゲームを始めて5年、常にランキング10位以内だし、俺は自分の才能に自覚を持っている。従って、この分野では自分の名前を知らない者はいない。
都内一、土地の値段が高いと言われるそこに、ゲーム制作会社のビルはあった。受付を済ませて、エレベーターに乗り、目的の階に向かった。エレベーターの扉が開くと、そこにはスーツを着た男がいた。
「黒井戸様ですね?お待ちしておりました。本日案内をさせていただきます。灰原と申します。本日はよろしくお願いします。」
「どうも、こちらこそよろしく。」
「ささ、どうぞ、こちらへ。」
俺はそうやって、一面真っ白で広い部屋に案内された。俺の身長と同じくらいのガラスのケースと、その正面に俺の身長の倍くらいある白くて丸いカプセルが2つある。そのガラスケースの中身に俺は目を奪われた。
「これは、ロボットか?」
「そうでございます。これは本日プレイして頂くゲームに登場するロボットの等身大の模型です。黒井戸様にはこのロボットを操る操縦士になって頂きます。」
「おいおいおいおい、アーマーはリアルさを追求したゲームだろ?近未来ロボットなんて現実離れも甚だしい。昔からのプレーヤーから反発されるぞ。」
「いいえ、今はこれがリアルなのです。某国がロボット兵士を開発しているのはご存知ですか?その兵士を遠隔で操作して人間の兵士を失わずに、テロリストを制圧するためです。それが実用化されつつある今、今こそがこのゲームの表現したい『リアル』なのです。」
「なるほどな。まあ実際この金属剥き出しの迫力のある人型のフォルム、メタリックなシルバー色。かなり男心をくすぐられた。かっこいいよ。」
「ありがとうございます。では、早速プレイを始めましょう。あの2つあるカプセルの手前の方に入ってください。」
俺は言われるがままにカプセルの中に入った。どんな新しいものがあるのかワクワクして入った。しかし、期待はずれだった。そこには普通のリクライニングの椅子と、普通のディスプレイ、普通の家庭用ゲーム機と、普通のコントローラーがあるだけだった。
「大きいカプセルだから何があるかと思えば、普通じゃないか。」
独り言のつもりだったが、後ろから灰原の声が聞こえる。
「いいえ、一見地味に見えますがこのカプセルは最新のセンサーが至る所に詰め込まれています。それらのおかげで、あなたの心拍、血流、体温、脳のどの部分が活性化しているか等々、を測定することができます。あなたの体に邪魔な電極を張ることなく、ね。」
「ほう、ただのバグ探しではなさそうだな。」
「ええ、このゲームはリアル過ぎて現実と見間違うほどの出来になっております。よって大学との共同研究であなたの体への影響を調べることになっています。うまくいけば『社会不安症』や寝たきりの老人の『心のリハビリ』などで活躍することでしょう。」
「それはすごいな。最先端の研究に協力できるとなると、なんだかやる気が出てきたぞ。」
「いえ、普段通りのゲーム姿をモニターしたいので、そう気を張らずにお願い致します。」
「ううむ、なんだか難しいな。」
「いつも通りゲームをプレイして頂ければいいのですよ。もっとも、緊張している時のデータも役に立ちますけどね。」
「ははは、俺がどんな状態でも研究になるなら気が楽だ。」
「ではカプセルを閉じますので、どうぞゲームの電源を入れてください。」
「了解した。」
ドアは閉じられ、ゲームの電源を入れた後、俺は椅子に腰掛けた。明かりはだんだんと暗くなり、最後にはディスプレイの明かりだけになった。
さぁ、クリーンな戦争の始まりだ。
『チュートリアルモード、マップ、野外キャンプ地に移動します。…ロボット、起動します。』
