第15話 宇宙エネルギー その名はCOSMO素粒子

 はじまり

 

 その世界には、神様がいた。

 

 神様は人間に問題を与えた。


「私達の大切なものを盗めたら、新たな神様にしてあげましょう」と。

 

 人として知らぬ者のいないその問題に、多くの人間が挑んでいった。

 

 だが、今まで誰一人、神様の場所に辿り着くことすらできなかった。

 

 やがて人々が諦め、問題を知っていても無視するようになった時代。

 

 一人の女の子が問題を解いてしまった。

 

 しかも、神が一人死んでしまった。

 

 人々も、神様も揺れた。割れた。驚いた。

 

 なぜか――その女の子が事実を一切明かさずに姿をくらませたから。

 

 出会った人々は納得し、宇宙生物までもがやってくる。

 

 記録に残らない女の子を、知らずに巻き込む形でだが。

 

 これは、それを知りつつ旅をする一人の女の子の物語。



「見えたわ! 霧大陸近海に12はあるって言われる『日時計塔』。その高さ、宇宙まで届くとの噂があるほど……ほら急ぎなさいオルバート! あんた高度下がってるわよ!」

「カァァ……」

 ミコの要求に対し空飛ぶタクシーのアルバイトでミコを運んでやっているオルバートは息も絶え絶えに辛うじて羽搏いている状態。無理もない。出立地点のセフポリスから霧大陸近海にある日時計塔まで、双子大陸から霧の大陸まで惑星をおよそ半周する距離、ミコはオルバートを一度も休ませずに海の上を飛ばし続けていたのだ。

 なんという無茶。

 なんという無謀。

 常識を超えた……いやむしろ欠いた行為に一般人なら唖然とするだろうが、ミコはそんなことおかまいなし。先払いしたバイト代――エナジーたっぷりの美味なエサを与え食べさせた対価として最初から最期までしっかり働かせるつもり。オルバートが疲れているのは実はエサを与えたときに調子こいて曲芸飛行なんかしたからだ。その事実を知っている。だからミコは遠慮しないのだ。ミコは意地悪だけど、そこまで性根は腐ってない女の子である。

 そしてとうとうオルバートが勤めを果たす時が訪れた。ミコが着地点――塔の入口から横四方の空中に時計の針のように延びた駐機ポイントを確認したのである。距離は目測で斜め下に1キロメートル弱。もう運んでもらう必要は無くなった。

 ミコは自分の右手で肩を掴んでいるオルバートの足をくすぐる。くすぐりに弱いオルバート、可愛い鳴き声を上げてそれまで必死懸命に放さず掴んでいたミコの両肩を思わず衝動的に放してしまう。これが一風変わった霊鳥タクシーの降車手段。ミコの身体は宙に投げ出され、オルバートは巣に戻るべく転移術を発動させていた。

「Eee Yahooooo!」

 空中に放り出されたミコは自分にかかる重力と相談ながら体勢を整え、背中おしりを下方向に向け、自分の左手で影帽子を飛ばされないよう鍔を掴んで目深く被り、右手は転移術で消えゆくオルバートに向けて元気良く振った。「ありがとーっ!」の詞とともに。オルバートはそれに「ケーン!」と一声良く通る声で鳴いて答え、転移完了し姿を消した。

 その様子を確認した、絶賛空中落下中のミコ=R=フローレセンスはくるくるしゅっと体勢を変えて、おしりと折り畳んだ両足靴底足の裏を着地ポイントに向けて真っ当に足から帽子へと落下を続ける。このまま落ちれば外れて落ちることもなく、駐機ポイントに当たることは人生三周目の経験則と目測で確認済み、だからミコは帽子が飛ばないように注意を払うだけでよかった。そして、無事ポイントの端っこに着地着席したのだが……。

 

「うっそおぉぉぉぉぉ!」

「いやあぁぁぁぁぁん!」

 

 着地した途端、着地ポイントがまるで木の枝を下に曲げるかの如く、ミコの体重に押されて入口からの通路ごとぐにゃりと大きく落ち込んだと同時に、日時計塔の中から得体の知れない女の子2名の悲鳴が聞こえた。誰かいるの?――ミコはここに自分より先んじて居る気配もない者たちの声にびっくりするが、程なくもっとびっくりすることになる。

 なぜなら――その声を発した女の子の内ひとり……いや一匹は、巨大すぎる双頭の犬型魔物だったからだ。そしてもうひとりはそれに比べると余りにも小さい(それでもミコ並みのサイズはあったけど)背中に透明な羽の生えた妖精さん、みたいな女の子だった。その2名が悲鳴を上げて日時計塔の天井を突き破り、仲良く天空へと消えていく。驚かない方がおかしい。

 サイズの違いを初めとして、あまりにも印象イメージインパクトの強すぎるお星様になった女性2名。しかし、目撃した感傷に浸る間もなく、予想外の事態がミコを襲う。ぐにゃりと反りに反って曲がっている、ミコが着地した駐機ポイントと塔の入口を繋ぐ通路がバキッと骨折しやがったのだ。そう、折れたのである。

「嘘……いや〜ん」

 奇しくもさっき目撃した奇妙な二人組と同じ悲鳴を上げたミコはロングのスカートを股下だけ抑えつつ、影帽子のがま口チャックを展開し、海に墜ちないためにと飛行用の黒い羽根と服を汚さぬようにと上から降ってくる瓦礫を破壊し弾くための黒い腕24本を用意してすぐさま身に降り掛かる火の粉ならぬ石の粉を黒い手の手数でもって振り払う。見ずとも勘で向かってくる破片の数もスピードもわかるので、ミコは視線を着地……もとい着水寸前の浮遊ポイントとなる海面に向けていた。その行動には無駄がなく、全てにおいて模範となる解答行動だった……のだが!

