6畳半のテラフォーミング
髙 仁一(こう じんいち)
第1話 ハエトリ草 ver.1.02(完結)
ハエトリ草
「僕の手に全人類の存亡がかかっているのだ。」
人口爆発だ。全人類を養うだけの力が地球には無くなってしまった。食糧難は人々を凶暴にさせた。エネルギー不足は人々を凶暴にさせた。人口密度は人々を凶暴にさせた。戦争の二文字が頭にちらつき、人々を不安にさせた。5つの核が人々を焦らせた。
そして、僕が選ばれた。僕に与えられた任務は地球以外の人が住める星を探すことだ。世界最高速の船で探すこと3年、未だ生物の住める星は見つかっていない。
5年後、僕は青い星を見つけた。地表に降りて、環境を計測する。そのセンサーはこれまで幾多の星を渡っても聞けなかった、聞きたかった音声を発した。
「ここは人の住める環境です。」
僕はヘルメットを外して、深呼吸をした。やっと見つけた。息のできる星。地球に向かって第2の地球の発見を伝える通信を発信してから、少し散歩をすることにした。ここは素晴らしい。あたり一面の草原、牙のないゾウのような動物が歩いている。尻尾がとても長く地面に垂れてとぐろを巻くほどだ。そして虫が多い。クワガタのアゴをトンボの頭にくっつけたような虫が飛び回っている。新種だらけの光景に好奇心が刺激される。次はあの密林へ行ってみよう。
密林に入ると、そこには大きな壺の形をした植物や、大皿を2枚合わせたような器官のある植物がたくさんあった。よく観察すると、壺の底にはあのトンボの特徴的なアゴがあったり、皿に挟まれてもがいている虫がいたりした。なるほど、これらは地球でいうハエトリ草か。大量の虫がいる環境だから、そのように進化したのだろう。ハエトリ草たちの皿はひっきりなしに開閉し、虫は捕獲されていく。ぼーっと眺めていると、意外に面白くてずっと見てしまう。ここで、宇宙船から「地球から返信が来た」と通信が入った。僕は回線を繋ぐ。
「やっと見つけたか。」
「ええ。しかし宇宙の広さを鑑みると、非常に幸運と言えるのではないのでしょうか。」
「ああ、どうも地球に長くいると、せっかちになるらしい。」
「そういうものでしょうか。」
「君は地球にいたときのことを覚えていないのかね。」
「飛行士になるための勉強ばっかりで忙しかったので、特には…。」
「それをせっかちと言うんだ。」
「はぁ、言われてみたら確かにそうですね。」
「ともかく、よくやった。君は英雄だ。全世界に賞賛されるだろう。」
全世界という言葉に違和感を持った。その正体はすぐにわかった。僕の世界はこの青い星を見つけた瞬間から2倍になったからだ。僕にとっては半分の世界というのが正しい。出かかったくだらない指摘を飲み込んで、喜びを噛み締める。英雄と言われるのは、悪くない気分だ。
「とても嬉しく思います。」
「君はすぐに賞を受け取る。と同時に、かねてから準備していた移民計画が実行に移されるだろう。君には選択肢が2つある。地球に戻って長い休養を取るか、現地に残って移民計画に参加するかだ。」
「私は、ここに残って計画を手伝うことにします。」
「そう言うと思っていた。好奇心が止められないのだろう?」
「はい。移民船が来るまで、じっくりと研究と開発をするつもりです。」
「了解した。思えば君の好奇心にはいつも驚かされてきたな。」
「いえ、その節は色々とご迷惑を…」
「いいんだ。あの時は私も楽しませてもらったよ。君の研究の結果を楽しみにしているよ。では、また。」
「ありがとうございます。失礼します。」
