利益確保の大号令 (3)

 それは社員の着る制服だ。制服といっても資格者(薬剤師、医薬品登録販売者)が白衣。無資格者の社員が白衣と同じデザインのブルー衣、アルバイトが作業用エプロンというシンプルなものだった。

 で、この白衣。ドラッグストアは薬屋なのに、日用雑貨品を扱う事の方が俄然多いので、すぐに汚れる。洗濯しても何回か着ているうちに灰色の汚れが取れなくなってしまう。


 こうなると、お客様から「あそこの店の白衣が汚くて不潔」と本部にクレームが行く事があるので新しい白衣を発注することになる。

 白衣の発注は、店舗で店長が取りまとめて行い、ブロック長がそれを了承するシステムになっていた。

『利益利益』と言われるまでは、白衣の発注に申請に関して、ブロック長は簡単に了承してくれた。ただ、本部が『経費削減』を謳いだしてからは、なかなか申請許可が降りなくなってきた。 必要だから発注しているのに……。


 運の悪いことに、俺の夏用の半袖の白衣も汚れが目立ってきて発注しようとしていた矢先だった。二着ある半袖白衣は両方とも汚れが落ちず、なんか灰色っぽかった。

俺は、悩んでいても仕方が無いので白衣の発注申請を出した。

 申請と同時に、軍曹宛てに「いかに白衣が汚れてしまって、洗濯しても汚れが落ちないか」という、申請許可が欲しさの、無駄に熱意のこもったアピールメールも同時に送信した。

そのメールは10行にもなる熱いメッセージが託されていたが、ブロック長からの返信は俺のメール本文を引用した形式で、上の方に一行だけ


「お疲れ様です。 漂白してください」


とだけあった。ああああ? 漂白しても落ちねーから発注してんだよぉぉぉと絶叫しそうになったが、軍曹が『ダメ』と言ったら、それは何があっても『ダメ』と言う事なので、当座は新しい白衣は諦めないといけない状態だった。

しかし、新しい白衣が入手出来ないと分かるや、今度は急に自分の白衣の汚さが気になり始めた。

 そうだ事務所に、前任者が発注するだけして放置していた白衣があったはず!

俺はそれを思い出すと、慌てて事務所に駆け込んだ。


 丁度、化粧品担当の女子社員の大谷さんが、物置代わりにしている事務用本棚から未使用の白衣を取り出している所だった。

 先を越されたーって、化粧品担当の制服は黒のスラックスに黒の上衣という喪服みたいなスタイルやろ。実際、大谷さんはこの瞬間、黒づくめの恰好をしている。

「ん?大谷さんその白衣どうするの?」

「あぁ、店長、いま来た店舗指示で、店舗にある未使用の白衣は本部に返送するようにって指示があったので」


 さすが現場出身者が多い本部。分かってらっしゃる。未使用で放置されている白衣なんて、全店舗合わせたら相当な数になるだろう。

この件に関しては同意する。経費の無駄遣いだったって。

 ただ、ちょっと待ってほしい。その白衣。俺が有効利用するから。

俺は大谷さんに「あ、白衣の発注申請したけど却下されたから、その白衣、俺が着るわ」と手を伸ばした。


 大谷さんは「あぁ、成るほど。使わはるなら報告しなくていいですね。……ただ」

「ただ……?」

「この白衣のサイズ、Mサイズですが、店長、えぇっと……ガッチリされてるから入りますか?」

ええんやで。『ゴリラみたい』で。

「大丈夫大丈夫、昔柔道でやってて70キロだった。それって中量級だから、中量……つまり普通って事やし普通普通」

「……それは柔道業界基準の『普通』って話では……?」

「大丈夫大丈夫。全く問題ないから。普通普通」俺は意味もなく『大丈夫』を繰り返し、大谷さんから未使用の白衣を受け取ると、包装してあるフィルムをピリピリ破いた。確かにタグには『M』と書いてある。すぐに自分の白衣を脱ぐ。

首元に付いているタグを見る。『2L』と書いてある。だ、大丈夫なんだからっ!


 白衣は着れた。ただ大谷さんはドン引きの顔でこっちを見ている。うん。パツパツだ。乳首が浮き出しているかもしれない。おっさんの浮き出した乳首なんて死んでも見たくないだろうに。可哀想な大谷さん。あっ、セクハラとか言って、コンプラには通報しないでね。大谷さん。

 俺はワンサイズ小さい水着を着せられたセクシーグラビアアイドルみたいな状態だった。あれ、エロいよね。


 こっちはアイドルとは程遠い年齢と容姿だけど。って、うまく脇が閉まらへん。

諦めるしかないか。

 俺は渋々白衣を脱いだ。開封して新品でなくなった白衣は、サイズがぴったりの岡田が着ることになった。

 岡田の白衣も、たいがい汚れていて、本人も発注出来るか気にしていたので、俺のお下がりを喜んで受け取ってくれた。「いやーうれっしいす。店長一回着たんですか? 俺、そういうの一切気にしないんで!」気にしないんだったら一々言うなや。

そこに正座するか?


 それはともかく、自分の薄汚れた白衣を何とかしないといけない。俺は自店の売り場から、「(汚れが)落ちすぎて卒倒しそう!」とかCMでやっている衣料洗剤と衣料用の漂白剤を購入した。家にもあるけど徹底的にやるつもりだった。やってやる。


(あのCMって、洗濯する前の汚れたシャツと、真っ白になって女優さんが笑顔で干しているシャツと本当に同一なんでしょうか? 真っ白になり過ぎじゃないですか?)

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