 シュルル、ピン!

「ぐえっ! なに?」

 黒い羽根で停止する寸前、ミコの身体は背中から引っ張られて突如停止した。それだけにとどまらず、ミコが羽根を使っているわけでもないのにミコの身体は急上昇を始めたのである。

「えっ! なに? なんなのよ〜って、あびりりりりりりっ!」

 疑問を口に出して整理しようとした矢先、ミコは不意打ちに電流を浴び、なぜか感電してしまった。さすがのミコも不意打ちを食らってしまうと稀に落ちる。そしてこのときは、見事に『稀』がビンゴした瞬間だった。ミコは気を失い、意識も途切れて寝てしまう。

 そしてその身体は、海へは落ちず、背中に引っかかったフックと糸で、なぜか空を昇るのであった。



 それから……少し経った後。

 ミコは起きた。あっさりと。

「ふぁあ〜あ。よく寝たわ〜」

「ひいっ! 起きたでしゅ!」「なんなのよコイツチクショー!」

 失った意識を影に仕込んでいたアラームアラート、『ゆっくりおやすみ(by 影帽子)』プログラムの身体内自動発動をもってして脳内へと送り返し、目を覚ましたミコが聞いたのは駐機ポイントごと陥没した際に聞いたあのふたつの悲鳴と同じ声。横になっている身体の状態に築いたミコは、すかさず機敏に起き上がり、そんなに暗くない空間の中、くるくる身体とスカートを靡かせながら声の主たちに対面して魅せる。やっぱりそっくり案の定、声の主は妖精っぽい服を着た等身大の女の子とその後ろ、背後、背景を埋め尽くすほどにでっかい双頭の犬型魔物……もとい稀獣だった。近くで改めて確認すると、犬型稀獣の大きさは、目測でざっと全長200メートルはある。前にいる女の子の守護獣か式神なのだろうか? とにかくでかい――ミコの感想はそこに終始した。

 が、そんな第一印象が個人の偏見コレクションの発露発現であることを、ミコは程なく思い知らされることになる。相対していた件の女性2名が、ミコに向かってとんでもない自己紹介をしてきたからだ。

「はじめましてでしゅ。わたちは宇宙妖精モエルでしゅ。年齢は100400歳でしゅ」

「同じくはじめましてなのよ。ミーは宇宙精霊プルンなのよ。歳は5歳なのよ」

 ズルッ。ゴン!

 ミコはせっかく魅せた立ち仕草を台無しにしてまでも盛大にすっ転んで頭から落ちた。そりゃ当然痛い。でもそうすることが最適ならばミコは傷つこうとも(影帽子を傷つけようとも)必ずやる。それがミコ=R=フローレセンスという女の生き様そのものだからだ。早い話、突っ込む前のリアクション、ミコ固有の笑いの美学である。ちょっと独特が過ぎるが。

 頭から逆さ落ちしたミコはそのまま慣性力を利用して素早く正座鎮座の姿勢に直ると、ふざけた自己紹介をしたモエルとプルンに対して自分の手で指差してツッコミを開始する。

「はじめましても何もあったもんじゃないわ。なーにが宇宙妖精よ、少なくともわたしの惑星ではね、妖精っていうのはこれっくらいのサイズなの!」

「そんな手の平サイズ、あなたの惑星の勝手な基準でしゅ。わたちは宇宙全土で通用する血統書と資格証付き、正真正銘の妖精なのでしゅ。羽根も飾りじゃないでしゅよ」

「ぬっ……じゃあそっちの自称精霊さんも?」

「もちろんなのよ。ミーは由緒正しき貴族の生まれ。精霊界でもそこそこ有名人なんだから」

「人じゃないでしょ。完全に獣でしょ。精霊だとしても。それに『そこそこ』かい。はっ」

 モエルに続いて発言したプルンのボケまくりな内容にミコはツッコミを入れ直し、反論したかったがあえてここは皮肉で済ませた。それで溜飲は少々下がったし、なによりこれ以上突っ込んだら負けのような、何か大切なものを失うような気がしてならなかったからだ。まあ、皮肉の内容口調が強烈痛烈でないと指摘されれば肯定せざるを得ないし、年齢の口上には突っ込まないんかいと野次飛ばされたら冷や汗かかざるを得ない。ツッコミをやっていて遅まきに気付いたことだが、ボケの量とポテンシャル、そして穏やかな口調の裏に隠されたテンションの高さ、違い――明らかに情熱差がありすぎるのだ。が、ミコは自分の矜持を守るべく穏やかさを装いつつその実頭の中では必死に落としどころを探していた。その結果出た結論。ミコから見てモエルとプルンの繰り出すボケはツッコミ待ちの言わば“挑戦状”、しかし現状把握もできてないミコにしてみればそんなのありがた迷惑以外の何物でもない。ここで1から1まで全部付き合ったら大事なことは闇の中、そんなの絶対嫌だから、自分は無意識に皮肉ったってとこ――うん、落としどころとしては悪くない。ミコは一人孤独に顎を揺らして何度も頷く。自分に暗示をかけるように。