ディスプレイに視界が写った。右手、左手を確認すると、先ほどの模型と同じメタリックの機械の手だ。周りを確認すると、どうやら砂漠のキャンプ地のようだ。誰もいないかと思ったが、テントの隣のテーブルのそばに、色は白、しかし俺のと同じ形のロボットがいた。そして白いロボットはこっちを向いて大声をあげながら歩いてきた。
「おーい!こんにちは!いやー誰もいなくて寂しかったんですよ。」
俺以外にも招待されたプレイヤーがいたのか。俺が最初のプレイヤーだと思ったのに…。しかし、この声、どこかで…。
「お前、マサヨシか?」
「え?あっその声はもしかしてヒトくん?」
俺の3音しかない名前をさらに縮めてフレンドリーに話してくる。こいつの名前は白井正義といって、3年ほど前からのゲーム仲間だ。初めて会ったとき、マサヨシは初心者だった。味方にオロオロしている奴がいたので、このゲームについて説明してやったら、まず「親切にどうもありがとうございます!」と3回も言われたことを思い出す。そして、他の初心者と同じようにこのゲームの難易度に苦戦するかと思いきや、俺の指示を忠実に守り、俺を真似して正確に動き、ミッションを2つ追えた後にはもう技術はモノになっていた。俺はマサヨシの上達の早さに驚き、それ以来ずっとチームを組んでいる。今や、こいつの順位は俺の一つ下だ。そのマサヨシが興奮したように、嬉しそうに言うことには、
「これ見てよ!すごいんだから!」
マサヨシが地面の砂を掴んで、持ち上げてからゆっくり手を開き、砂を落とした。それを見て俺はおもわず息をのんだ。
砂の一粒一粒が見え、パラパラと下に落ちていく、そのまま地面に落ちるものもあれば、風が吹いているのか横に流れて消えるものもあった。
「これはまさか、一粒一粒どう落ちるか計算して3D映像にしているのか!?」
「そう、これを計算してるコンピューターはとんでもない物理演算能力だよ。このビルのどこかにとんでもない大きさのコンピューターがあるはずだね。くぅー、それも見てみたいなぁー!そうそうあの机の上にはね…」
マサヨシの白いロボットがさらに話し続けようとしたとき、そばのテントの中から赤いロボットが出てきた。マサヨシが驚く。
「うわっ!ビックリした。そこさっき確認したはず…」
「ああ、今ログインしたからな。」
赤いロボットが答えた。それは話し続ける。
「このキャンプの教官を務める赤羽という者だ。どうぞよろしく。」
「なんだ、チュートリアルのAIか?」
俺はマサヨシに同意を求めたつもりだったが、その赤いロボットが代わりに答えた。
「れっきとした人間だ。これからこのゲームの説明をする、よく聞くように。」
赤羽の説明を受けたが、どうやら操作方法は過去作と同じらしい。なら明後日の方向に銃を撃ったり、走るところでしゃがんだりすることはなさそうだ。
「このロボットは空を飛ぶとかロケットパンチだとかは一切しない。」
「その方がいい。未来戦はどうも好きになれないんだ。現実味がなくてね。」
「そうか、ただし銃弾の1発や2発では倒れないように頑丈に出来ている。」
これは過去作品とは違うようだ。
「それじゃ、緊迫感が足りないじゃないか。」
「君はちょっと勘違いをしているようだな。このゲームはリアルさを売りにしている。果たしてリアルなロボットが銃弾一発で倒れるか。答えは否だろう。実用化されたロボット兵士という設定なので、百発の銃弾にも耐えれる。よって殲滅戦はここでは簡単なミッションだ。難しいのは生身の人間を守る護衛ミッションや暗殺ミッションだろう。」
あまり納得がいかなかったが、そこらへんはゲームをした後でゆっくりアンケートに書こうではないか。今は楽しもう。と気持ちを切り替え、赤羽に敬礼をした。
赤羽はふふっと笑って敬礼を返し、ミッション開始の合図をした。
