ネネフミの絨毯爆撃

雨竜三斗

打ち合わせ

 パソコンとサブカルチャーの街、秋葉原。

 日々さまざまな情報は発信され、催し物が開催され、いろいろな物が売っている世界的にも人気の街。


 ここに新しくラジオという要素が追加された。

 ただのラジオ局じゃない。『サブカルチャー』専門のラジオ局だ。


 インターネットラジオ配信サイト『O配信局』やアニラジの多いAM局の『B放送』に対抗する新たな勢力として注目されているラジオ局、『秋葉原電波放送局』。


 アマチュア無線のことを話すだけのラジオ番組、

ロードバイクにスポットをあてた番組、軍艦、戦車、戦闘機のことを話す番組、

秋葉原のメイド喫茶を毎週紹介する番組などなど……。

 普通のラジオ局では絶対に通らない企画をやることが人気の理由のようだ。


 そのたくさんある番組の中の、水曜深夜24時に放送されている

『ネネフミの絨毯爆撃』というラジオが最近話題になっている。



 ――とかっこ良く紹介してみましたが、僕はこのラジオの構成作家をしています。ペンネームは『マーズ』です。


 構成作家っていうのはラジオ台本を書いたり、放送時にお便りをパーソナリティに渡したり、パーソナリティの冗談にゲラ(笑い声)を入れたりするのが仕事です。


 この番組の中では雑用みたいなものです。他の担当番組ではそんなことはないんですけどね。このラジオのパーソナリティのおふたりを相手に、振り回されていくうちにそうなっちゃったって感じです。


 今日もこうして凝った肩を叩きながらスタジオに居ます。

 印刷したばかりの台本をスタッフ・パーソナリティの人数分のセットと、今日までに届いているメールを印刷したものを用意して準備完了。 


 前に使ってた人のタバコの臭いが残るミキサールームには、たくさんの機材があります。ですが、パーソナリティのおふたりもまだいない。

 マネージャーさんに『五分前行動しろ』って怒られてるのを何度も見てるけど、守っていたことはないですね。


 その五分前に僕もやってきてるんですけど、いるのは収録ブースで機材チェックをしている水野ディレクターだけという状況。

 プロデューサーは今日は来ないって知ってるし、おふたりのマネージャーさんも今日は来ません。


 手は暇なので霧吹き型の消臭剤を撒いていると、


「「ギリギリセーフ!!」」

「おそようございます」


 打ち合わせを始める予定時間、十七時の五分後、勢い良くドアを開けてやってきたふたりの声。このふたりが僕らの番組のパーソナリティ。


「いやぁ、コンビニでコーヒー買ってたらギリギリよー」

「アウトです」


 僕がツッコミを入れた丸眼鏡の女性が『望月文』さん。職業はもちろん声優。

 アニラジは声優さんのラジオと言ってもいいです。もちろん例外はありますが、基本的に業界の関係者さんたちです。


 望月さんはロボットアニメや恋愛小説原作アニメの主人公をよく演じる正統派ヒロインの声の持ち主。リスナーさんからは『こんな人だっとはキャラからは全く想像できませんでした』と言われてしまうような実態をこのラジオで聞くことができます。


「いいや、マーズくん、あたしが財布を忘れた上に、電車のICカードで払えるのを思い出すのがもっと早ければセーフだった。つまりセーフ」

「アウトです」


 よく分からないことを言っているのは『日野音々』さん。このラジオのツッコミ担当。ただ、ツッコミは勢いだけで的確かと言えば全然的を射てないことも多いですね。あと僕達スタッフの前では完全にボケ。


 日野さんは女の子たちの何もない学校生活を描いた『日常系』と呼ばれるジャンルのアニメで有名です。歌声もキレイで、『優しい波の音のような歌声』と称されることもあります。