 そうして突っ込みたい衝動をうまくやり過ごしてみせたミコは、会話の主導権をとるべく、今度はこっちから話し始める。

「ここはどこ? なんでわたしあなたたちと一緒にいるの? 回答と一緒にお茶ちょうだいお茶」

 わざとわがままに、傲岸不遜にものを申すミコ。話の主導権と言わず支配権を一手に握り自分のペースを守ることになるはずだったのだが……。

 またしくじったことを、ほどなく自覚することになるハメになった。

 ミコの詞を受けたプルンが座っていた状態から起き上がり、なにやらその場を右前足で踏み直す。すると「カチッ」と音が鳴り、ミコの頭上から「巨大な」湯呑みがミコめがけて落ちてきたのである。しかしミコは動じることなく正座したままの膝捌きだけでくるくるっと身体を回転させ、避ける。湯呑みが「ミコが居た場所」に落ちきったのはその直後だった。そして移動したミコの背後に落ちた湯呑みにこれまた上から錠剤みたいな塊と大量の水が湯呑みめがけてコロンと入り、ジャーッと注がれる。ここに来てミコはやはりツッコミではなく皮肉でプルンとモエルにもの申す。

「でかい。冷たい。安っぽい。わたしのオーダーに合ってない。わたしの小さな手の大きさに合った湯呑みは用意しない気? それにインスタントなのは譲歩しても冷たいお茶なんて飲みたくない。あっためて」

 最大限の小賢しさで皮肉たっぷりに嫌味を投げかけるミコ。実はサイズに関しては本心では譲歩している。明らかに全長200メートル級のプルン用と思しき大きいサイズの湯呑みだが、影の秘術、影帽子を操るミコはぶっちゃけ飲めないこともない。プルンの大きさを知った時から、なんとなく予想はついていたことだ。相手の意図を読み切った、ミコの推察の勝利だった。ミコは澄ました顔色を維持しつつ、内心小さな勝利に心躍っていた。

 なのに!

 最後の一文、お茶の温度に拘ったことでまたしてもモエルとプルンにしてやられる羽目になってしまったのである。プルンがいきなり片足を蹴り上げすぐに引っ込めたかと思うと高速回転し、何回目かでピタリとこっちを向いて停まり「ファイヤー!」と決めポーズ。そしたらなんとミコの背後におかれた湯呑みが一瞬の内に下から勢いよく吹き出した炎で焼かれ始めたのである。これにはミコも背後振り向いて唖然とさせられた。というか、驚いた。普通素焼きの湯呑みに直火は当てないから。

 ここにきてミコの辛抱も我慢も蒸発してしまった。堰を切ったようにミコはモエルとプルンに向かって捲し立てる。負けてもいいとかそんな損得勘定も一切考慮せず、心のままに、感情のままにしゃべくり倒しにかかったのだ。

「なによこれ! なんで床から火が出るのよ! 大体なんで直火なのよ! 火使うときはお父さんお母さんの許可の下でって学校で教わんなかったの!」

「え〜、宇宙妖精と宇宙精霊相手に学校とかって〜 not necessarilyでしゅよ〜。わたちたちはお家も偉いでしゅから、1から100000歳までずーっと家庭教師だったんでしゅ」

「そっちでもいいわよ! 調理のマナーがなってないって言ってるのよ!」

「騒がないでなのよ。床から火が出るくらいで驚くなんて思ってなかったのよ。ミーたちの惑星では下からの直火料理が殆どだから文句言われると困るのよ。ここは歴とした食材倉庫&料理部屋だし、火が出るのは当たり前なのよ。だってあなたは『釣られた魚』みたいな扱い……だから、なのよ?」

「カッツィーン。ガクッ」

 擬音をわざわざ声に出して、ミコは頭を下げてうなだれる。そしてうつ伏したまま「ふ、にゃふふふふ……」と不敵且つちょっと不気味な笑いを響かせる。そして次の瞬間! 勢いよく顔を持ち上げて完全に開き直った言動を取った。なんと床からの直火がまだ吹き付けている湯呑みに向かって影帽子からの黒い手でない、自分自身の両手を突っ込み、滅茶苦茶熱せられている湯呑みを掴み、それを体全体で持ち上げ、火から切り離すと持ち手の位置をずらして湯呑みを傾けて、でかい湯呑みにたっぷり注がれ、ましてや熱せられて沸騰するほど熱くなっているお茶を一気呵成に飲み始めたのである。「上等よどっこい! 釣られた女の意地と一芸、魅せたるわ!」との詞とともに。