目の前の光景を再び楽しむ。地球では食糧難を解決するため、貴重なタンパク源として食用ウジムシの繁殖が盛んに行なわれているらしい。食用ウジムシを食べ慣れた人々にはここは食料の宝庫だな。僕は嫌だが、と少し笑う。しかし昔、渋谷の居酒屋で食べたイナゴの佃煮とハチノコは美味しかった。あれを食べた瞬間、「食糧難を解決するのは虫だ。」と確信したことを思い出し、考えを改めてみようと思った。どれ、最初は料理の研究をすることにしようか。
僕はさっそく、その研究に取り掛かる。
…最初の移民船団が到着してから、どれくらい経っただろうか。僕の宇宙船が最初に着陸したここ、郊外の丘から、発展した都市を眺めて、僕は感傷に浸っていた。第二の地球はファース(Farth)と名付けられた。地球(”E”arth)の次、という意味だ。地球とほぼ同じ大きさにも関わらず、ファースの資源はそれの2倍あった。そのため、大量の移民船団がこちらに渡り、今では全人類の半分、100億人が住む星となった。地球とは違い、豊かな自然を維持したまま、人類を養うだけの能力がこの星にはあった。地球の環境を破壊してしまった教訓が第一の都市建造から生かされ、効率的かつクリーンな都市計画がこの星全てで実行された。もはや、人類は飢餓とは無縁になったのである。
さて、この星の主要な産業について説明しておこう。レアメタルの鉱脈が多数発見されたので、ファースでは貴金属の値段はそこまで高くない。しかし、地球では依然として貴重なため、炭鉱を経営する企業はレアメタルの地球への輸出で相当潤っているようだ。もう一つ、地球に人気の資源がある。砂糖だ。例のハエトリ草には虫を罠にかけるための糖分を貯める部位がある。そこから、採取した砂糖は地球では味わえない豊かな風味とコクがあり、ハエトリ草の種類によって様々な味の砂糖を抽出することができた。その種類は現在200種類、新種のハエトリ草はまだ、発見され続けている。この砂糖はファースの生き物の基本的なエネルギー源となっているらしい。ファースのゾウも体内にハエトリ草から採取した砂糖を貯める器官を持っていて、そのまま切り開いて採取しても美味しいのだが、生きたまま乳を絞ると、とても糖度の高いミルクが採取できる。まさに天然のフルーツ牛乳だ。だから、このゾウは家畜として、飼われることが多い。ただし、欠点がある。このゾウは生まれた草原の外には絶対に出ないのだ。その理由はハエトリ草にある。このゾウの生息地はハエトリ草のジャングルの近くである。そして地面にとぐろを巻いていたゾウの尻尾の先は、地面に埋まって長い距離を渡り、なんとジャングルのハエトリ草の砂糖袋にまで繋がっているのだ。つまり、ハエトリ草に寄生しているということになる。この点を考慮して酪農農家は、日々試行錯誤をしている。ミルクの需要がとても高いのと、とても温厚で野生のゾウでもミルクを絞ることができることで、この商売は成り立っている。
その酪農農場で、事件が起こった。農夫が突然、行方不明になったのだ。残されたのは草原の上の右靴だけ。そして側には草を食べるゾウがいた。農夫の間にはゾウが人を食べたのだという噂が流れ、近づくものがいなくなり、農場経営者は頭を悩ませていた。この事件解決のための助っ人として白羽の矢が立ったのが、僕である。僕はこのファースで生き物の調査を一番長くしているためだ。人類がこの地に初めて足をつけた瞬間から研究しているのだから、当たり前の話だが。
「すみません。F研究所のものですが。」
「ああ、お待ちしておりました。どうか助けてください。あの事件以来、誰もゾウに近寄らなくなってしまったのです。このままでは農場が潰れてしまいます。」
経営者は顔面蒼白で、手はワナワナと震えている。
「心中お察しいたします。事件解決のために、まずゾウの解剖を。」
「そ、それは駄目です。ゾウは希少で…。獣医のもと、徹底的に口内の検査と便の検査をしました。それで十分では。私は他の方法をとると思っていました。」
