彼女のウワサ ①

 人の変化が一番よく分かるのは、何んといっても『同窓会』だろう。

 変わった人、変わらない人、いろいろ。――その人と何十年も会わなかった間に辿ってきた人生。それによって、人柄や顔つきまで変わってくるのだから、会わなかった空白の期間をギュッと凝縮して、その人の今を『同窓会』では見せてくれる。


 首都圏に特急電車で小一時間で行ける地方都市に住んでいる。

 大都会ではないが、地元にはデパートや大型店舗のスーパーもあって、何でも揃うし、生活するのにはしごく便利である。都会の無関心でよそよそしい感じがなくて、のどかで人情もあるし暮らしやすい土地柄だと思っている。

 地元中学を卒業して三十年、かつての同級生たちも不惑ふわくとなり、社会人として仕事を持ち、家庭を築き、それぞれの生活を送っていることだろう。


地元残留組じもとざんりゅうぐみ』親睦会と称して、地元に残った中学校同窓生が集まって、ふた月に一度の割で飲み会をやっている。

 場所は同級生の元太げんたくんが経営する居酒屋『げんさん』だ。そこには酒屋の店主の貴昭たかあきくんと介護士をしている英子ひでこさん、夫婦で新聞販売店を営む知美ともみさん、そして小野寺春奈おのでら はるなこと専業主婦のわたし。

 この五人が今日のメンバーだった。


「みんな、どうしているんだろうね?」

 英子さんがふいに呟いた。

 介護士の彼女は三年前に離婚してバツ1なった、今は大学生の息子とふたり暮らしだ。

「さあ、地元に居る人やこっちに実家のある人の噂ならよく聞くけどね」

 知美さんは一度も町から離れず、地元で知り合った旦那さんと新聞販売店を経営している。

 新聞の集金もやっているので、いろんな家庭の事情にも明るい。この町のことだったら、かなりの情報通である。

「東京とか都会にいけた奴が羨ましいよ」

 貴昭くんは地元の老舗酒屋の三代目である。

 ちょい二枚目の彼は、若いころから役者になりたくて、親に頼んだが許してもらえず、結局、店を継いで酒屋の主人に納まっている。

 最近では、お酒のディスカント店を三店舗経営して手広くやっているが、主に奥さんの商才だといわれている。

「はーい! 生中お待ちっ!」

 居酒屋『元さん』の大将こと山本元太くんは、中学卒業と同時に東京へ飛び出していった。

 新宿で水商売などやっていたようだが、四十歳になったとき、ふらりとこの町に帰ってきて、十坪ほどの小さな居酒屋をひとりで経営している。

「あっ、その生中はあたしのね」

 わたし、春奈は高校までこの町に住んでいた。

 大学、就職、そして結婚と数年間は東京で暮らしたが、夫もこの町の出身者なので、親の老後のことも考えて、ふたり目の子どもが生まれた時に、思い切って故郷にリターンしてきた『出戻でもどぐみ』なのだ。


「――そう言えば、うちの旦那が去年、新聞店の交流旅行で熱海あたみに行ったんだけど、そこで珍しい人に会ったらしいよ」

「何、だれ、だれ?」

小椋麻耶おぐら まやって知ってるでしょう?」

「おぐらまやって、あの美人のぉー?」

 酒屋の旦那が頓狂とんきょうな声を出す。

「熱海の観光ホテルで会ったんだけど……そこで仲居なかいさんやってたらしい」

「ウッソー、まさか、あの人が!?」

 英子さんが信じられないと声を上げた。

「仲居さん……て、ホントに?」

 あの麻耶さんのイメージに合わない。

「たぶん、うちの旦那が間違いないって言うんだ。着物に付けてた名札に『小椋おぐら』って書いていたし、顔も老けてやつれたけど、あれは小椋麻耶おぐら まやだったって、旦那は学年違うけど、学校でも目立つ美人だったでしょう、だから、よく覚えているって言うし……」

 知美さんの旦那さんは同じ中学の二年先輩である。ふたりは当時から付き合っていて結婚したのだ。

 ふいに思い出したように英子さんがしゃべり出す。

「そういえば……あたしが十年くらい前に、銀座で麻耶さんにバッタリ会ったときは、シャネルのスーツを着て、エルメスのバッグを持って、フェラーリから降りてくるところだったよ。偶然、通りかかって目があったら、向うから『英子さんでしょう?』て、声をかけてきて、近くのフランス料理店でランチを奢って貰っちゃった。その時は銀座でクラブ経営しているって言っていたわよ。すごく羽振りが良さそうだったけどねぇ……」

 みんなの話を聞いていた元さんが意味深な顔でボソリと話し出した。

「……二十年近く前になると思うけど……俺が新宿の風俗店でマネージャーやっていた頃に、ライバル店にすごい美人のソープ嬢がいると聞いて、偵察兼ねてにいったんだ。……で、誰が出てきたと思う“小椋麻耶”だった。あれは間違いない!」

「なにぃー、おまえはおぐらまやとやったんか!?」

 酒屋の旦那は恐妻家で、奥さんが怖くて女遊びもできない。同窓会みたいな集まりですら、奥さんの許可を貰うのに必死なのだ。

「ノーコメント」

 ニヤリと元さんが笑った。


 小椋麻耶おぐら まやは、私たちと同じ地元中学を卒業した同窓生である。

 彼女は裕福な家のひとり娘で、色が白くて、黒目がちの大きな瞳、黒くて長い髪、幼い頃から優雅な身のこなしで、いつもお洒落な洋服を着て、少女モデルかと思うほどの可愛らしさだった。