 この常軌を逸した行動には常識が違っていたプルンとモエルもびっくりしたようで、「ちょっと、なにしてるんでしゅ!」「危ないし危険なのよ! 火止めないとなのよ!」とミコの身を案じる台詞を発してくれた。しかしミコは止まらない。一度飲み出したお茶は湯呑みを空にするまで一気飲みするのがミコのやり方だったからだ。そうしてとうとうミコは冗談とした思えない量と熱さのお茶を全て飲みきったのである。ミコは空になったでかすぎる湯呑みを炎の中にポイと投げる。そのタイミングで噴き上げていた火は消えたが、投げたにもかかわらずちゃんと直立した湯呑みの底が床に振れると、ジューッと蒸気が立ちこめていた。そこまで自分自身の目で確認したミコは驚いた御様子のプルンとモエルの方に向きを変え、頭を下げずにこう話しかけるのだ。

「おいしかったわ。ごちそうさま」って。

 プルンとモエルは呆気にとられたって顔を隠そうともしていなかった。その反応を見てミコは手応えを掴む。ボケに対してツッコミではなく、ボケ返しでもって対抗すれば連中もダメージを食らうのだと。そんなことを考える頭自体がもはや故障している感も否めなかったが、どのみちミコのことである。どこかはいつも故障中だ。そんな自慢できない自負があるから、ミコは常軌を逸した行動も平然ととれるのである。そして身体を張った(当たり前だが手も咽も舌も熱かった)ボケを含めた行動は、価値観の違いを盾にやりたい放題やってくれた宇宙生物どもにも効果を発揮した。ミコの「ごちそうさま」を聞いてうろたえている。ようやく同じステージに立ったのだとミコは判断。心が昂るのを確かに感じていた。それに流れもこっちに追い風、ミコは勢いに乗って、一気に畳み掛ける。

「ここ調理部屋だって言ってたわね……つまりここは塔の中ってことなの?」

 くだらない、それだけに大切にしたい些末な事実確認の質問だったが、勢いというものは恐ろしい。ミコが喋り終えるとモエルとプルンはまるで自分たちより巨大強大偉大な存在に畏怖するかのように縮こまったのである。きっと二人にはミコの姿が自分たちより遥かに大きく見えるのだろう。モエルはともかく、全長200メートル級のプルンさえも子犬のように萎縮しているのが毛並みの変化でよくわかる。ふさふさしていた毛が、雨でずぶ濡れびしょ濡れしたかのようにしなびてしまっているからだ。身体は正直なものである。ミコが味方につけた“勢い”は話し相手だったモエルとプルンの自衛本能を刺激し、防御の態勢をとらせたのだから。全くもって頼もしい虚構だ。

 そしてその“勢い”は、ミコの価値観や常識観をも大きく支えていたのだった。なぜなら――。

「ここは海辺の塔じゃないでしゅ。わたちたちが故郷から乗ってきた宇宙船の中でしゅよ」

 なんていうモエルの爆弾発言さえも、「予想外。でも許容内」と澄ませてしまえるほどの余裕をミコに与えていたからだ。

 ミコは小さな驚きも顔に見せず、常識外の発言に意外な応答で応える。

「宇宙船! すごいじゃなーい。ねえねえ! わたしたちの住んでる惑星が見たい! 窓開けてよ!」

 やられてたまるか取られてたまるかという負けん気と、純粋に宇宙への興味が合わさって飛び出た詞。向こうもそれを察知したようで、モエルとプルンは「こっちでしゅ」と立ち上がり、ミコの前に立って後ろを向き、歩き出した。急いでないミコ、ゆっくりと後に続く。

 壁と思っていたところが分解されて消えるかのように外側とつながり通路が開ける。モエルとプルンがつながった通路を進み、ミコもそれに倣う。

 そして横を見て驚く。既に横には宇宙が見えていたからだ。系統樹から外れた存在ゆえに宇宙空間でも生身で活動可能なミコ=R=フローレセンスであるが、実際に宇宙まで飛んだことは一度もないので見えた景色は新鮮だった。宇宙で見る恒星の瞬きは惑星の地上で見るのとはまた別格の輝きだった。もっとも今ミコが一番見たいのは恒星ではなく自分が生きて旅してる惑星の方なのだけれど、今いる通路は方角が違うらしい。プルンに「こっちなのよ」と小声で声をかけられたミコは、即興の名残惜しさを感じつつも、先導者たる二人に「あら……ごめんなさいねぇ」と生意気風味の詫びを入れて、改めてその後を付けて歩いた。

 そうして歩くこと2分間、再び通路を塞ぐ壁が消え、道を譲られ境界線を潜ると――見えた。

 青く光る宇宙エネルギーに満ち溢れた公転軌道上に浮かぶ、青い海と緑の大地を魅せる、自分の生きている惑星の姿を。そしてその周りを周回する衛星、月の姿を――。

「うわーあ、ちょっと感動。宇宙エネルギーって可視状態だったんだ〜」

 ミコがボケから外れた感想を素直に告げると、モエルが「違うでしゅ」と前置きをして語り出した。

「COSMO素粒子を知らないんでしゅか? エネルギーを解放するときは波動体、エネルギーを貯め込んでおくときには粒子体をとる、極めて賢い物理粒子でしゅ。やっぱり田舎者は知らないんでしゅね。ねープルン」