 ですが、このラジオでは荒々しい津波のような感じです。そんな日野さんは、

「じゃあマーズは女の子とのデートで彼女が五分遅れてもそういうこと言うの?」

「デートと仕事は別です」


「そんなんだから、モテないんだよ」

「関係ありません」


「ミリタリーオタクは頭が軍人みたいに硬いんだから」

「ミリオタじゃなくても時間を守るのは当たり前です」


「ほら、私の時計だとちょうどじゃない!」

「今腕時計弄ったの見えました」


 僕の遅刻判定に不満を持つ日野さん、望月さんが交互にそんなことを言います。 ボケふたりに対してツッコミひとりはつらいんですけど。


「お、やっときたね。おはよう」

「「おはようございます」」


 ミキサールームからやってくる低くて硬い声はディレクターの水野さん。

 デブの二文字で表現できる僕とは違うガッチリとした体型は、趣味の水泳で出来上がったものらしい。


 生放送でもピー音やエコーを入れたりする瞬発的なディレクションが得意だけど、本人はひとつのラジオを時間をかけて編集したいとか前に酒の席で言っていた。

 その編集技術は、地方のラジオ局で鍛えられたものらしく、当局でも重宝されています。なのでいろんな番組に引っ張り蛸ですね。


 そんな優秀な人だからか、水野Dにはちゃんと挨拶するんですよね、このふたり。


 僕はでかいため息をわざと付いて、

「んじゃ、今日のおたよりの選定からお願いします。この番組は読むお便りが多いんですから……そのために長めに打ち合わせの時間を作ってるんですからね」

「「はーい」」


 そう言ってミキサールームのソファーに座って、印刷されたA4のお便りメールをテーブルの上に散らかします。


 採用するお便りを選定するのはみんなで行っています。他の番組だと作家やプロデューサーがしたり、作家だけが選んだりしていますが、こうしてパーソナリティが自ら読みたいお便りを選ぶことも多いのではないでしょうか。


「『見たいアニメが多すぎます』録画して一日中貼り付け」

「相方、録画も古いわ。ネット配信が正義よ」


 望月さんは、日野さんのことを『相方』と呼びます。このラジオを始めてから付いた呼び方みたいですが、かっこいいからそういう言い回しをしているのでしょうか?


「ガハハハ、これは話したいわ。採用採用」

 と日野さんがデカデカと三色ボールペンの赤で『日』という字をA4用紙の右上に書きます。日野さんがお便りを採用したサインです。


 お便りを採用したら誰がOKにしたか、サインを入れる決まりにしています。日野さんが『誰がこのお便り採用した』と文句をいうためではなく、その人に読んでもらったりするためです。


 望月さんは『月』と左上に書き、僕や水野Dは『火』とメールの右上に書き、プロデューサーの木村さんならお便りの下の方に『木』と書きます。統一しろと言われそうですけどね。


「望月さん、今見たらダメでしょう?」


 サインを入れた用紙を手に取ろうとする望月さんを止めます。何も言わなければばれないと思っているのでしょうか?


「えー。今読んでおけば本番でいいリアクションできるじゃない」

「おふたりとも本番中に言ってほしいことをここで言って、本番中はあまりおもしろくないことをいうのでダメです」


 このおふたりは打ち合わせ中もテンションが高いです。

 喉や体を温めておくことは結構ですが、マイクの前で言って欲しい面白いことを打ち合わせで言ってしまって、収録時には違うことを言ってしまうことも多いのです。

 なので打ち合わせでは、誰がどういうお便りを採用したのか極力見せないようにしています。


「早く話したいんだけど」

「じゃあ早く選定を終わらせて収録しましょう」


「いやー、相変わらず元気だねーふたりとも」

「水野Dもニコニコ見てないでふたりに言ってやってくださいよ」


 いつもこんな調子なので、この番組は他の番組と比べて疲れます。


 今日はおふたりのマネージャーさんは来ないと聞いているので操縦桿を握るのは僕達なのですが……正直に言って無理です。


 そんな悩みも、この番組で解決してくれませんかね……。

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