 近所でも目立つ白亜はくあのお城のような屋敷に住んでいた。家が近かったので、小学校の頃には麻耶ちゃんとよく遊んだ。彼女の家にいくと麻耶ちゃんによく似た美人のお母さんが手作りのドーナツやケーキをおやつに出してくれた。

 広いリビングには白いグランドピアノがあって、麻耶ちゃんがよくピアノの練習をしていた。まさしく深窓しんそうの令嬢とは、こういう女の子のことを指すんだろうと思えるほどだった。

 なに不自由ない暮らしをしていた彼女だが、高校二年の時に、父親が事業に失敗して、屋敷も財産もなくし、借金苦で自殺してしまった。その後、麻耶ちゃんとお母さんは親戚を頼って東京へ引っ越ししていった。

 それから一年後くらいに、風の便りで、不幸なことにお母さんも病気で亡くなったと聞かされた。あのときは麻耶ちゃんを励ましてあげたいと思ったが、連絡先すら分からなかった。


「みんな、遅くなってゴメン!」

 遅れてやってきたのは市役所に勤めるまことくんだ。

 東京の大学を卒業後、地元に戻って公務員になった。

 堅実派の彼は、農協に勤める女性と結婚して子どもが三人、大きな家を建てて家族五人と愛犬二匹で暮らしている。

「誰の話をしてるの?」

「誠、おまえ“小椋麻耶”って覚えてるか?」

 酒屋の旦那が話を振った。

「ああ、覚えてるよ。もう七、八年前になるかなぁー、市役所の俺んとこに麻耶ちゃんから電話があってね。いきなり『昔、自分が住んでいた家を買い戻したいので、土地登記とか調べて貰えないだろうか、今はカルフォルニアに住んでいるけど、いずれ日本に帰ったら、その土地で暮らす予定あるから』とか言ってさ、そんなことを頼まれたことがあったんだ。まあ、俺で分かる範囲のことを調べて、一応書類を用意して置いたんだけど……それっきり連絡がこなかった」

「へぇー、カルフォルニアに住んでいるの? セレブな感じ」

「さぁ、電話で聞いた話だから本当のところは分からんよ。元さん、俺、焼酎の湯割り梅入りで」

「そういえば――だいぶ昔に聞いたウワサなんだけど……」

 酒屋の旦那が日本酒をチビチビ呑みながら、勿体もったいつけて話し出す。

「うちの店は駅前のキャバクラにも酒卸しているんだけど、あそこの店長はいわゆる……」

 人差し指で頬っぺに傷を描く。要するにの人なのね。

「その店長が、うちの組長の愛人のひとりが、この町の出身者でマヤ姐さんと呼ばれてる、すんごい美人がいるって話してたことがあったなぁー、その時は“小椋麻耶”のことなんか頭に浮かびもしなかったけど……」

「それって極道の妻ってこと? あの麻耶ちゃんが信じられない!」

 英子さんが反論する。

「駅前のキャバクラなら、うちの新聞五部も取ってくれてたのよ。東京の知人の紹介とかで、すいぶん気前いいお客でありがたかったわ」

 知美さんまで、そんなこと言い出す。

 東京の知人とはいったい誰だ? もし、それがマヤ姐さんの差し金だとしたら……。

「あくまでウワサだけどさ、火のない所には立たないって言うでしょう?」

 酒屋の旦那も言い返す、そのことわざはちょっと違うような気もするが……。

「だけど、中学卒業してからン十年、かつての同級生たちが、今はどんな暮らしをしているかって気になるよね?」

 と、わたしが言うと、みんなが「うんうん」とうなずく。

「会いたいよねぇ~みんなと……」

 英子さんが遠い目をして呟いた。

「同窓会やろうよ!」

 知美さんが叫んだ。

 そのひと言で、三十年振りに中学の同窓会をすることになった。


 幹事は言い出しっぺの知美さんと市役所に勤める誠くんがやってくれることになった。会場は二十人くらいまでなら居酒屋『元さん』でもやれると元さんが引受けてくれている。

 サポーターとして酒屋の旦那と英子さんとわたしも手伝うことになった。

 ――さて、三十年振りの同窓会にいったい何人集まるのか楽しみだ。


 一週間後、居酒屋『元さん』で同窓会の打ち合わせをした。

 私たちのクラス三年二組は卒業時に四十三人いたと思う。担任だった先生は高齢のため老人介護施設に入っておられて出席は無理だった。連絡先が分かった同窓生の人数が二十四人、半分ちょっとは連絡が取れそうだ。ほとんどの人たちが東京かその近郊に住んでいるらしい。

 それから悲しいことに故人が三人もいた。病死、事故死、ひとりはどうやら自殺らしいとの噂だ。そして消息不明が十六人、その中には“小椋麻耶”も含まれていた。

 あの日、みんなで麻耶ちゃんのウワサ話に花が咲いたとき、私にも彼女と……ちょっとしたエピソードがあった。

 ただ、それは悲しい思い出だったので――みんなの前では黙っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る