「では、健闘を祈る。」
『ミッション:殲滅戦、マップ、テロリストの洞窟に移動します。・・・ロボット、起動します。』
場面が変わり、走るトラックの荷台の上だ。周りは赤い岩石地帯、向かいには白いロボット、マサヨシが座っている。通信で、赤羽の声が聞こえる。
『今回は一番簡単な殲滅ミッションだ。岩石地帯の洞窟の中に殲滅対象のテロリストが十数名潜伏している。正面から突破しろ。あと1分で現場に着く。』
俺とマサヨシが同時に答える。
「了解。」
トラックは時速200kmで走り、荷台はかなり揺れている。現実ではないが、酔いそうだ。そして、車はそのまま崖から飛んだ。
マサヨシが叫び、俺は赤羽に指示を求める。
「おいおいおいおい!落ちるぞ!どうするんだこれ!」
『この崖の下に洞窟がある。トラック後方から崖下の方へ飛び、まずは入り口の見張りを2人、ナイフで刺殺しろ。』
荷台後方から下を確認すると、ターバンを巻いた見張りが二人いた。
「俺は右、マサヨシは左だ!」
「りょっ、了解!」
「3、2、1!」
シルバーと白が同時にジャンプし、あっけにとられている見張りの上から覆いかぶさり、羽交い締めにする。そして腰のナイフで、心臓を突いた。二名のテロリストは動かなくなった。赤羽が間髪を入れずに指示を出してくる。
『よし、アサルトライフルを手に持ち、洞窟に突入し、中のテロリストを殲滅しろ。走れ!』
「深呼吸する暇もないのかよ!」
『3、2、1、GO!』
「ええい、くそっ…!」
中のテロリストに異常を知られる前に、突入した方が良い。俺とマサヨシは走った。30メートル先に、テロリストが2人。今度は掛け声をかけずに銃を一発、撃つ。テロリスト2人は頭を撃ち抜かれ、倒れた。この手のミッションは2人で幾度となくこなしてきた。以心伝心で2人のテロリストを倒した俺とマサヨシはさらに洞窟の奥へと走った。
そして洞窟の最深部、広い空間に出た。テントや、机が乱雑に置いてあり、十名の男たちがそこにいた。こちらを見つけ、俺たちにはわからない言葉で叫んで銃を構えた。しかし、戦闘はすぐに終わった。遮蔽物がないこの部屋では一発の銃弾で倒れてしまう生身の人間が10人いようとも、このロボットには大した問題ではなかったのだ。部屋の隅々まで調べ、もうこの部屋には人間が一人もいないことを確認して、報告する。
「任務完了。」
『よくやった。』
『ミッション達成、マップ、キャンプ地に移動します。・・・ロボット、起動します。』
「ヒトくん!やったね!」
マサヨシとハイタッチをし、勝利の喜びを噛み締める。ただ、
「ちょっと簡単すぎやしないか?」
するとまた、テントから赤いロボットがヌッと現れた。赤羽だ。
「殲滅戦は簡単だと言ったろう。明日は護衛ミッションだ。心してかかるように。今日はこれで解散するが白井君は残るように。コントローラーの動きと、照準に小さいズレがあったようだ。それの調整をする。」
「了解です。」
「では、黒井戸君はログアウトしてくれ。今日はありがとう。」
「了解。明日のミッションを期待しているよ。ああは言ったが実のところ、今日はとても楽しかった。」
「ああ、楽しみにしておいてくれ。」
俺はログアウトして、コントローラーを置き、カプセルから出た。すぐ外に灰原がいた。
「ゲームはどうでございましたか?」
「良かったよ。ミッションに忙しすぎてゆっくりバグ探しをする暇はなかったがな。」
「今日のところはこれで大丈夫でございます。ありがとうございました。」