「そうなのよ。ここは知られた宇宙番地と言えど、田舎であることに変わりはないのよ。宇宙共通の常識を知らないんだから、仕方のないことなのよ」

 声なのに目に見えて挑発とわかるくらいの冷やかし&嫌味&悪口だったが、気にしなければ暖簾に腕押しである。実際ミコは二人の台詞を聞いてはいたが同時に聞き流してもいた。それ以上に生まれて初めて“外側”から見た惑星と月の神秘的な姿に夢中だったのだ。その時“今の気持ち”に正直なミコは「COSMO素粒子」という名称もすんなり受け入れて返事を返す。

「あなたたちにしてはいいネーミングね。COSMO素粒子って名前、ステキじゃない。なるほどね〜、宇宙にはこのCOSMO素粒子があるから生命が活躍できるわけかー」

 正直すぎるミコの詞はちょっと意外だったようで、モエルとプルンは一瞬逡巡、当惑するが、宇宙の常識を知る者として教える立場というポジションを獲得することでもってミコよりも優位を維持しようと次から次へと蘊蓄やら宇宙事情やら吐き出すように喋り出した。実にわかりやすい子たち――ミコの感想である。

「COSMO素粒子は宇宙という物質界と心ありきの冥海を繋ぎ物質界に心持ちし生命を生み出す最大要因的な、すんごく大事なエネルギーなのでしゅ。そしてすんごくレアなのでしゅ。基本宇宙と冥海は干渉せずに重なっていましゅが、宇宙では散発的にふたつの場所の干渉が起き、擦れてCOSMO素粒子が生み出される土壌となっているのでしゅ」

「でもね、COSMO素粒子は元々波動体として冥海にあるべき心ありきのエネルギー。この宇宙では粒子体を採るから特段問題ないけれど、実は結構レアなエネルギーなのよ。しかして使えば量も効率も宇宙最強を誇るエネルギー。ミー達の宇宙船もCOSMO素粒子駆動機関を搭載した最新型の宇宙船なのよ」

「ほー、すばらしいじゃない。で? COSMO素粒子に満ち溢れたこの惑星の公転軌道に船を置いているのはエネルギー源であるCOSMO素粒子の補給のため?」

「ピンポンパンポーン大当たりでしゅ! わたちたちは銀河周回宇宙船レースに出場している選手なのでしゅけど、トラップマスに引っかかって3万年の一時停止を強制されたのでしゅ」

「まあたかが3万年、モエルと一緒なら全然平気だったんだけど……運悪く2万3000年前にこの船トラブルを起こしたのよ。原因はいまだ不明。でも生活と通信システムは生きていたからレース本部に連絡して、生活分のCOSMO素粒子を採集できるこの惑星の近くに船を寄せることを認めてもらった訳なのよ。そして最も人が寄り付かない大陸にCOSMO素粒子蒐集兼発送のためのアンテナとして“塔”を12個打ち立てたってとこなのよ。あと言い忘れていたことだけど、3万年の休止マスに当たったのは3万4104年前。既にペナルティはクリアしている訳なのよ。ただ船がロクに動かないまま4,104年も過ぎちゃったってことなのよ」

「わりとどうでもいいことを熱心に説明してくれてありがとう。そっか……だから日時計塔は宇宙的なエネルギーに満ち溢れていたわけね。それを狙ってわたしも塔へやってきたわけだし――因果応報とはこのことね。で? なんで日時計塔にやってきたわたしをこの宇宙船に釣り上げたの?」

「そりゃ暇だったからでしゅ。語弊なきよう言うなりゃばレース中なのに4,104年のタイムロスはちょっち危機感が募るのでしゅ。今まで二人だけでマニュアル頼りに修理っぽいことしてましたが、全然治らずじまいなのでしゅ。二人でやることに限界を感じたわたち達は協議の結果塔に降り立ってやってくるエンジニアっぽい奴を拉致って協力を仰ぐことにしたのでしゅ。勿論報酬もありましゅよ。拉致って詞じゃわたちたち悪者になっちゃいましゅからね……ヘッドフィッシングって詞の方がしっくりくるでしゅ。報酬は12の塔で貯め込み純化したCOSMO素粒子の39%でしゅ」

「ミー達太っ腹〜♪ でもおいしい話には裏があるなのよ……まあ、ぶっちゃけた話、残りの61%で十分事足りるって事情があるからなのよ。まっ、軽いね」

 モエルはかわいこぶってキャッキャキャッキャと、プルンは双頭のふたつある口から時には交互に、時には同時に全く同じ声を重ねてミコとの会話で事のいきさつを語らった。

 そこまで話して閑話休題。一旦休憩をとると、ミコが柔く微笑んで話を再開した。

「すごろくみたいなレースといい、貯め込みすぎたCOSMO素粒子の量といい、ようもまあ3万年以上も休んでいたもんね。正直感心と呆れが同時に来るわ。でも釣った魚はしっかりエンジニアですわよ宇宙生物さんたち。わたしの影の秘術にかかれば、故障箇所なんて一目瞭然! さあ、出てきなさい黒い眼! つぶらな瞳の出番だよ!」

