猫の帽子屋 ①

 どこをどう歩いて、この場所にやってきたのか分からない。

 気が付いたら、私は帽子屋の前に立っていた。その帽子屋はとても風変わりだった。ショーウインドウに飾られた帽子にはすべて猫耳がついている。

 看板を見たら『ねこ帽子屋ぼうしや』と書いてあった。

 ここは猫耳が好きな人の帽子屋さんかしら――そんなことを私は考えていた。


 二時間ほど前のことだった。同じ吹奏楽部の森香里奈もり かりなから、楽器店に楽譜を買いにいくので付き合って欲しいと頼まれた。

 私、澤木梨恵さわき りえはフルートだが、香里奈ちゃんはクラリネットであまり親しくない。それなのに、突然、買い物に付き合って欲しいなんて……なんだかすごく不自然な気がしたが、その場で断る勇気がなくて、部活が終わってから一緒に楽器店へいくことになった。

 校門の前で待っててといわれたので、そこで待っていると……香里奈ちゃんが男子生徒と一緒に現れた。

 その人は吹奏楽部の部長の櫻井悠一さくらい ゆういちだった。部長の顔を見た途端、私はドキドキしてしまった。

「あれ、澤木さわきも一緒か?」

梨恵りえちゃんも楽器みたいっていうもんだから」

 そんなことはひと言もいってないのに、香里奈かりなちゃんが勝手なことをいう。そして、私も適当にうんと頷いた。

「新しいフルート買うのか?」櫻井部長が訊いた。

「ううん。そんな予定ないですぅ~」声がうわずってしまった私。

 今使ってるフルートは中古で五万円だったけど、それより高いのを親に買ってなんて言えない。

「あたしのクラリネットは七十万以上したのよ。やっぱり楽器は高くないと良い音がでないわ」

 香里奈ちゃんが自慢そうにいう、彼女の家は開業医でお金持ちなのだ。

「そりゃあ、高い方が楽器の音はいいけど、それを使いこなす技術の方がもっと大事だぞ」

 部長の悠一くんがそういった。


 そもそも私が吹奏楽部に入部した理由は、去年の私たちの入学式で、吹奏楽部が新入生歓迎の演奏会やってくれた。その時、聴いた櫻井部長のトランペットの演奏に感動して、彼に憧れて入部したのだ。

 私みたいに櫻井部長に憧れて入部した女子部員も結構多い、彼は演奏だけではなく、背が高くてイケメンだし、カッコイイから人気があるけど、特定の女の子とは付き合っていないみたいだった。

 三年生の櫻井部長は二学期で部活は引退だったが、トランペットの実力を買われて、有名大学の吹奏楽部に推薦入学が決まっていた。だから卒業まで後進の育成に吹奏楽部に顔出ししてくれているのだ。

 少しでも櫻井部長の指導を受けられるのは、私にとっては幸せだった。

 五十数人いる吹奏楽部員の中で、私は上手い方ではない。いくら練習してもフルートの腕は上達しなかった。だから、今年入学した一年生に演奏会のフルートのポジションを盗られてしまった。それに比べて香里奈ちゃんは、小学校からクラリネットを習っていて、その腕前は吹奏楽部一だった。

 こんな落ちこぼれ部員の私でも、少しでも吹奏楽部の役に立ちたいと思っている。櫻井部長や先輩たちが育てた吹奏楽部をもっと輝かせたい、最近は縁の下の力持ち的ポジションで頑張っていた。


 駅前にある大型店舗の楽器店に入った。

 そのお店は一階と二階があって、櫻井部長は下の階でトランペットのマウスピースをみてるというので、私は香里奈ちゃんと一緒に上の階にある譜面コーナーにいった。

 特に用事のない私は譜面を選ぶ彼女をみていた。

「澤木さん、一年生にフルートのポジション盗られて悔しくないの?」

 突然、香里奈ちゃんにいわれた。

「……残念だけど、あの子の方が上手いから顧問の先生が抜擢ばってきしたんだと思う」

「情けない人ね」

 さらっと、バカにされた。

「練習しても、上手く演奏できなくて……」

「どうせ上達しないんだったら、フルート辞めて、マネジャーにでもなったら。よく部室の掃除とか、楽器の手入れとかやってるでしょう?」

「上達しないけど……フルート辞めたくないです」

「ハッキリいって、あなたみたいな中途半端な部員は目障りなのよ!」

「そ、そんな……」

「櫻井部長もきっとそう思ってるわよ」

 その言葉がグサリと胸に刺さった。

 香里奈ちゃんと櫻井部長が、そんな話をしたのかしら? 私って、みんなのお荷物だったの!?

 そんな風に思われていたことがショックで涙が込み上げてきた。

 香里奈ちゃんに、「先に帰ります」とだけいって二階からかけ下りた。一階のフロアで櫻井部長に呼び止められたけど、泣顔を見られるのが恥かしくて、そのまま楽器店から飛び出していった――。


 そして、いつのまにか猫耳の帽子屋さんの店先にいた。

 ショーウィンドウの前でボーッと突っ立っていたら、店の中から手招きされた。すると、身体が勝手に動いて、私はふらふらと入っていった。

 お店の中には、黒い猫耳付きニット帽を被った、黒いドレスのおばあさんがいて、「いらっしゃい」と挨拶をされた。

「あら、可愛いお客さんだね」

「こんにちは」

「お嬢ちゃんにお似合いの帽子がありますよ」

「わたしお客ではないんです」

 道に迷って、この店の前に立っていただけと言おうとしたら、

「ほら、この白い帽子、とっても素敵でしょう?」

 猫耳付きの白いキャスケットを勧められた。

「あのう、学校帰りなのでお金持ってませんから……」

 そういっても、おばあさんはニコニコしている。

「このお店の帽子は全部、あたしの手作りなの」

 店内には、色とりどりの猫耳帽子が飾られていたが、こんなネタっぽい帽子を、本当に買う人がいるのかしら、ちょっと不思議に思った。

「この猫耳帽子は、人の“真実の声”が聴けるんだよ」

「えっ!?」

「あなた“真実の声”を聴いてみたい人がいないの?」

 一瞬、櫻井部長の顔が浮かんだ。

 私みたいなヘタクソ部員は辞めてもらいたいと思ってるのか知りたい。もし、本当に櫻井部長がそう思ってるのなら……私は退部するつもりだった。

「じつは……います」

「ほう、やっぱりいるんだね。だからここにきたんだよ」

 おばあさんが意味深なことを言いながら、大きな鏡の前に私を立たせた。

「さあ、被ってごらん。この猫耳帽子を!」

 私の頭に白い猫耳帽子を被せた。――そして鏡に映った姿の驚いた! 私は一匹の白猫に変身していたのだ。

「白猫さん、“真実の声”聴きたい人の元へいってらっしゃ~い」

 おばあさんの声を背中に受けて、猫の姿のままで駆け出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る