ふしぎ脳

泡沫恋歌

不思議巫女 響子 ①

 2011年3月11日14時46分18秒、日本に未曾有の地震が襲った。

 三陸沖を震源地とする深さ約24km、マグニチュード9.0、観測史上世界第4位の巨大地震となった。

 それが『東北地方太平洋沖地震』である。


 地震に寄る被害は本震および余震による建造物の倒壊・地すべり・液状化現象・地盤沈下などの直接的な被害のほかに、津波や火災などに寄って多くの人命が失われた。

 その上、福島第一原子力発電所事故に伴う放射性物質漏れや大規模停電などが発生し、東北地方を中心とした甚大な一次被害のみならず、日本全国および世界中に経済的な二次被害が広がっている。


 地震の直後、三陸沖で起こった津波では市町村ごと建物も歴史も生活など、そこに暮らしていた何万人もの人々の命を、海は……いきなり牙を剥いて、すべてを呑み込んで奪い去ってしまった。

 これも地震国日本の宿命なのか? この惨状に日本中が悲しみの涙を流した。


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 2011年4月11日の未明。

 地震被災地の避難所である体育館の中で、いきなり赤ん坊の泣き声が響き渡った。

 体育館の片隅に白い毛布に包まれて赤ん坊がぽつんと寝かされていたのだ。周りには母親らしき人物は居らず、産まれたばかりの赤ん坊だけが置き去りにされていた。

 周りの大人やボランティアの人たちが赤ん坊の母親を捜したが、結局、誰も名乗りでる者がいなかったので、その赤ん坊は避難所で産まれた孤児として児童養護施設で育てられることになった。


 赤ん坊の名前は、轟 響子とどろき きょうこと名付けられた。

 その名前を付けた施設の職員は「どうしてもその名前が頭から離れなくて……気がついたら命名していた」と首を傾げながら答えた。

 響子は肌が雪のように白く、真っ黒な髪と黒眼が大きく利発そうな目をしていた。いつも長いおかっぱ頭をしていて、まるで市松人形いちまつにんぎょうのように愛らしい女の子である。

 だが、響子は三歳になってもしゃべらなかった。

 ちゃんと耳は聴こえているし、こちらのしゃべってる意味も分かるようで、難聴でも知的障害でもないのに、滅多に響子は口を利かない子どもだった。


 それでも不思議なことに「お腹が空いた」「眠い」「おしっこ」など、響子の要求はそばにいる者にはなぜか分かるのだ。――直接、頭の中にそれらの要求が聴こえてきて、ことが足りてしまう。


 こんな変わった響子だけど、児童養護施設から小学校に通うようになっても、悪童たちに虐められることはなかった。

 どうしようもないような悪ガキでさえ、響子の前では子羊こひつじのように大人しく……むしろ響子に危害を加えようとする者がいたならば、悪鬼のようになって響子を守ろうとするほどであった。

 悪童たちは口を揃えていう、「響子ちゃんの傍に居たら、心がほんわかして、とても幸せな気分になれる」なぜか、特別なオーラを響子は放っているのかもしれない。


 ――そうそう、大事なことを言い忘れた。

 実は響子には、もっと変ったがあったのです。滅多に口を利かない響子だが、この時だけは、寝ていても、ご飯を食べていても、どんな時も大声で叫ぶ。


「きたー!」


 響子がひと言、そう叫んだら、その後10分以内に震度4以上の地震が起きるのだ。

 その命中率は百発百中で、知っている者たちは響子が「きたー!」と叫ぶと、すぐさま避難を始めるのです。

 これは響子にだけ与えられたでした。


 響子が七歳の時、児童養護施設にお金持ちの老夫婦がボランティアに訪れました。

 この老夫婦は、ひとり娘とその家族を『東北地方太平洋沖地震』で亡くしてしまい、毎日悲しみに暮れていましたが、震災で親を亡くした子どもたちを支援することで悲しみを紛らわせようと、震災孤児の居る施設をまわって、子どもたちひとりひとりにプレゼントを手渡しています。