灰原の案内で、ビルから出る。外の日差しを感じるが、眩しくはない。すぐさきほどまでも「外」にいたからかな。俺はふふっと笑い、明日の任務に期待をする。このゲームにはとんでもない没入感がある。これはギネス記録を塗り替えるヒット作になりそうだぞ。あ、そう言えばマサヨシと顔を合わせておくんだった。あいつは遠くに住んでいて、インターネット上でしか会話をしたことがない。最新作をプレイしたくて、わざわざこっちに出てきたのだろう。まぁ次でいいか。まだ見ぬ友人の顔を想像しながら、俺は家路についた。
『ミッション:暗殺、「カサビアルを暗殺せよ」、マップ、砂漠の建物に移動します。・・・ロボット、起動します。』
俺とマサヨシはまた、戦場にいた。あれから毎日、もう五度目になる。護衛ミッションと殲滅ミッションの繰り返しだったので、暗殺の任務は初めてだ。俺らのロボットを乗せたトラックが砂漠のゴーストタウンについた。周りの建物とは一つ高さが飛び抜けている建物。その白い、3階建の建物の中にいるカサビアルという男が暗殺の対象である。赤羽が説明をする。
『建物の裏から、静かに壁を焼き切り侵入しろ。途中、人間に出くわしたら、口を塞ぎ静かに殺せ、全員だ。暗殺対象の写真を画面に映すので、覚えるように。』
「了解。」
『ではミッション開始!』
壁を焼ききり、部屋に侵入した。この部屋には誰もいないことを小窓から確認済みだ。唯一、1階で窓が付いているこの部屋に誰もいなかったのは幸運だった。温度センサーによる人間の検知は時間がかかるからな。しかし、幸運は長くは続かなかった。廊下へ続く、部屋の扉がガチャガチャと震えたのだ。二人にしか聞こえない音声通話で指示を出す。
「誰か入ってくるぞ!いつでも口を塞げるようにしておけ!」
「了解!」
扉が開いた。女一人と、子供一人。叫ばれたら隠密行動が失敗に終わってしまう。俺とマサヨシは素早く親子の口を塞ぎ、部屋に引きずり込んで扉を閉めた。俺は母親、マサヨシは子供の方だ。合理的に動いたロボットとは裏腹に、マサヨシは動揺している。
「ここはテロリストのアジトじゃないの!?」
「いや、そのはずだ。そうなるとこいつらはテロリストの身内か。よし、殺すぞ。」
「待って!この人たちに罪はないはずだ。他の方法を考えようよ。」
どうしたんだ。ゲームの映像がリアルすぎて現実と勘違いしてるんじゃないだろうな。
「赤羽から話を聞いただろう。出会った全員の息の根を止めるのがこのミッションだ。そもそもこれはゲームだぞ!?」
「わかってる。でも、この人たちの感触が…。いや、コントローラーの振動が…」
そう言われて、自然とコントローラーの方に意識がいった。目の前の映像で母親がもがく度に、コントローラーが振動する。そして、ロボットが掴んでいる母親の腕や、顔の肌が、じんわりと紫になっていくのを見て、俺は少し気持ち悪くなった。
「いや、殺すね。時間がない。」
俺が顔を掴んでいる右手でそのまま、母親の鼻と口を塞ごうとしたとき、マサヨシが叫んだ。
「やめろ!」
そして、子供から手を離し、俺を突き飛ばした。口が自由になった子供は叫び、母親は解放され、俺の背中に当たった本棚が大きな音を立てて倒れた。叫ぶのをやめさせなければ。俺はハンドガンを抜き、母親と子供を撃った。バンッバンッっと銃声が鳴り響いた。
「しまった。」
と思った時にはもう遅い、2階から走る足音がいくつも聞こえた。くそっ、俺は即座に音センサー感度を最大にする。そして、事前に叩き込んでおいたこの建物の構造を頭に思い浮かべる。大多数の足音は廊下の降りる階段の方へ、一人だけ、3階へ上がる階段へ走っているようだ。なぜ…?と同時にひどいノイズが耳に入ってきた。これは、ヘリコプターの音だ。
「上から逃げるつもりだぞ!マサヨシ、逃すな!行くぞ!」
しかし、マサヨシは動かなかった。もう動かない母親と子供を抱きながら、泣いていた。
「うう、ヒトくん。ひどいよ…こんな…」
