第62話

「そろそろ帰ります。今日は私はお休みだけど、心配で仕方がないから。」

しばらくの時間のあと、あゆちゃんが腰を上げる。

「そういえば、誰が店番してるの?」

「バイトさんですかね。私以外は接客はからっきしで。まあ、ウチの男どもは父さんも含め、観賞用には悪くないんですけど。」

あゆちゃんの言わんとすることはよくわかる。

「バイト?」

「私たちはこれでも学生ですから。うちの店大学近いですから昼間の空きコマに来てくれる大学生が何人か。あと、こうして誰かが抜けるときに。」

「安心した。あゆちゃんいなくて店を回せてるのか心配だったんだ。」

そう言って私は笑った。

「帰るなら、駅まで送るわ。亜哉。」

「はいよ。」

亜哉をちらりと見ると、心得たとばかりに外出の準備をしている。

「大丈夫ですよ。まだ外も明るいし。」

「そういってもいつも送ってくれるでしょ?今、拓真に連絡したから。」

「つぐちゃんとお兄ちゃんとは違いますって…。」

「拓真が大切に想っていることに変わりはないでしょ?ゴメンね、父さんいないから車回せなくて。」

「うちそんなに遠くないって!」

カラカラと笑うこの娘のためなら、少し躊躇っていた拓真への連絡もできた。

>了解。駅まで俺かコタが行くから心配しないで。

ちょうど手が空いていたのか、シスコンがなせる技か、拓真から返信が返ってきた。

今、店にいるのだろうか。そこにあの可愛い人はいるのだろうか、いたのだろうか。

>郁さんと

自然と動いた、なんと言いたかったのかわからない文章を送らずに叩ききって、既読だけつけて電源を落とす。

寒がりらしいあゆちゃんが少し着込んだのを確認して外に出て、鍵をかける。

うちと駅までの道はさほど遠くない。というか、近い。

「あゆちゃん、ケーキありがとう。美味しかった。」

「あ、俺からもよろしくです。」

 聡い娘だ。あゆちゃんには、私の言葉の中に秘めたひねくれた想いは伝わっただろう。あゆちゃんはふわりと笑って

「ええ。必ず。」

 改札の前でスカートの裾を翻しながら笑う可愛らしい姿は、皮肉なことにによく似ていた。

「今日はありがとうございました。つぐちゃん、アヤくん。」

「こちらこそ。よかったらまた来てね。」

「ええ。またこっちにも。よかったら亜哉君も。」

「姉貴が許したらね。」

くすくすと笑って手を振る背を、同じように手を振って見送る。

「亜哉。」

「何?」

「今回だけは褒めてやる。だから。」

「え?ん?」

どこか亜哉に愛おしさと理不尽な苛立ちが沸いて、私的優里の一番可愛い写真を送りつける。人には一つ、魅力的な表情があり、これが優里の魅力を一番引き出している。きっと、これで亜哉は嬉しさと罪悪感の板挟みでしばらく、優里に会うたびに複雑な感情を抱くことだろう。

亜哉、お前はそうやってまっすぐな恋をしろよ。

私とは違ってよく母に似たんだから。

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