「十分でないから問題が解消されないのです。解剖でなければ、内臓の隅々まで調べることはできません。それに農場が潰れてしまっては元も子もないでしょう。」
少し強引になったのは、僕には別の目的があったからだ。このゾウは1体の寿命が非常に長いらしく、今まで子供を見たものは一人もいない。個体数が限られている以上、人間の乱獲によって数が減るのを防がなければならない。早々に法律によって保護され、研究のための解剖も碌にできなかった。しかし、この事件が起こったために、人類はこのゾウが害獣かどうかを判断しなければならない。よって解剖が許可されることになったのだ。僕は早く解剖したくてたまらなかったのだ。解剖自体が僕の目的だった。
「…仕方ないですね。解剖してください。」
経営者は渋々納得したらしい。
「心配なさらずに、損害分のすべてとはいきませんが、国から補助が出るでしょう。」
15年ぶりのファース・ゾウの解剖だ。腕がなるな。
麻酔で眠らせた後、地面に埋まった尻尾を切り、研究員たちがゾウを研究所まで運んだ。安楽死の薬を投与し、解剖した。結果、人間の死体の痕跡はどこにもなかった。予想通りだった。このゾウはハエトリ草に寄生することでタンパク質を摂っており、人間を喰う必要はないのだ。
「解剖の結果、このゾウは人間を殺していないという結論に至りました。やはり人間の犯行でしょう。警察には連絡したので、そちらの捜査にご協力なさってください。」
そう経営者に報告し、僕は解剖を続けるため、研究室に早足で戻った。ああ、これからどんな未知が僕を待っているのだろうか。
翌日、農場経営者から電話があった。
「おい!話が違うじゃないか!今朝、農夫が二人組でゾウの搾乳に行ったんだが、一人がゾウに食われた。逃げ帰ってきたもう一人が、食うところをはっきり見たと言っている。」
「そんなはずはありません!その逃げ帰ってきた農夫が犯人でしょう。すぐに警察に連絡を!」
「しかし、彼の言いようは何か…真に迫っていて…。」
「わかりました。その場で解剖して証明してみせましょう。」
私はすぐに農場へと向かった。すでに警察官たちと、経営者、農夫たちが集まっていて、そばに麻酔を打たれたゾウが横たわっていた。疑われているのはこのゾウと、もう一人。容疑者である農夫はすでに警察に取り押さえられていた。
「すぐに解剖してください!このままでは納得がいきません。」
「そうしましょう。そんなに焦らなくてもすぐに結果はわかりますよ。」
肉が柔らかい腹から、メスを入れる。中には…
「うっ。」
どろどろに溶けた死体が入っていた。
「ほれ見たことか!この詐欺師が!お前らも離せ。」
農夫が警官の腕を振り払ったその時、地震が起こった。そこにいた全員がよろめく程の、大きな揺れ。四つん這いになり、頭を上げてその場の様子を伺おうとした時、僕は見た。腹を割かれたはずのゾウが農夫を丸呑みにしている。
「逃げろ!!」
僕は乗ってきた車の方へ走った。地面が揺れているので思うようにまっすぐ進めない。よろめきながらもなんとか車へたどり着き素早くドアを開け、運転席に乗り込んだ。もう一人、助手席の方のドアをこじ開け車内に入ってきたのは農場経営者だった。
「早く出せ!警官と農夫はみんな食われた!早く!」
僕は急いでアクセルを踏み、車を丘の上の研究所の方へ走らせる。
「お前のせいでみんな食われた!どう責任を取るつもりだ!」
「そんなの僕もわからないですよ!それよりちゃんと後ろを見ていてください!」
「あ!?ああ!大丈夫だ!追いかけては来ていない!しかし…」
「なんです!?」
「さっきみんなでいたところが、割れている…」
「なんですって!?」
「地面がパックリ割れているんだ!」
