第69話

「俺はね、確かに郁のことが好きだったよ。これ以上ないほど大切な人だった。」

知ってた。拓真にとって彼女が特別なことは、方々から聞いていた。

「郁が願ってくれれば、俺は郁のために動いただろう。でも、彼女は一度も本当の意味で俺を恋愛対象として見たことはなかったと思う。」

静かに拓真の語る過去。それは、きっと地味に残酷だ。

「それは、俺と郁の間に横たわる年の差もあるだろうし、お互いの性格もあったんだろう。…郁は、学校一の美男に言い寄られても、笑って躱してしまうようなやつだったしね。」

「それは、拓真のこと?」

「まさか!」

拓真は私の半信半疑の冗談を笑い飛ばす。

「コータの…親友だった男だよ。」

「親友…だった?」

「コータの友人は誰も、彼をコータの親友であるとは認めていないけれど、それを言うとコータが哀しそうな顔をするからね。」

「ちゃんと、あいつのこと友人と認めているんだね。」

「あれは人タラシだから。」

嫌そうに顔をしかめるが、それが本音では無いのは丸わかりだった。

「郁の話に戻すぞ。」

小さくうなずく。

「郁のことは守ってやりたかった。だけどあいつは、俺に守られることを望まなかった。郁はあの見た目であの性格だから人気はあったけれど、敵も少なくなかったから。でも、俺には手を伸ばせなかった。自分が可愛かったから。それをわかってて郁も俺を拒絶した。」

同じだ、と思った。あの人も私と同じように、彼に守られることを望まなかった。

「郁と自然と別れて、お前に出逢ったとき、見た目も性格も正反対なのに、郁と同じものを感じた。そして同じ間違いを犯そうとした。…また、守ってやりたい、そう思ってしまったんだ。」

正確に言うのならば、私は守られることを望まなかったわけではない。ただ、それ以上に武器が欲しかったのだ。

「お前は、郁よりはっきりと俺に感情をあらわにしたよな。同い年だし、性格もあるんだろう。でも、そのおかげで俺はちゃんと答えを知れた。」

拓真の話はどちらに進むのだろう。正直わからない。

「あゆにも、コタにも、コータにも言われた。”お前はつぐのことが好きだろう”って。でも、俺はそれを認めたくなかった。だって、いくら相手にされていなかったとはいえど、俺の心には郁がいたから。つぐはまた他の場所に入れておきたかったから。」

拓真に息づく小さなほかの人の気配。それが千葉さんの気配だと気づいたのはいつだっただろう。

「でもね、郁にも言われた…。”タクマは、あの子のことがすごく大切なのね。”最後に認めるきっかけが郁とは情けないが、多分一番冷静に俺のことを知ってるのは、郁なのも間違いはないんだ。」

心の奥に、ジェラシーの炎が燃え上がるのを感じた。

ああ、最後まであの人なんだ。

「全部、知ってた。」

小さな声で拓真を遮るように告げる。

「拓真に残る小さな誰かの気配…郁さんのものだと知ったのは最近でも。」

どんなにうれしい答えでも、流石の私でも。

子供っぽいし、馬鹿みたいだけれど。千葉さんが彼に教えた答えを、受け止めたくはなかった。

「つぐ…。」

「拓真、私は嬉しい。だって拓真は私の気持ちを知ってるし、今の会話の流れで悟れないほど、私は馬鹿でもない。…それでもこれは駄目よ。郁さんがまたイギリスにいなくなったら。郁さんが誰と結ばれようと、あなたは受け入れられない。私以外に好きな人が出来ても、それを認めることもできないまま、無為に私と時間を過ごそうとする…。そんな未来が見えるの。」

「つぐ…?」

私は、哀し気でもなんでも構わないと無理に微笑んだ。

「帰るわ、拓真。」

「つぐ!」

引き留める声と、手を無理やりふり躱す。

「大丈夫、泣かない。笑ってる。…ごめんね、私もバカで。郁さんがイギリスに戻ったらまた、話そう?」

「それじゃ、遅いんだ…。俺は郁に…。」

やっぱり。私の中にはものすごい千葉さんへの嫉妬が住んでいて、自由にしてくれない。

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