八咫の皇女は奇病を食む(やたのこうじょはきびょうをはむ)
八山たかを。
第一項:森に棲む、あるいは死の種を蒔くもの
序:「手記」
――――以下はとある猟師の手記である。
ここのところずっと坊主*だ。息子と妻が腹をすかせているが、もう頼みの綱である蓄えも無い。村のほかの奴らだって、だいたいそんなもんだ。みな飢えている。
これ以上はのっぴきならない。あの気味の悪い森に行くしかないかもしれない。どうせ死ぬのなら、飢えて死ぬのも腹を膨らませて死ぬのも同じだ。
一日目。
例の森に初めて入ってみた。結果は……
大猟だ! あの森にはいくらでも獲物がいた。鹿、いたち、てん、うさぎ。妻も沢山の果実をとってきた。こんなことならさっさと行くんだった。魔物など影すら見えなかった。
森を流れる川には魚もたくさんいた。捕った獲物が多かったので手を出せなかったが……今度は釣り道具も持って行くとしよう。
二日目。
はっきり言って川釣りはあまり好きではなかったが、ここまで釣れると愉快だ。あの豊かな森のおかげで当面の間、食うには困らないだろう。せっかくなので村の奴にも分けてやった。
誰だ、森について変なうわさを流しやがったのは。悪ふざけのつもりかもしれないが、おかげで俺たちは飢えて死ぬところだった。だが、今となってはそれもどうでもいいことだな。
五日目。
庭で冬のために肉を干していたら、息子が頭にコブができたという。痛くはないらしい。
狩りは相変わらず順調だ!
七日目。
狩りの最中に言われて気がついたが、俺にも首の付け根にコブが出来ていた。痛くは無いが少しかゆい。恐らく息子と同じものだろう。変な虫にでも刺されたのだろうか。この張れ具合はブユか何かか。害は無いだろうが鬱陶しいので、これからは虫除けの香を今までより念入りに焚くことにしよう。
いや、それにしても夕飯に食べた川魚の刺身は最高に旨かった。
あの森は俺たち以外にほとんど人が入らないからか、魚や獣が生き生きしているように思える。
刺身の旨さもそういうところから来ているのかもしれないな。
(中略)
二十一日目。
妻がお腹が張ると言ってきた。念願の二人目の子供だ!
暮らしも良くなったし、子宝にも恵まれた。全てあのめぐみの森のおかげだ。ありがたい。
それにしても最近、昼間なのに眠くなることがある。まだ若いと思っていたが、俺ももう三〇だ。あまり無理はしないほうがいいかもしれない。
三五日目。
妻の様子がおかしい。腹の膨らむのが早すぎる気がする。前よりたくさん食べているからかもしれないが……。
息子が熱を出したと言う。はしゃぎすぎだ。まったく。
四〇日目。
息子まで腹を膨らませ始めた。妻の腹もどんどん大きくなっている。顔色も悪い。心配だ。
今日、狩りの時に弓を引く手に力が入らなかった。何かがおかしい。
(中略)
六五日目。
動けない。ひだり手をうごかすので青いっぱいだ。
つまも息子も同じだ。おそろしい。しにたくない。
七二日め。
村のはんぶんがたおれている。のこりもはらをふくらませている。
あのもりのせいだ!!!!!
くそう。
七三日目
むす子のよじろうがしんだ
うごける奴がやいてくれた
はらがいたい。
八〇日目
だれもおれたちに近よろうとしない。
たすけてくれ
九三にちめ
しずかた。材にはもう おれしかいないのかもしれない。
はらももう、いたくない
もりのこえがきこえる
九九日
こうかい。あの森に入ってはいけなかった
す ごくねむい 。
以上、
――――
*坊主:獲物が取れない状態。
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