12

 珍しくタツヤの彼女から連絡があった。タツヤは一歳下だけれど、タツヤの彼女と私は同じ歳だった。

「タツヤが……ソウさんが金を返してくれないって言ってるんだけど、ほんとかな? タツヤは絶対返してくれるから黙ってろって言うんだけど、五万らしいのね。大金だからさ。マイラちゃんは知らないんじゃないかと思って……」

 知らなかった。本当だろうか。いや、残念ながら本当だろう。ソウはタツヤに、毎月一万円ずつ返すと言って、初月から返さなかったらしい。私はソウに問い質した。ソウたちがカレーを作ってくれた日、あの日に借りたと言った。貯金を切り崩してタツヤに全額返して謝った。タツヤの彼女が心配してくれた。心配は心からありがたいけれど今の私にはどうすることも出来ない。

 リアを送り、家事をし、リアを迎えに行った。魚を見つめ、晴れた日は星を探し、ソウの帰りを待った。また雨の日が増えてソウと過ごす時間は増えた。普通に話していても喧嘩腰になる事があった。仕事の日のソウの帰る時間は、測ったようにパチンコ屋の閉店後を思わせる日が増えた。九月中に二回、頭痛で寝込んだ。スマートフォンに目を凝らすのが精一杯の痛みの中で、リアとソウの分の牛丼を買って来てくれるように仕事中のソウに頼んだ。一度は保育園が休みの日だった。ソウは、痛みを訴える私とリアを置いて出かけてしまった。お昼は冷や汗をかきながら、なんとか素麺を茹でた。私は一口しか食べられなかった。リアのおやつの時間、ソファに横たわる私にリアが空腹を訴えた。ふらふらと立ち上がり冷蔵庫を覗くと、買ってあった蒸しパンが入っていた。包装の袋を破るとチーズの臭いで気持ちが悪くなり、トイレに急いで嘔吐いた。鼻水も涙も出てくる。何度嘔吐いても胃の中から何かがせり上げてきた。

「リア、ごめんね」

 こんな私に、何が言えるのだろうか。


 あまり涼しさを感じさせない中。ツクツクボウシの声も枯れて、秋が深まろうとしていた。リアと二人でいた時に具合が悪くなった日は、何度ソウに電話をかけても出てくれなかった。パチンコをしている時はソウは電話に出ない。ソウから折り返しの着信があったのは最後に電話を鳴らしてから十分後くらいだった。私が具合が悪いと言うと、ソウの声は明らさまに不機嫌になった。「もう少ししたら帰る」と言う言葉を信じて暗くなるまで待った。明らかに、度々寝込む私を疎ましく思っているような声だった。家にはリアもいる。二人を心配して帰ってくるのが当たり前だと思う私の気持ちは、急激にソウから離れて行くような気がした。

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