第74話

「疲れた顔してるね、つぐな。」

学校について早々、横の席の美湖が声をかけてくる。

「美湖ちゃーん…、助けて。」

「いや。つぐなに巻き込まれると面倒だもの。」

「美湖が冷たい…。」

「どうせ安い友情ですよ。」

「美湖は割と高い方だよ~。」

「あんた、朝から起動してると始末に負えないわね。」

美湖の毒舌が冴え渡ってる。私はこの子にすら、ただ一つの真実も告げていない。千葉さんにも言えない。

「そっか…。」

「どうしたの?」

「美湖ちゃん、コータって何組だっけ?」

「何言ってんの?隣ですけど?」

美湖ちゃんが心底意味の分からない、って顔をしながら教えてくれる。

「あ、マジで?」

「あれだけ目立つ男のクラスを知らないとは気持ち悪いわよ。」

「授業一緒じゃないんだもの。」

コータの成績は語学においてトップクラスを誇っている。たいして私は語学においては下から数えたほうが早い。

「隣か…。美湖ちゃん、ちょっと行ってくる。」

「いってらっしゃい。」

荷物を置いて、教室を出る。

それだけの変わり者であり、唯一すべての真実を知る男だ。私にとって、頼りたくはないが、頼る相手はこれしかいないことも、美湖との会話でわかった。

「井岡。」

「南ちゃん、どうしたんだい?」

隣の部屋のドアを開けてすぐの席の井岡に声をかける。淡々と眠たげに教室を眺め、ぼーっとしている。私は、こいつをコータとあまり呼びたくないのだが、こいつは逆に苗字で呼ぶと目立つから始末が悪い。

そして涼しく笑って私に返す。時々こいつはすべてを見通したような、未来も過去も知っているような達観した瞳をする。

「顔を貸せ。」

「今かい?」

「放課後だ。」

「…場所は?」

「拓真も躱したいの。」

「巧さんたちのとこ行く?」

「あんたと二人であそこは嫌。」

ポンポンとテンポよく進んでいく会話。お互い表情はピクリとも動かさない。

拓真は、小さなカギを手で弄んでいる。

「学校裏、校庭の見える…あそこ。わかる?」

遠くの窓をさすコータ。場所はわからんでもない。

「ずいぶんと変な場所指定するわね。」

「拓真、あの花の匂い嫌いだから。」

「…なるほどね。」

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