バス停の横の美容室の庭で濡れる青い額紫陽花を見ながらバスを待っていた。到着時刻を五分過ぎていた。雨だからもう少し遅れるのかもしれない。スマートフォンを取り出して時間を確認する。八時二分。平日の時刻表は七時五十五分に一色海岸行きのバスがあるはずだった。バス停の時刻表を確認しようと立ち上がると雨の向こうのカーブにバスの姿が見えた。

 普段なら、雨だと休みになるソウが車でリアを保育園に送って行ってくれるのだけれど、今日は違った。雨の予報を楽しみにしていたソウは、新装開店するパチンコ屋に行ってしまった。ばら組の教室でリアが朝の用意をするのを見届ける。保育園から遠回りをして歩いて帰った。坂道の途中の観賞魚店の前に差しかかった。雨に濡れた窓越しに照明で照らされた水槽が浮かび上がっていた。


 次の日も雨だった。昨日の夜、上機嫌で帰ってきたソウが、今日はリアを送ってから一緒に出かけよう、と言った。

「迎えに間に合うようにするから、マイラもたまにはパチンコしねぇ?」

 私はリアが産まれてから一度もパチンコをしていない。ソウも「子供が産まれたらパチンコはやめる」と言っていたのに。行かなかったのは最初の一ヶ月間だけだった。それから数回、私に黙って行っていたみたいだけれど、そんなのはすぐにバレる。そのうち開き直ったように「給料日の次の休みだけは行きたい」と堂々とパチンコするようになった。リアが成長するにつれてソウのパチンコの回数は増えていった。

「ドライブしたいな。二人だけって久しぶりじゃん」


 ドラッグストアの駐車場の黒いCー1500。左側の運転席は空だった。一応車内を覗き込んでソウが居ないのを確認してからドラッグストアの中に入った。ソウは私のミネラルウォーターと自分のコーヒーを持ってレジに並んでいた。

「これでいい?」

「うん」

 ソウがリアを保育園に送って行く間に雨は止んでいた。急に晴れ出した空には眩しい青が覗いていた。車は海岸線に向かった。海沿いの国道を走る。トンネルの出口は半円に切り取られて、下り坂のカーブの向こうに広がる真っ青な海を映していた。国道は今日も渋滞し始めた。海の上にサーファーやセイルを見つける。サーフボードのキャリアが付いた原付や自転車が通り過ぎた。運転席のソウの向こうに海が光っていた。渋滞を抜ける頃、海は松林の向こうに消えていた。反対車線のカフェの駐車場に車を入れて既に乾いているアスファルトに降りた。外は真夏のような暑さだった。エアコンが効いた室内の席を選んでランチをした。私はナチョスとコロナ。ソウはタコライスとコーラ。帰り道は助手席側に海が広がった。次第に増える暗い雲。海の上に雨が降っている。雲から降り注ぐ雨と、雲の切れ目から射す光がラインを作っていた。


 観賞魚専門店に着いた時には雨が降っていた。名前も知らない魚たちが綺麗な水槽の中で泳いでいた。店の中は不思議と少しも生臭い匂いがしない。店の中に浮かんでいる熱帯魚の形の風船を欲しがるリアを宥めながら魚たちを見ていた。

「今日は何かお探しですか?」

「熱帯魚を飼うのって難しい?」

 ソウが店員と話していた。観賞魚の種類によって飼い方も難しさも様々だと言う。ゆっくり全部の水槽を見てみたかった。水槽には魚だけではなく小さいエビやストライプの巻貝なども暮らしていて、それぞれ売り物らしく値段がついていた。そして色々な水草が庭のように植えられていた。

 ある水槽に近づくと長いひれを揺らしながらきれいな水色の魚がくるくると泳ぎ回った。可愛くてきれい。こんな熱帯魚は初めて見た。熱帯魚と言えば何も考えていないような表情で悠々と浮んでいるようなイメージだった。

「今日は雨の中をお越しくださったので、生き物の価格は十パーセントオフにさせていただきますね」

 リアを呼んで水色のベタという魚を見せた。隣にいたソウがベタの飼い方や飼育に必要なものを聞いていた。喜んでベタを見るリアの前で、長い鰭を激しく揺らして行き来するベタも喜んでいるように見えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る