 そう告げてミコは頭に被っていた影帽子のがま口チャックを横一文字に勢いよく開くと、そのがま口が目になるように、口の真ん中に黒い眼を出現させた。その黒い眼からほのかな光量の光が放出され、ミコを、モエルを、プルンを……そして船全体を光が透過する。黒い眼の探査機能だ。この機能で「不具合」を探そうというミコなりの計らいなのだ。

 そうして適度に時間をかけたら、黒い眼がミコの顔正面から横に移動する。それ即ちその方向に異常あるのサイン――ミコはモエルとプルンを出し抜き、勝手気ままに動き出す。

 影帽子の黒い眼が導くので、頭から引っ張られる格好で、足をツツツ〜と泳がせながら歩くのではなく滑るようにミコは先頭切って進み出した。船の持ち主であるモエルとプルンを差し置いてである。鍵? 黒い手がピッキングして解錠しました。セキュリティ? そんな攻撃当たりません。後から付いてくるモエルとプルンを驚かし唖然とさせ突っ込ませるほどの魅せ場の連続。「あなたの家じゃないはずでしゅ!」との御詞まで頂戴しつつミコが向かった先は、なにやらでっかく開けた空間だった。ミコも黒い眼からの情報でここがどこだかわかっていたが、あえてここはモエルとプルンに言わせることにした。そこにあるのは余裕と優位性である。優位性。

「ここは……COSMO素粒子貯蔵タンク? ここが故障箇所だって言うんでしゅか?」

「そうだよ人間。ここは単なるエネルギー保管庫のはずなのよ。一応制御システムとコンソールパネルはあるっちゃあるけど……もうチェック済みなのよ!」

 さすがに4,104年暇があれば隅から隅までチェック済みの模様。しかしミコの黒い眼が見つけたのはチェックもされない「盲点」だったことを、ミコは白状する。

「これは『エネルギー・アレルギー』ね。慣れない環境下に置かれたエネルギーそのものが物理作用のある力場っていうか回路を構成して勝手に作動しエラーを起こしていたの。エネルギーの方向性そのものが正体だから、通常の故障調査では引っかからないわけね」

「What? エネルギー・アレルギー? そんなの聞いたこともないでしゅよ。見たことなんてもっとないでしゅ。ねープルン」

「うん……なのよ。初対面の初体験、対策打ちよう無いなのよ。エネルギー素粒子そのものが機械の役目を果たすなんて、本は教えてくれなかったのよ!」

 ミコの説明にモエルとプルンは知らぬ存ぜぬの一点張り、というよりも話の内容に少なからず驚いた御様子で、平淡な口ぶりの奥には新しい知識を得たことでの「ゆらぎ」があった。ミコはそれを見て取って、そのまま流すことはしない。せっかくの機会を最大、最高、最適に活用すべく嫌味気取りの似合わぬ口調で意趣返しを食らわせる。

「知らないの? この惑星に住んでる知識人なら常識だし本にも書いてあることよ。それを知らないなんて……そっちの方が田舎なんじゃないの。なんてね」

 ミコの痛烈な台詞を受けて、モエルとプルンは雷が落ちたかのようなショックを受けたようで声にも音にもならない悲鳴を大袈裟に上げたあと固まってしまった。その機を逃さずミコはタンクにちょっと細工をする。そんでもって続け様に衝撃的な台詞を発するのだ。

「はい、修理完了。エネルギー回路の問題はこれで解決ですよ、っと」

 重要過ぎる詞が連続、なんて豪華……むしろ贅沢とも言い表せるミコの放った台詞の二番目は明後日のどこかかなたを飛んでいたモエルとプルンの意識を強引に呼び戻すだけの引力があった。勿論戻り方は軟着陸なんて優しいものではなく、むしろ不時着に近い非常に頭痛を要するものだ。案の定「帰ってきた」モエルとプルンは頭を抱えたり双頭をガンガンと振ったりなどと、個性豊かな大同小異のリアクションで応じてきた。もちろんミコにとっては喜ばしいこと他ならない。完全に場の主導権を握ったミコが宇宙生物を翻弄する。それはきっと、誰もが望むことだろうから……。

 そんな楽しい時間も禍中の宇宙生物2名の(やはりボケ混じりの)応答開始によって終わりを告げる。そう、ようやくモエルとプルンが自分達の船について少しだけ真っ当真面目な会話を始めようとしていたのだ。先へ未来へと進もうという展開、手招きこそできても避けることはできないステップである。

「な……な、なな、ななななな? もう直っちゃったんでしゅか? When? What time? How much? わたちたちが2万3000年かけてもわからなかったトラブルが一瞬で一気に直ってしまう? そんなことが起こりうるのでしゅか?」

「そーだそーだなのよ! 一体どうやったのよ。1から11までで説明しなさいよ」

 文句言う豚のように「ブーブー」と鳴いている二匹の宇宙生物。その反応は至極常識的なのでミコは聞けて安堵するが、同時に“常識の壁”を越えられなかったことへの残念感も心の中に湧いて出す。ちょっとした失望、ガッカリ感を持て余すことになったミコは、秘密の皮肉を口にした。

