第61話

「姉ちゃん、俺の机持ってった?」

突撃してきたのは呆れる弟

「客来てるのわかってたでしょ?ごめんね、あゆちゃん。弟の亜哉。」

「ああ!前にお兄ちゃんが電話した、って笑ってた!初めまして。行野鮎子です。お邪魔してます。」

あゆちゃんはおそらく私たち姉弟の変わった名前に首を傾げながらも、それを顔に出すような子ではない。亜哉はピンときた様子で

「拓真さんの妹?」

「そ。」

亜哉はにたりと笑って

「僕もお話に混ぜてよ、鮎子さん。」

「何猫かぶってんの気持ち悪い。優里の前だけで十分よ。」

私の嫌味は聞こえないようで、人の部屋にずかずかと入り込む。あゆちゃんとは距離を置いてるのは私のしつけのたまものか。

「お前の分は、後でな。」

「どうぞ、亜哉さん。あゆでいいですよ。」

「じゃ、僕もアヤでいいですよ。それのほうが慣れてるんで。」

「それなのに、なんで頑なに私にだけは呼ばせないかなあ…。」

人当たりの良いあゆちゃんは、笑顔で亜哉を受け入れた。見た目には見えないが、亜哉のほうが一つ上だ。

「アヤさんは、ウチのお兄ちゃんどう思います?」

おそらくあゆちゃんは、亜哉が何も知らないことはわかっている。多分彼女は決定的なことは口にしない。

「つぐ姉にはもったいないくらいの人だと思う。って言ってもほとんど知らないけれど。」

「ですってよ、つぐちゃん。」

あゆちゃんは確実に我が弟を掌で転がしている。悪い気はしなかった。私はコーヒーをずずっと吸って

「私は最初に拓真に不義理をしちゃったから。私にそんな権利はないのよ。」

二人は似たような不満そうな顔をして

「だからこそ、つぐちゃんにいてほしいのに…。」

「すべては拓真が決めること。拓真がそれを望んでくれるのなら私はそうするし、拓真が望まないのなら、私はいなくなる。」

これは私にとって涼しい悲壮な決意だ。

それが私の罪だから。

もちろん、それを年下の二人に言う気はなかった。

「ま、兄貴がヘタレなのは否定しないけどね。今回しかり、前の郁ちゃんの時しかり。つぐちゃんがそういうなら、後は年上の郁ちゃんに任せましょうか。あの人は残酷でふわふわしてるけど、それでも私たちより何年かだけ長く生きているんだから。」

「この年になって二年や三年の差なんてないようなもんだけどね。」

「僕はやっぱ年上は大人だと思いますよ。」

「お前は優里のことが好きなだけだろ。あゆちゃん、こいつ優里っていう昔馴染みにずーっと片想いしてんの。泣けるよね。」

「姉ちゃん!」

「純粋で素敵だと思いますよ。」

「あゆちゃんは?」

「お兄ちゃんとコタを倒せるくらい好きになれる人がいれば。」

「…やっぱ仲いいわよね。」

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