次に目を開けたのは朝の九時過ぎだった。隣にソウはいなかった。起き上がってリアのベッドを見る。リアのパジャマが脱ぎ捨ててあった。

「おはよー」

 リアとソウはキッチンにいた。

「ママ! だいじょーぶ?」

 エプロンを着けたリアが卵を割っていた。一つ、テーブルの上に落ちた卵をボウルに流し込む。殻を取り除いて混ぜてもらった。ソウが用意していたベーコンを子供用の包丁で刻むリア。朝ご飯はスクランブルエッグとトーストらしい。

「きょうはリーちゃんがママね!」

 リアの額にキスして、顔を洗いに行った。

 ダイニングテーブルに三人が揃うと「いただきます」とリアが手を合わせた。「いただきます」ソウと私も声と手を合わせた。


 リアが洗う食器を受け取って水切りに入れて行った。

「リアママ。どうもありがとう」

 リビングのクレオのところに走っていくリア。クレオのゴハンは済んでるのかな。

 振り返ると、換気扇の下で煙草を吸っているソウと目が合った。困ったように片方の眉を顰めて笑うと、私から目を逸らした。

「もう煙草もコーヒーも買えねーわ。マジでわりぃんだけど、ATMに行ってきてよ」

「いくら下ろすのよ」

「三万。勝ったら絶対に返すから」

 またパチンコに行くのなら、三万円が増える確率より、使い果たす可能性の方が遥かに高い事に気づかないのだろうか。

「午後からタツヤ呼んだんだ。マイラの見舞いだって。酒と食材買わせるから、また夜はリアと一緒にカレーでも作るわ」

 歩いてATMに来た。三万も下ろしたら今月の生活費が足りなくなる。ガソリンスタンドで働いていた間に貯めた五十万は切り崩したくなかった。本当はリアの小学校入学までに百万貯めたかった。ソウにパチンコをやめてもらいたい。でも、もう既に、頼む事も願う事も意味がない事に気づいていた。ソウを変えようとするのは無理で、私が変わらなければいけないのだ。でも、どう変わればソウがパチンコをやめるのか分からなかった。そして、私が変わってもソウがパチンコをやめるのかも分からなかった。


 バイクの排気音が家の前で止まった。インターフォンを鳴らしたタツヤが部屋に入ってきた。リアが産まれた年にソウの会社に入った、元暴走族だ。私たちの代の一年後輩だった。OBだけれど今でも単車に乗っていた。私はこの頃ずっとリアとの二ケツだ。母親と一般人との間にはものすごい差が出来る。

 ソウ、リア、タツヤはCー1500でスーパーに向かった。私は病人扱いで置いて行かれたけれど、無理矢理チャイルドシートを置いたピックアップトラックのリアシートはとても狭くて、大人が三人乗るのには向いていなかった。

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