「そりゃ教えられないわ。だって『企業機密』、ですから」

「んがっ!」

 ミコの軽いボケ冗談に、もはや予定調和ともいえる反応を見せるモエルとプルン。その反応を堪能するに至って、ようやくミコは心洗われスッキリするのだ。もう俗世が滅ぼうとも落ち着いていられるような、寛容と達観の極致に至る。悟ったと言い表した方がいいかもしれない、それくらい安らかに落ち着いた状態。

 それに呼応するように、モエルとプルンもまた熱気を失ったかのように急速に落ち着きを取り戻していく。顔から含むところ数多の笑みが消えたのだ。それは、散々ボケ倒してきたのを一旦でも止めて、真面目になるという合図――ミコは微笑んだ。

 最初の詞は相手から、真っ直ぐな眼差しを向けてくるモエルが代表してミコに告げる。

 かわいこぶった口癖も止めて、感謝の詞をミコに伝える。

「エンジニアのお姉さん、ありがとうございました。船を直して頂いて、本当に助かりました。心から感謝の意を表します」

「そして約束通り、此処に貯め込み純化したCOSMO素粒子を量にして39%まで差し上げます。どうぞ、お受け取りください」

 モエルが頭を下げて感謝の気持ちをミコに示し、阿吽の呼吸で後を引き継いだプルンが続けて報酬の内容を提示する。ミコはいつもの淡く柔い笑顔でその詞を静かに受け止める。

「では、COSMO素粒子を受け渡します。器を出してください」

「ええ。わかったわ」

 モエルとプルンの一字一句違わずに重なりあった指示を受けて、ミコは影帽子のがま口チャックから二本の黒い腕を取り出し、ついでに出しっぱなしだった黒い眼を引っ込める。

 黒い腕には黒い手が付いており、ふたつの黒い手は固く握り締められていた。何かを握っているんですね――モエルとプルンが指摘するとミコは「ええ」と頷き、ちょっとだけの距離、黒い腕を伸ばして黒い手をモエルとプルンに差し出してからふたつの掌、開かせる。

 中にあったのは……まんまるい真球そのものの光り輝く宝石がふたつ――宇宙のように暗い蒼色と朱色に光る恒星のような石ころだった。

 ミコに中身を魅せられたモエルとプルンは「おお……」と感嘆の声を上げる。わかっているのだろう、世にも稀な真球の美しさが。だからこんなコメントもいただく。

「キレイな球石ね。すばらしい造形美だわ」

「ホントにね。一体誰が加工し作ったのか」

 当然の反応、当然の疑問。聞いていたミコは正直に答える。

「ええ。神業でしょ? これね、この惑星で活動している神様が作った神器だから」

「おお、なるほど」

「それなら納得ね」

 どうやら『神様』の存在をこの宇宙人達は知っていたらしい。特に詳細を説明する必要もなく理解してもらえた。そうなると物事も状況もテンポ良くトントン拍子に進む。実に好ましい好循環だ。

 モエルが両手を天に翳し、プルンがその双頭を同じように天に向け「ヴォオオオ……」と喉から鳴き声を発する。するとタンクに貯蔵されていたCOSMO素粒子がタンクの壁を擦り抜けてミコ達のいる空間に現れると、光の奔流となってミコの黒い手の中にあるふたつの宝石めがけて流れ込んでいく。宝石ふたつはそれを拒むことなく、どんどん受け入れじゃんじゃん吸収する。やがてCOSMO素粒子の奔流が途切れた。それ即ちミコの取り分39%分のCOSMO素粒子が全て出尽くしミコの持つ宝石に取り込まれたことに他ならない。ミコはふたつの黒い手で区別のつかないふたつの宝石をそれぞれ握り直すと、黒い手、腕ごと影帽子のがま口チャックの中へ引っ込め、チャックを閉めて元通り。

 

 そしてとうとう、別れの時が来た。

 

 モエルとプルンが手と手を合わせると、その場に転移ゲートが出現する。ここは出入口だったのか――なんて無粋なことミコは考えない。COSMO素粒子の扱いに難はあれど、この宇宙生物たちの技術水準が自分たちのはるか未来を体現していることに間違いないこと他ならないから。きっとどこからでも出入りできる仕組みなんだろうと、ミコは勝手に納得して迷うことなくためらわず、展開されたゲートの中へと進み、いともあっさり中へドボン。入った途端にゲートの光は一層輝きを増し、中のミコと外にいるモエル、プルンの『間』を遮断する。それがあまりにもきれいだったもんだから――。

 

 ミコも、モエルもプルンも、「さよなら」さえ言わずに別れてしまった。

 そしてなにより驚くべきは、それをよしとする、気前のいいミコである。

 ミコは罪悪感も後悔の念も一切抱くことなく、ただ笑って、消えたのだ。



 転移ゲートの消えた宇宙船の中で、モエルとプルンは暫くの間直立不動で立ち尽くしていたが、やがて時間が二人の身体を解したようで、二人はいつもの口調に戻って今まで肌身で感じていた一部始終についての感想を話し合い出したのだ。

