lau lau

𝚊𝚒𝚗𝚊

「いくつで産んだんだろうねー」

 今朝も保育園に子供を預けに来たママたちの陰口が追いかけてきた。さっきリアと一緒に乗って来た自転車に跨って坂道を滑り下りた。妊娠が分かって二歳年上の土木作業員のソウと籍を入れたのが十八歳だった。

 坂の途中の観賞魚専門店の駐車場に自転車を止めた。店の営業時間は十時から十九時。今は八時三十分。開店前の店の外からも熱帯魚が泳いでいるのが見えた。壁一面の窓際に小さな水槽がいくつも並んでいた。駐車場の脇には金魚たちの水槽も並んでいた。

 昨日で仕事を辞めた。ガソリンスタンドで九時から十五時まで働いていた。仕事の日は休憩が回らなくて昼食をとれない日も珍しくなかった。次第に仕事中に頭痛がするようになってきた。冷や汗が出そうなくらいに痛い日もあった。接客中は血の気の引いた顔で笑顔を浮かべていた。そう言う日は家に帰ってから嘔吐する事があった。ひと月程前に右下の奥歯の殴りつけられたような痛みで目を覚まし、もう眠れなかった。朝になり仕事を休んで歯医者に行った。ひどい虫歯になっているのだと、削ったり抜いたりして治るのだと思っていた。レントゲンを撮って待っていると、さっき座った診察台とは違う場所に案内された。その部屋は個室の診察室になっていて壁には幾つかの有名そうな絵画が掛けられていた。暫くすると芸術家のような髪型の歯科医が現れて、私は顎関節症だと告げられた。どういった治療をするべきか調べるために、就寝時に嵌めるマウスピースを作るのに三万円。その後の治療は症状によって十万円で済む事もあれば六十万円もかかる事もあるらしい。うちにはそんなにも高額な治療を受ける余裕はなかった。夜、帰ってきたソウに顎関節症だったと話すと「仕事を辞めた方がいい」と言われた。確かに、あの歯科医も顎関節症は習慣病で、治ってもストレス源を取り除かないと再発すると言っていた。

 かわいい金魚を見ながら歯科医の言葉を思い出していた。仕事に行く前に通る坂道沿いの、この魚たちがずっと気になっていた。今日は初めてゆっくり眺めた。


 今まで仕事が休みの日にしていたようにスーパーで買い物をして家に帰った。洗濯物が乾く間に掃除をして一人分の昼食を用意した。昼食の片付けをして少しゆっくり過ごしていると、すぐにリアを迎えに行く時間が近づいてきた。お迎えの時間は朝と比べると擦れ違うママたちが少なかった。 

「リア! おかえり! 今日は何が一番楽しかった?」

「プールでたからさがしをしたよ。リーちゃんはふたつもみつけた!」

「やったね」

 屈んだままリアとハイタッチ。

「さようなら」

 先生から今日のリアの様子を聞いて挨拶をした。来月はプール大会があって保護者が見学出来るらしい。ソウは平日は休めないので私一人で来る事になる。園の行事に一人で来るのには慣れていた。仲良くしたいような園ママはいない。

「今日はいつもと違う道で帰るよ」

「えー?」

 坂道の途中の観賞魚店。少し遠回りしてリアにも魚を見せてあげよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る