第54話

帰る私についてくる亜哉は不満たらたらだ。

「姉ちゃんが何してるのかも、したのかも知らない。何をしたいのかも知らないし、俺如きに頑固な姉ちゃんが決めたことを覆せるとも思わない。でも、俺は優里ちゃんを泣かせたら、たとえ姉ちゃんでも本気で怒るよ。惚れた女のために怒れないなんて情けなさすぎる。」

「あんた、本当に優里好きねえ…。相手にされてないのに。」

一度泣かせたことは黙っておく。清々しいほどの長い想いに立ち向かう言葉を私はもっていない。

「それとこれとは話が別だよ。俺は優里ちゃんが好きだし、守りたいと思ってる。相手にされていないことくらい知ってる。でも、優里ちゃんは姉貴みたいにともに戦うことを望む人じゃない。…あの人は、姉ちゃんとともに戦う人なんでしょう?性格悪いって言ってたもんね。」

もう一度拳骨を落とそうとしたこぶしを、少し考えて開いて、いつの間にか私より高くなった頭をなでる。

「いい男になりなさい。拓真は盾になると言ってくれたけれど。私は剣が欲しかったから。優里が望むものなど私は知らないけれど、そういう人がいてくれるだけで女は強くなれるのよ。ま、私の持論だけどね。」

亜哉は顔を真っ赤にする。

「あれ、姉ちゃんケータイなってない?」

「え?」

亜哉が話をそらしたのかと思ったが、どうやら本当だったらしい。ポケットから小さな振動が伝わってくる。

「もしもし…あれ、拓真?どうしたの?」

『大した用じゃないけど、部屋に戻ったらつぐのノート置きっぱなしだったから。一応。』

「あれ、私忘れてた?ゴメン、預かっといてくれる?」

わざわざ確認するものでもない、明日は学校だ、その時にもらえばいいだろう。

『そのつもりだよ。別に今すぐ届ける必要はないんだな?』

「うん。よろしく。」

それ以上の用もないので切ろうとすると、亜哉がケータイを奪い取る。

「もしもし、”タクマ”さん?」

「ちょっと亜哉!」

私の口から出た言葉で名前を覚えてしまったのだろう。彼の名を呼んだ亜哉は私にうるさそうな顔をする。

「アヤでいいですよ。それのほうが呼ばれなれてるんで。」

「あんた、私が呼ぶと嫌がるくせに…。」

拓真の声は聞こえないが、大体予想はつく。

「姉ちゃんと一緒にいて疲れません?無理しないでくださいね?」

「亜哉!」

「…そうですか。姉ちゃんが怒ってるんで戻しますね。」

亜哉に拓真の答えを聞きたいのが本音だったけれど、拓真の電話を戻されて一度飲み込まざるを得なくなる。

「拓真、亜哉のアホは気にしなくていいから!よろしくね!」

何をよろしくかもわからないけれど、よろしくして電話を切った。最後に拓真が笑いながら何かを言おうとしていたのは無視だ。目の前の弟のほうが問題だ。

「亜哉!」

昔みたいに怒っても、体の大きくなった亜哉には昔ほどの効き目はない。体にしみ込んだ上下関係だけだ。

「仕返し。拓真さんは姉貴にとって贅沢すぎる相手だと思ったからね。」

「答えになってないわ…。」

額を片手で抑える。ちょっと今日はいじめ過ぎたか。

そうこうしているうちに家に着く。

「お帰り、亜哉。つぐなも一緒か。」

「そこで会ったからね、ただいま父さん。母さんは?」

姿の見えない母さんを呼ぶと、奥から声が聞こえる。

「いるわよー。でも、ごはんはないわ。アヤが食べちゃった。簡単なものなら作れるし、冷蔵庫にあるけど…。」

母はペロッと舌を出す。私にはないお茶目さを持った母親は、疎ましくはないけれど眩しい。この時間に両親がそろっていることは週の半分くらいだ。

「大丈夫、食べてきた。これ、お土産。」

「あら、嬉しい。」

私は抱えていたバッグをさして

「荷物おいてくる。」

「お風呂沸いてるから入りなさいねー。」

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