「やっと終わったでしゅ。わたちたちの道草も、とんでもない御客の相手するのも。永かったようで短かったでしゅねプルン。今まで釣った奴等は役立たずでしたけど、39人目にしてようやくアタリが釣れたのでしゅ」

「そうなのよモエル。これでミー達はまたこの宇宙を駆け巡ることができる。レースに復帰することができるんよ。さあ! 亡霊宇宙船ミスト号、出発なのよ!」

 プルンが自分達の宇宙船の名前と発進をコールすると、音声認証でもされたのか実際にミスト号と呼ばれた宇宙船は永きに渡る眠りから目を覚まし、実にエンジンユニットを3万4104年ぶりに稼働させてそのままシームレスに惑星を離れて進み出した。同時にモエルとプルンはレース復帰の旨を大会本部のある惑星めがけて打電する。すぐに受理され返事が届く。これで正式にレース復帰である。

「よーし、艦橋へ行くでしゅプルン!」

「合点! 一目散に急行だぜモエル!」

 動き出した船の中、乗組員の二人はエネルギータンクから駆け出して、操縦桿のある艦橋へと走る。その途中たまたま留まっていた、『塔』を建てた惑星が視界に入ってきた時、モエルがハッと気付いてプルンに耳打ちする。

「そういえば今別れたあの帽子の女の子の名前、聞いてなかったでしゅね」と。

 その詞を聞いたプルンは一瞬上の空を見つめた後、遠い目のまま頷いた。

「そうだった。今まで釣った38人の名前は訊きもしなかったからいつもの癖で終わっちゃった訳なのよ。惜しいことしたのよ。でも、時は戻らない。後悔は戻れない過去に抱く感情だから後悔なのよ。後ろ向いていても仕方無いのよ。ミー達には自分達の未来がある――でしょ? もういいじゃないそんなこと。さあ! 四足走行のわたしに乗るのよモエル!」

「よっしゃー!」

 自分達の期待に応えてくれた女の子への関心を長寿の知恵で粉砕し、ココロの向きを前に向けて加速するモエルとプルン。プルンの提案に当然と乗って宇宙精霊の巨体の背に文字通り『乗る』モエル。大きさの違う相棒と並走する必要のなくなったプルンは再度加速し、艦橋へとひた走る。

 その顔は二者三面ともに、充実した面構えであった――。



 燃料補給のために宇宙生物たちが建て、撤収も改修も処分もされず、そのまま建ちっぱなしとなってしまった霧大陸の日時計塔。

 12ある日時計塔、そのひとつの空中回廊にミコは戻ってきていた。座った体勢で着地したミコは、帰ってきたことを確認するとすぐに高台の出入口へと駆け出した。外は来たときから随分経って、夜中星空になっていた。ミコは外に出ると満天の星空の一点を見つめる。そこにはミコの目で見えるCOSMO素粒子の使用軌跡があった。そう、ミコが見ていたのはさっきまで自分もいた、宇宙生物たちの宇宙船だったのだ。どんだけ目がいいんだか。

「おー、進んでる進んでる。ちゃんと直した甲斐があったわね。それにこっちもこの日時計塔で貯めるはずだったCOSMO素粒子フルチャージできたし……winwinってやつね。善きかな善きかな――さーて、下準備ができたところで次の目的地へと行きますかあ」

 ミコはそう言ってまた影帽子のがま口チャックを横一文字に開くと宇宙船にてCOSMO素粒子を投入したふたつの宝石――真球宝玉、記晶石オクとネンを黒い手に握らせて取り出し、自分自身の手前に持ってくると、術式を仕込んだ自らの手を翳す。するとふたつの記晶石はスススーッと宙へ浮かび、ミコに向かって光を発する。光は光る紐となり、ふたつの記晶石とミコの心臓を繋いだ。そしてある方角へとミコを引っ張り、正面の向きを変えさせる。ミコは素直に誘導され、次の目的地と位置づける里の方角を見据えて一言。

「メカニズモはそっちか……うん、日出づる方角、悪くないわね」

 一言呟き喋り終えたミコは黒い手をがま口チャックの中にしまうと同時に、中から別にエンジンユニットとグライダー、いわゆるモーターパラグライダーの装備一式を吐き出させると、いそいそてきぱきと装備一式を身につける。全てを装着し終えたミコはアクセルレバーを握ってエンジンを稼働させ、後ろのプロペラを回し始めると、自分を次の目的地――メカニズモへと導く記晶石の誘導に身を任せ、軽い足取りで歩を進め、間もなく塔の出入口から海の真上に身を投げる。飛び降りて暫くは重力に身を任せるままその身体は自由落下していたが、ロープで繋がれたグライダーが風を受けて揚力を受ける役割を果たしだすとそれ以上の落下はなくなり、ミコの身体は海上に浮かび、同じく浮いて光の紐でミコを引っ張るふたつの記晶石とそれを後押しするプロペラの推力でミコは空を優雅に夜間飛行。

 これぞまさしく旅の醍醐味――未知の生命体相手に名前を名乗らなかったミコという名の女の子は、目に映る星空と身に受ける風を楽しみながら、旅気分を満喫するのだった。

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