第13話

「ありがとう、あゆちゃん。」

「私にも持ってきてくれたんだ。」

気が利く。私と綾乃サンの好みに合わせて、多めに砂糖を置いてってくれた。今は店に余裕があるからだろう。あゆちゃんは売り場を拓真と交代している。

「やっぱ、お店の子ですね、あゆちゃんは。」

「ええ…。それでつぐな。」

「そうですね…。綾乃サンの時間をそう長くとりたくはないですし…。」

私は居住まいを心持ち正し、頭を下げる。

「綾乃サン、迷惑をおかけしています。本当に申し訳ございません。」

綾乃サンは紅茶を一口飲んで、ため息をつく。

「あんたにとって綾乃は先輩じゃなくなっちゃった?」

「え?」

「あんたが綾乃のこと先輩って呼んでくれなくなったから。」

「いや、拓真とあゆちゃんに引きずられただけですが…。綾乃サンは私の尊敬する先輩ですよ。でも、私は部から去った人間ですから、一応のけじめでもあるのかもしれません。」

「なら、謝らなくていい。あんたの秘密をひっかぶる甲斐性くらい先輩として持ってるわ。それに、あんたの気持ちもわからなくもない。それがわかってるから、あんたはウチに頭を下げたんだよね。」

「ハイ…。」

「行野兄と一緒にいるのも、あの子たちに真実から目をそらさせるために。そうでしょ?」

すべて見透かされている。それがよくわかった。

「ご想像にお任せします。…でも、あの子たちは次は先輩を引っ張り出すつもりです。私を揺らがすために。私に本当のことを言わせるために。」

「あの子たちもバカだけど、あんたもバカ。言ってやればいいじゃない。舞奈が帰ってきて自分の居場所がないことが失われて、許せなくて、受け入れられないって。でも自分が悪いから自分が消えるって。」

「綾乃サン、私が言えないのわかってて言ってますよね?」

「ええ、わかってるわよ。だから、あんたもバカって言ったんじゃない…。で、つぐな、あんたは私に謝って、先回りしに来たのね?このくそ忙しい時期に。」

「…はい。私が知ってるくらいです、綾乃サンは余裕があるのを。だから必ず綾乃さんのもとにあの子たちが行く。その前に。」

「ほんと、あんたは賢い。でもバカ。」

「わかってますよ。でも、これは私の意地です。」

「あんたが意地を張ったら頑なに揺るがさないことも知ってるわよ。だって、私はあなたの先輩だし、あなたは私の後輩なんだから。」

「ありがとうございます…。」

「いいってことよ。…頑張りなさい。引くも進むも地獄の道を。修羅にでもなんでもなるつもりなんでしょう?」

そう地獄なのだ。この道は。そんなことは重々承知で挑んでいるのだ。たった一つの剣だけを携えて。

綾乃サンを頭を下げて見送ると、拓真が私の元に来た。私と綾乃先輩がどれだけの時間話していたかはわからないけれど、また店番はあゆちゃんに戻ったようだ。

「ちゃんと話せたか?」

「うん。でも、綾乃サンはやっぱすごいよ。私は先輩に憧れたけど、やっぱ私はあんな風にはなれなかった。」

拓真は苦笑を浮かべ、私のことをポンとたたく。

「良くも悪くも、お前は我が強いから。」

「自覚してるわ。」

「これ、土産兼ご褒美。」

「え?」

「ケーキがいくつか入ってる。ちょっと形崩れて売りものにできないんだけど、俺んちはみんな食い飽きてるからね。持ってって。」

「ありがと。」

そっけなく振舞ったけど、多分顔は緩んでた。なんかいろいろ肩の荷が下りた気分だったのだ。それに甘味は大好物だ。

「じゃあ、もう私帰るね。あゆちゃん、叔母さま、今日は本当にありがとうございました。」

「どういたしまして。」

「お兄ちゃん、つぐちゃん送ってきなよ。」

「え、いいよ?大丈夫。」

「そうだな、駅まで送ってくるよ。」

「え?本当に?」

「お前ケーキ振り回しそうだから。」

「失礼な!」

「つぐちゃん、私は女の子とこの時間に一人で歩かせるような男に拓真を育ててはいないわ。」

行野の家に来るのは初めてではなかった。報酬がテスト対策で、拓真が外に出るのを面倒くさがったから。でも、私と拓真はあくまでも道が一緒だから一緒に帰るという枠から外れたことはなく、こうして明らかに拓真にとって無意味な行動をとらせたことはないのだ。いくら、拓真の母親が言っても固辞していたし、拓真も送ろうとはしなかった。

期待したくなかったから。

嬉しい気持ちを押し隠しながら、夕焼けの道を、駅まで拓真と一緒に歩いた。

「今度こそ、本当にありがとう。」

「ああ。」

「おばさまとあゆちゃんにもよろしく言っといて。」

「うん。」

明日もまた学校で会えるのに。

こんなに別れが寂しいなんて。バカみたい。

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