地震で地面が液状化したのか。ならば研究所の方へ走らせたのは正解だったようだ。あそこは地盤がしっかりしている。
車をできる限り早く走らせ、研究所の前まで来て車を止めた。研究所はそれほど遠くないが、地面に繋がる尻尾のおかげでゾウはここまで追いかけてこれない。僕は研究所まで走ってドアを開けて入った。
「おい!待てよ!どこへ行くんだ!?」
「一旦、空へ逃げます。」
「変な形の家だと思ったが、これは宇宙船なのか!?」
僕はその後ろからの声に応えられなかった。もう一度、大きい揺れが起こり、地面が割れたからだ。そして、信じられないことが起こった。地面から本来ジャングルにあるはずの、あのハエトリ草が出てきて、農場経営者の足に噛みついたのだ。研究所の中から、それをただ見ることしかできなかった。そして、防災システムにより数十年ぶりに研究所は飛び上がった。
研究所の中にいた僕は助かり、外にいた農場経営者は奈落の底に落ちていった。そう、あの人の言うように、この研究所は僕がここに初めて降りた時から使っているお気に入りの研究所兼宇宙船だった。この地震で都市はどうなったのだろうか。船外のカメラの映像が、飛んでいる船の中から地表をモニターに写している。僕の目に再び、信じられない光景が飛び込んできた。
星の火山という火山が噴煙をあげ、地面すべてがひび割れている。その割れ目からハエトリ草が伸び、人々を喰っていた。そして、あの温厚だったゾウも暴れまわり人間を丸呑みにしている。まさに、地獄だった。衛星軌道上という遠く離れた場所にいる僕にも、その恐怖が伝わって来る。そしてその災害の根源は、とても大きい。山脈の尾根が割れ、地平線が割れ、日付変更線が割れた。中から巨大なおぞましい生物が現れ、宇宙の彼方へ飛び去っていった。
惑星を失い、ただ宇宙を漂うだけとなった元人工衛星の中で、僕はあまりの出来事にこうつぶやいた。
「これが見たかったんだ。」
あれ?今僕はなんと…?と同時にある嫌な考えが僕を襲い、ある行動に駆り立てた。昨日解剖したゾウをもう一度確認するのだ。
ホルマリンの臭いのする部屋に足を踏み入れ、解剖した臓器一つ一つを確認する。それらは丁寧にパック詰めされていたが、どれもただの筋肉繊維の塊だった。「胃」や「腸」などと呼べる代物ではなかったのだ。
「おかしい。「心臓」に「肺」、ちゃんと一つ一つ確認して分けたはずだ。」
嫌な考えは、最後のパック詰めを見た時、確信に変わった。
人間が溶けて骨だけになったものがそこに入っていた。これを僕はどういう思いでパック詰めにしたのか。なぜこの小さい研究所は研究の盛んな都心の近くではなく、遠く郊外にあるのか。なぜ、僕は研究所を増設しなかったのか。なぜこの古い宇宙船はいつでも飛べるように手入れが行き届いていたのか。なぜ僕はこの事実を隠蔽したのか。それを手に取ろうとした時、地球から緊急通信が入った。
「君!ファースはどうなった!?星全体の規模の大災害が起きたという通信が入ってから誰とも通信ができないのだ…」
「無くなりました。」
「何?こんな時に冗談を言うな!落ち着いて、簡潔に、結論から言うんだ。」
「あの星は、巨大なハエトリ草だったようです。」
そして、僕が選ばれた。僕に与えられた任務は地球以外の人が住める星を探すことだ。世界最高速の船で探すこと3年、未だ生物の住める星は見つかっていない。しかし、次に見つかる星が安全な星であろうとハエトリ草であろうと僕にはどっちでも良かった。僕は調査と実験をするだけだ。自分の、尽きることない好奇心に従って。
「僕の手に人類の半分の存亡がかかっているのだ。」
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