駄目だ。もうこいつは使い物にならない。俺はどうやったら屋上へ、最短で行けるか考えた。こちらへ向かってるであろう多数の兵士を倒してから、上へ向かうのではどう考えても時間が足りない。脳みそをフル回転で使いながらも、有効な策が浮かんでこない。そこで、赤羽から通信が入った。
『何をやっている。お前が操縦しているものが何なのか。よく思い出してみろ。』
俺はハッと気づき、入ってきた壁の穴から外へ出た。そして、ジャンプし、右手と左手を交互に外壁に突き刺して登る。行け、登れ、早く。俺は屋上に出てヘリコプターを確認した。まだカサビアルは来ていないようだ。運転手の頭を撃ちぬき、ヘリコプターを止めてから、俺は屋上の扉の前で暗殺対象を待ち構えた。扉が勢いよく開いて中から男が出てきた。写真と同じ、顔の男だ。男の目の前で銃を構えた。俺はそいつの絶望に歪んだ顔を見たくて、よく目を凝らしたが、男はニヤニヤと笑っていた。
男の体には、大量の爆弾が巻かれていた。
「ドンッ」
自爆。ロボットの視界は一瞬にして爆発に飲まれ、ディスプレイは暗転した。
「失敗…?」
『いや、一応、任務は達成した。当初の予定とは、大分違うがな。ロボットも修理しなければならない。』
は?赤羽は何を言っている。あれは仮想の、3Dのモデルだろう?このゲームに修理の概念があったとは聞いていないぞ。その時、マサヨシの嗚咽が聞こえた。
「うっ、うっ。」
「マサヨシ、大丈夫か?」
「何であんなことをしたんだ!あの親子に罪はないのに!」
「落ち着け、これはゲームだ。」
「いや、違う。ゲームのキャラがあんなにリアルなわけがない!」
「落ち着けって。」
「そうだ。あれだけ大きな爆発だ。ニュースになっているはずだ!」
「おいおい本気で言っているのか。マサヨシ、お前は現実とゲームの区別がつかなくなっちまったのか?」
マサヨシは俺の声を無視した。きっと手元の端末でニュースを確認しているのだろう。何もないとわかれば、もっと冷静になれるはずだ。ところが、俺の考えとは裏腹に叫び声と、不快な音が聞こえた。
「マサヨシ、お前、吐いたのか…?」
「ヒトくん…ニュース…見てみて…。」
俺はポケットの端末で、最新のニュースを確認した。
『テロリストが連邦向けに声明を発表した。「連邦の非人道的な兵器に我が組織の英雄、カサビアル・ダルが止めを刺した。人間でなく、ロボットを使い一方的に殺戮を繰り返すのは臆病で卑劣な行為である。我が組織は死を恐れはしない。カサビアルは名誉の死を遂げ、神となった。」…』
マサヨシが向こうのカプセルで叫ぶ。
「僕はもうこんなことはしないぞ!お前らのことを世界中に広めてやる!この悪魔め!おい!カプセルのドアを開けろ!」
マサヨシのドアを叩く音が、スピーカーから聞こえて来る。俺はもう何が何だかわからなかった。気持ちの整理がつかないまま、放心していると、再びディスプレイに明かりが灯った。
『ミッション:暗殺、「白井正義を暗殺せよ」、マップ、白い部屋に移動します。・・・ロボット、起動します。』
おい…やめろ…
画面には2つのカプセルが写っている。目の前のガラスの壁の向こう側だ。壁、というか、あのガラスケースの中だ。
「おい!赤羽!どうなってる!答えろ!」
赤羽の返事はなく、画面に指示が出る。
『ガラスを突き破り、左のカプセルのドアを開けろ。』
心臓の鼓動が一気に上がる。やるしかないのか。今までのミッションは全部本物。となるとあんなことを平気でする企業が、とてもまともな会社だとは思えない。俺はとなりのカプセルでドアを叩いているマサヨシと同じように、閉じ込められている身だ。命令に逆らったら何をされるかわからない。手が重い。指先の一本一本が重い。でも、動かさなければならない。