 そして響子の順番がきて、お人形を渡そうとした老婦人が……突然、大声で泣き出したのです。愛おしそうに響子を抱きしめて、亡くなった娘の名前を叫んでいます。

 そんな妻を見てなだめていた老紳士も、いつの間にか妻と一緒に響子の前に平伏ひれふして泣いているではないか。

 周りの人たちは驚いて茫然と見ていましたが、響子だけが微笑んでいました。


 やっと、落ち着いた老夫婦は是非とも、響子を養子にしたいと施設長に申し出た。当然、経済的にも社会的にも立派な、この夫婦に響子は引き取られることになった。

 後ほど、あの時、老夫婦に何が起きたのかと訊いたところ……いきなり、頭の中に亡くなった娘の映像が流れ込んできて、娘が「わたしの魂は響子ちゃんの中に居ます。だから、お父さんやお母さんの元に連れて帰ってください」と話しかけてきたというのです。

 その頭の中の映像では娘が震災にあって亡くなる瞬間までをずーっと写していたという、しかも夫婦揃って同じシーンを観たというから、なんとも不思議な話ではありませんか。


 そして響子は金持ちの老夫婦に連れられて、京都で暮らすことになりました。

 なぜ京都かというと『京の都』は古より、東の青龍せいりゅう、西の白虎びゃっこ、南の朱雀すざく、北の玄武げんぶ、四方向の守り神である四神ししんに守られています。

 平安の昔に陰陽師おんみょうじたちに依って、強い結界けっかいが張られているという言い伝えがあります。そのため戦争の爆撃や自然災害にも強いのです。

 嵯峨野さがのにある屋敷では、留守が多い老夫婦の代わりに響子は使用人たちと暮らしていました。相変わらず、口は利きませんが、何も不自由はありません。

 すべて頭の中に話かけてくるので、周りの者たちは響子に仕えて、下僕しもべのように働きます。


 義務教育を中学で終えた響子は上の学校にはいかないで、嵯峨野の屋敷で家庭教師たちに勉強を教えて貰っていました。とても聡明な響子は教えたことは一回で完璧に覚えてしまいます。

 家で勉強していたら響子のペースで進むので、わずか一年で大学院修了課程の学力を身に付けたのです。英語やフランス語やラテン語、中国語だってスラスラ読み書きできます。

 その知能の高さに「もう、何も教えることがなくなった……」と家庭教師たちは舌を巻いて、次々と辞めていきました。


 その内、響子は京都中の古いお寺や神社などへ足繁あししげくまわるようになります。

 書庫に保存されている古文書や古い巻物などを見せて貰っているのです。普通なら絶対に断わられそうな厳格な寺社仏閣でも響子が頼むと、《何もしゃべらないのに……》門外不出の古文書を簡単に見せてくれます。

 そのまま寺に籠もって、何日も響子は古文書を紐解ひもといているようでした。


 響子は金持ちの老夫婦に頼んで、鞍間山くらまやまの奥で今は使われていない古い神社を買い取ました。

 そこに移り住んで自ら霊能力者として修業に入ったのです。

 滝にうたれ、みそぎをして、白い着物に緋色の袴をはいた巫女姿の響子。長いおかっぱ頭には日に日に霊力が高まってきて……不思議なオーラで輝いて見えます。

 神社の名前は『轟神社とどろきじんじゃ御神体ごしんたいはもちろん響子自身である。

 やがて、この神社に全国から十五歳から十七歳くらいの少女たちが次々と訪ねて来ます。どの子もとても美しく凛とした佇まいの少女たちです。

 彼女たちは夢の中に響子が現れて「是非、あなたの力を貸して欲しいの、わたしの元に来てください」と誘われたというのです。そして旅費が送られてきて、行ったこともない所なのに、まるで響子に導かれるように鞍間の山奥までひとりでやってきました。

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