俺はガラスケースの内側を押して、ゆっくり割る。一箇所を割ると、ガラスケースはいとも簡単に崩れた。左のカプセルの方へ一歩一歩足を進める。…動かせ、動かすんだ…。カプセルのドアに手をつけたとき、さらに心臓の鼓動が跳ね上がった。スピーカーから聞こえるマサヨシのドアを叩く音と、ロボットの左手のセンサーが拾った振動をコントローラーが再現したものが共鳴したのだ。
「ドンッ、ドンッ、ドンッ、ドンッ」「ブルッ、ブルッ、ブルッ、ブルッ」
落ち着け、落ち着け。そうだ。これはゲームなんだ。これはゲーム、これはゲーム、
「これはゲーム、これはゲーム、これはゲーム、これはゲーム…」
そう呟くことによって、そう思い込むことによって、心臓は落ち着き始め、全身にたぎる血流はだんだんと静かになり、体の震えがおさまってきた。そして心臓の鼓動は数字を60に合わせたメトロノームのように、一定のリズムを刻み始めた。トッ、トッ、トッ、トッ…
「3、2、1、GO!」
ドアを開け、中の男の左胸に向かってナイフを突き出す。男は右手で防いだが、銀色の長い刀身はその手を貫通し、心臓に突き刺さった。マサヨシの顔を見るのは、これが初めてだったな。一緒に幾多の戦場を切り抜けてきた友の胸から流れる血を見て、視界がぼやけて、ああ、意識が…
白い部屋とカプセルの中に取り付けられた監視カメラの映像をモニター室で見ている2人組がいた。片方の男は灰原といい、灰色のスーツを着ている。片方の名前は赤羽といい、軍服を着ている。片方のカプセルの中には気を失った男が一人。片方のカプセルには誰も入っていない。そして白い部屋にはその2つのカプセルと、ガラスケースに入ったシルバー色の人型ロボットの模型がある。
「赤羽さん、私にはどのミッションが本物で、どのミッションが偽物なのか判別がつかなくなってしまいましたよ。」
「そういう実験だからな。『現実と仮想体験の区別がつかなくなったとき、人間は新たな能力を開花させる』というのがこの研究の仮説だ。」
「しかし見ているだけの我々にも影響があるとは。」
「君は少し疲れただけだろう。また後で頭を冷やしてから、じっくり考えてみるといい。」
「そうですね。しかし、気を失う前の彼には驚かされました。自分に自己暗示をかけることで、感情を介入させることなく友達を殺すとは。あれが『人間の新しい能力』ですか?」
「そうかもな。しかし彼は友達を殺した。彼には心のケアが必要だな。手配しておこう。たとえ存在しない友達を殺したとしても、その心へのダメージは大変なものだろう。」
「そうですね。彼は完全に信じきっていますから。」
「それに、彼にはやってもらうことがまだまだあるんだ。」
赤羽の言葉が興奮したように、その勢いを増す。
「灰原、あのAI『白井正義』の成長スピードを見たか?あのAIは黒井戸の的確な指示を受け、そしてその類まれなる戦闘センスを間近で見ることによって驚異的な成長を見せた。他のどの人間でも、軍人ですら、AIにあれだけのことを教えることはできなかった。3年、この分野ではこれは長いようでいてとても短い。」
「ええ、他の人間では到底、成し得ることはできないでしょうね。」
「さて、彼は友人を殺すことを選んだわけだが、この結果を受けて我々もこれからどうするかを決めなければならない。1時間後の会議の準備をすることにしよう。そうだ。灰原、君にはあらかじめどっちがいいか聞いておこう。」
「はい。会議の議題についてですね。」
「君は、『彼に真実を告げ、AI達のリーダーとなってもらう』のか、『彼に真実を告げずに、偽の人間のリーダーになってもらう』のか、どちらがいいと思う?」
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